氷菓子
日曜の昼下がり。
けたたましく鳴き叫ぶセミの声を聞きながら、
縁側に横たわる。
見惚れるようなくっきりとした青い空に、形を変えながら浮かぶ雲を、
サワコはぼーっと見つめた。
黙っていてもじっとりとした汗が体にまとわりつくような暑さだったが、
傍らで静かに首を揺らす扇風機から心地よい風が吹いてくるので、それほど気にもならない。
このままこうやってじっとしていると、空に吸い込まれてしまうんじゃないだろうか。
そんな錯覚を起こさせるほど澄み切った青空の下で、サワコはもう一度目をつむり、誘われるまま己の意識を底深くに沈めていこうとした刹那。
額の上に冷たい温度を感じ、一気に現実に引き戻される。
「食べるか?」
ぱっちり目をあけると、アイスを持った正太郎の日に焼けた顔が飛び込んできた。
仕方なくのそりと体を起こすと、サワコはアイスを受け取る。
ソーダ味の棒アイスなんて、久しぶりだ。
袋をやぶり、パクっと頬張ると、爽やかで懐かしい味が口いっぱいに広がる。
「美味しい。」
正太郎はその言葉を聞いて満足そうに頷くと、自分もサワコの隣に並んで
アイスを頬張った。
「昔、これ良く食べたよな。そこのみよ婆の駄菓子やで。」
正太郎が懐かしそうに話すのを聞いていると、つい昨日のことのように子供の頃の記憶が思い出された。
みよ婆の駄菓子やは子供たちの集いの場だった。
赤、青、黄色。色とりどりのカラフルな駄菓子たちに胸をときめかせていた子供時代。
「100円にぎりしめてさ、俺とお前と。」
サワコも曖昧に相槌をうつ。100円の重さを思い出しながら。
「ラムネとか、好きだったな。」
正太郎は空を見上げながらすっと目を細めて微笑む。
「お前はそうだったな。」
その昔より少し大人びた横顔を見やりながら、サワコはややあっとため息を零す。
「なんだよ、人の顔を見てため息なんて。」
ひどいなぁ、とぶつぶつ文句を言う正太郎に、サワコは二度目のため息をさっきよりも盛大についた。
「相変わらずだなぁって。」
「なにが?」
「変わらないなぁって。正太郎は。」
告げた言葉に、正太郎が目を大きく見開く。
「俺?」
「うん、あなた。」
「変わってない?」
「うん、全然。」
全然、あの頃のままだよ。
サワコがそう言ってあげると、安心したように正太郎ははにかんだ。
サワコは正太郎とは家も隣同士で、小さい頃からいつも一緒だった。
引っ込み思案だったサワコにとって、いたずら好きで面倒見の良い正太郎はお兄ちゃんのような存在だったし、一番の遊び友達でもあった。
サワコの隣はいつも正太郎で、正太郎の隣はサワコで。
当たり前で普遍的なことだと思っていた。
ジジジジジジッ――
訪れた沈黙に、静かに動く扇風機の音と蝉の声だけが響き渡る。
何かを話したいのに、何を話せばいいのか。
心地の良い静けさの中で、ふいに隣で立ち上がる気配がした。
「もう行っちゃうの?」
慌てて見上げると、正太郎がサワコを見下ろして微笑んだ。
「時間だから。」
その瞬間、凪いていた空気が歪み、空っぽだった胸の奥から激しい慟哭が押し寄せて、
サワコは思わず、正太郎のTシャツを掴もうとした。
正太郎はちょっとだけはっとして、それから困ったように眉尻を下げた。
「サワコ。悲しいの?」
「悲しくなんてない。」
「じゃあ、なんで。」
なんで泣いているの、と聞かれてサワコは己の涙に気づく。
理由なんて、ひとつしかないもの。
でも、言葉にできなくて、サワコは声を殺して泣き続けた。
正太郎がその指で、サワコの濡れた頬に触れる。
「変わってないね。」
「うそ。おばあさんになっちゃった。」
「なってないよ。今もとてもきれいだ。」
「・・・どこで覚えたのよ、そんな口説き文句。」
「本音だよ。」
悪態はついても止まらぬ涙に、正太郎がそっと口づけた。
「ばいばい。サワコ」
目を開けると、青く澄んだ空がまだそこにあった。
少し風が出てきたせいか暑さは和らいでいたが、汗ばんでいて少し気持ち悪い。
サワコは体を起こしながら、喪服が皺になっていないか確かめた。
そして、手で握っていたアイスの棒を何気なく見て、そっと微笑む。
「あ、おばあちゃん!」
庭の隅から、バタバタと少女が走ってくる。
「ここにいたんだね。お母さんが、スイカ切ったって!」
少女は嬉しそうに飛び跳ねて、早く行こうとサワコの手を引っ張ろうとすると、その手が文字の書かれた棒を握りしめているのに気が付いた。
「おばあちゃん、アイス当たったの!?」
サワコは得意げにほほ笑んだ。
「そうよ。”アタリ”だったの。」
久々に新しいお話をあげました。
お読みいただき、有難うございます。