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ブラッディ・ライフ(Bloody・Life)  作者: 逃亡の迅矢
理想と現実
2/3

異能力者

50年ほど前の話だ。

突如、地球に出現した化け物、『幻想獣(トイフェル)』によって人類は絶滅の危機に立たされた。

それに適応するかのように生まれた人を超えた新人類『異能力者(イレギュラー)』。

彼ら、人を超えた化け物には人権など与えられず、『幻獣殺し』として道具のように扱われ、45年。『幻想獣』が滅んでから5年経ったいまも海上都市という名の檻の中で国に管理されていた。

異能力者には強弱をはっきりとするための格付けもされている。

最弱のEランクから最強のSランクまでの六段階。

キリヤはその底辺のEランク。

通称『非異能力者(シード)』。

身体能力は異能力者と変わらないが、まだ異能力が備わっていない、というよりは開花していない分類に入る。


「天風斬夜です。みなさんにお世話になることもよくあるかもしれませんが、なにとぞよろしくお願いします」

普通の自己紹介で普通を装う。

遅刻はぎりぎりのところで回避したキリヤは休み時間に入ってテンションがやたら高いクラスメイト(めんどうな連中)を偽りの笑顔で相手にするほど機嫌がよかった。

質問攻めされようともこの偽りの笑顔を崩す輩は誰であろうといな──────

「見つけたわよトンデモ能力者!」

「高等部校舎にくんじゃねぇよクソガキ!」

バタン!とドアを壊す勢いで…………いや、もう壊れているのだが、ドアを蹴り飛ばし不良のように入室してきた少女は教室を見渡し、エラソーにキリヤを指さしていた。

「ガキじゃないわよ!あたしは火姫アリスつーのよ!覚えときなさい!そして覚悟しろ!」

「はっ、知るかよ放火魔が!そして覚悟はできないねぇッ!おれは非異能力者だからな!Sランクと戦う器じゃねぇ!」

「嘘つくんじゃないわよ!アンタはあたしを弄んだでしょうが!」

気がつけばざわざわとクラス中がざわめいていた。

まずい、と思いオーバーヒート寸前だった頭の中をクールダウン。深く深呼吸する。

「あのなぁ、おまえは単純すぎなんだよ。だから簡単にかわせるだけで能力なんか使ってねーよ」

「あ、あたしが単純ですって!?」

机を思いっきり叩くアリスにただ淡々と頷く。

アリスは宝石のような深紅の瞳に怒りを灯し、キリヤを睨んでいると、ついに拳を振り上げた───が。

「何をしている火姫」

背後に現れた女性教師がしっとアリスの頭を鷲掴みした。アリスは錆びたロボットのように震えながら振り返る。

「きょ、恭子先生!どうしてここに!?」

「おまえがドア蹴り壊したと聞いて飛んできた……覚悟はできてるよな?火姫。んん?」

みしっという音がアリスの掴まれた頭の部分から聞こえて、両腕が死んだかのようにだらりと、アリスの意識は闇に落ちた。

「すまなかったな少年や」

「い、いえ……大丈夫です」

目線が左手に握られた釘バットにいってしまう。少々赤黒い斑点がついているのは、彼女が凶暴そうに見えるがための見間違いだと信じたい。

「では失礼するよ。ウチの子が迷惑をかけたね高等部の坊やたち」

壊されたドアからアリスを引きずって退出した。

これからあいつはどうなるのだろう、と気になるところではあるが、とにかく過ぎ去った嵐にキリヤは胸をなで下ろした。


✤✤✤


「おにぃ〜ちゃん♡」

校門をくぐり抜けるとランドセルを背負った可愛らしい少女がキリヤに抱きついてきた。

特徴的な紫紺の瞳にツーサイドアップで結われた綺麗な銀髪。キリヤの妹の天風未来(みく)だ。

「未来か……学校はどうだった?」

「楽しかったよー!ミク、友達もたくさんできた!」

ぽんぽんと頭を叩いてなでなでをご所望する未来を優しくなでる。

「んんっ……はあ、気持ちぃ」

「こら、変な声だすな」

「へへ、ありがとーお兄ちゃん」

「あはは……仕方ないやつだな」

この笑顔を見るとなんでも許してしまうのが、自分の弱点だった。

「で?一つ聞きたいんだけど……」

ズキズキくるこめかみに手をあてて、

「なんでおまえがいんのか聞いてもいいかな?琴音」

未来の背後に立っていた浅薙学園の高等部のセーラー服を着た黒髪の和風系の美少女───神咲(かんざき)琴音(ことね)の名を呼んだ。

「あら、この子をここまで連れてきたのはウチなんよ?少しは感謝しーや」

「ちなみに、どうやって未来を呼んだ?おれの記憶だと写真送ったことがあるだけで初対面のはずだが?」

「えっと……お宅のお兄ちゃんが呼んでるよ。お菓子あげるからこっちにおいで……ってな」

「完全に誘拐犯のセリフじゃねーか……未来、次から知らない人にはついて行くなよ」

「うん、わかった」

「ほら、わかったらこの人にその右手に握られている板チョコのお礼を言いなさい」

未来の右手に握られている板チョコはコンビニとかで売っているような安物じゃない。もっと高そうな、一般人が手を出すのを躊躇(ためら)うようなパッケージをしたチョコだった。

「ありがとー黒髪ポニテールのお姉ちゃん♡」

口元にチョコがちょこっとついた天使の微笑みを向けられた琴音は頬を緩ませて抱きついた。

いまの琴音はキリヤから見たら小学生大好きの変態にしか見えない。

「かわいい!かわいい!かわいいッ!」

だが、次の瞬間、未来は小学生らしくない低い声で「それで?」と、じど目で琴音を睨みつけた。

「お兄ちゃんとはどんな関係なのお姉ちゃん?」

「か、関係!?き、キーくんとウチの関係っていったら──────」

「天風家のお隣さん神咲家の娘でただの幼なじみだ。おまえが想像している関係じゃないからな」

「そうなんだ。よかったー!」

胸をなでおろしてほっとする傍らで琴音がしょんぼりしていた。

「んで?今日は何の用だ?」

「このまえ、キーくんがまだ実家にいるときにウチが送った手紙の返事を伺いに参りました」

びしっと背筋を伸ばした琴音は緊張しながら頭を下げた。

「ああ、それか……断る」

「ありがとうな。キーくんならオッケーしてくれると信じてたん……よ?─────えっ!?いま……なんて?」

「断ると言ったんだ」

「断るだって!お姉ちゃん」

未来が満面の笑顔でバンザーイと。

「な、なんでキーくん?」

「いや、言い方が悪かった。全部を飲まないって意味だ。後半の方を断るってことで前半の方はオッケーというか……だからネクタイ引っ張るな……苦しい」

「ウチとの結婚はどうするん!?」

びくっと未来が反応し、キリヤの胸ぐらを掴む琴音の背中をぽこぽこと叩いていた。

「まだそういうのは早い!だからいまは断っただけだ!」

「いま?じゃあ将来は結婚してくれるってことやな?」

「話聞けよ!早いつったろ!まだそんな先のこと考えてねーよ!」

この場所で生きていけるかもわからないのにこいつという奴は……。

深くため息をついて、だが、同時に感謝する。

「ありがとうな琴音」

「急にどうしたん?」

目をぱちぱちさせて琴音は問う。

「この場所でやっていけるか不安だったけど、気が楽になった。相変わらず琴音は変わってなくて助かるよ」

「………………そう、感謝しーよ?」

作戦大成功。琴音はこういうのに弱いというのは昔から知っていた。ようやくキリヤは解放され、琴音はぷいっと背を向ける。

「げほっ、げほっ……ああ、感謝してる」

「じゃあ、前半の部分がオッケーということはウチの派閥(チーム)に入るってことでいいんかな?」

「ああ、琴音は頼りになるやつだし……むしろこっちからお願いしたいくらいだったよ」

すると、つまらなそうに唇を尖らせた未来がキリヤのブレザーを引っ張ると「ミクも派閥入る」と、小声で言った。

「海上都市の生徒であればどこの派閥に入るのも自由。ならミクも入りたい」

「未来はだめだ。派閥なんて楽しいところじゃないし、危険が増えるだけだ」

「援護射撃とか……手伝いならできるよ?」

「それでも────」

ダメだ。という前に琴音が割り込んだ。

「いいんやない?この子はキーくんが守ってあげればいいだけやろ?」

「お兄ちゃん……ダメ?」

「それでも……ダメ…………だ」

「なんで?この子キーくんが言うにSランクやろ?自分の身くらい自分で守れるほどの力があるやん?」

だから……なのだ。

強すぎるから、目立ちすぎるからダメなのだ。

「大勢で攻められたらどうする?多勢に無勢だし……おれが守るっていってもEランク、非異能力者だ。無理がある」

「例え……天下の天風家の抜刀術奥伝の皆伝者でもかえ?」

「────────ッ。おまえが海上都市に移ってからすぐに天風家は天風抜刀術を封印したんだよ。父さんにも、使うなって言われてる」

そう言うキリヤの表情はどこか苦しそうだった。

「なら、ウチが勧誘するわ。みーちゃん。ウチの派閥に入らへん?」

「なっ!?なに勝手に─────」

「ウチはこの子がキーくんにとって必要だと思っただけよ?キーくんは昔から目立たないと言ってる割には事件に首を突っ込むタイプや。ならブレーキ係が必要と思わへん?」

返す言葉もない。事実だった。

「……………………あー、もうわかったよ。勝手にしろ」

目の前でハイタッチする二人を見ながら心の中で、やはり弱いよおまえ、と自分に対してそうつぶやいた。


✤✤✤


派閥は学校、年齢問わずどこでも自由に所属できる海上都市特有の制度だ。

幻想獣との戦争以来、第二次世界大戦以来日本を守り続けていた自衛隊制度は消滅した。原因は幻想獣の出現の恐怖により志望人数が急激に低下したことによる戦力不足らしい。

「その代わりに戦力として導入されたのが海上都市に住む異能力者(ウチら)で結成された派閥。幻想獣がいたときと変わらへん。国を守るために戦争もする。ようは便利屋や」

「ああ、それくらい知ってるよ。ここ最近……2年の間に何度も戦争やってたからな。防衛っていう理由で……な。いまは落ち着いてるけどさ」

「戦争……殺し合いダメ。ミク、そう思う」

「……そうだな。でもそうしないとおれらの存在を世界は認めないだろうな」

顔を伏せる未来の頭をなでながら、琴音の方を見る。

「人は過ちを繰り返す。それは進化した人でも同じことや。信じるしかないんよ」

二人が並べばいっぱいになってしまいそうな狭い廊下を少し歩けば、頑丈そうなドアに行き着いた。

ピッとIDカードを通したドアが開くと、キリヤと未来は驚嘆(きょうたん)の声を上げる。

一言でいうと船の艦橋(かんきょう)のような司令室だった。

半楕円(はんだえん)の形に床が広がっていて、高いであろう機器が大量に、正面を巨大モニターが埋めつくしている。

未来がはしゃぎ出し、それをゆっくりと追いながら目だけを動かして、この階より広い下の階を見れば、オペレーターだろうか。複雑そうなコンソールを操作していた10人ほどの人が振り返りキリヤに手を振ってきた。

「相変わらず…………お嬢様は金遣いが荒いな」

「それは褒めてるって捉えてもええんかな?」

「アホか。たかが派閥ごときに遣いすぎだ。どうせ、まだメンバーはおれらしかいないんだろ?」

「そうよ!」

ふんっ、とドヤ顔する琴音の頭に手刀を思いっきり振り下ろす。

琴音が頭を押さえてしゃがみこんでいる内にうろちょろとしていた未来が目の前を通った瞬間を狙って確保。中心にあった会議用のイスに座らせ、キリヤもその横に、琴音は二人の正面に腰をかけた。

「じゃあ、改めてNSTへようこそ。キーくん、みーちゃん、歓迎するよ」

「ああ、ありがとう。じゃあ、さっそく一つ質問……NSTはなんの略だ?」

両手を広げる琴音にキリヤは頬づえをつきながら問うと、琴音は「げっ」と、下を向いてぷるぷると震え始めた。

代わりにお茶を持ってきた白衣姿の女性が答える。

「なんと素晴らしいチームの略だそうです。あ、お茶どうぞ」

有難く、熱々のお茶を頂く。隣の未来は熱々のお茶に苦戦しているようで、舌の先端でちょびちょびと舐めていた。まるで小動物である。ついにはお茶を頭に乗せ始め、キリヤはそれを見るや、熱いお茶をぐいっと、そしてため息をついた。

忙しい未来にではなく、相変わらずネーミングセンスが絶望的な琴音に。

「………………名前変えようか」

「ちょっと酷すぎへん!?これでもウチ、キーくんのために一年考えたんよ!」

バン!という音にびくっと未来の身体が跳ねる。そうなれば頭の上に乗っけていたお茶がひっくり返るのは当然で……それは運悪くキリヤのブレザーを侵食した。

「あ、あわわわわ……」

怒られると思った未来は立ち上がって一歩、二歩と後ずさる。

しかし、キリヤは苦笑を浮かべた。

「いいよ。洗えばいいことだ。替えもあるし後で着替えればいい。そんなことより、未来……NSTよりいい派閥名考えてくれ」

「え、えっと!魔法少女っ!マジカル魔法少女エリカ!」

「却下」

「即答!?」

「だっておれ男だし……なあ?」

琴音に話を振ると、「すごい絵面やね」とお腹を抱えて笑う。

「じゃ、じゃあ!キューピットガールズ!」

「……………………おまえもネーミングセンスないのな。お兄ちゃんは悲しいよ」

「ふにゃあッ!!」

鈍器で殴られたような衝撃を受けた未来はしょんぼり、と無言で席に着く。

「もう……NSTでいいよ。どうせ、おまえのことだからもうすでに派閥登録申請したんだろ?」

「ありゃ?なんでわかったん?」

「おまえは昔からやると決めたことは即刻やるタイプだからな」

「……っんもう!キーくんウチのことウチよりわかってるぅ!」

「抱きつこうとするな!てか、琴音!今日はスキンシップのためにおれたちはここに来たわけじゃない。まだ、荷物の整理とかしてないんだ。できるだけ早く頼むって言ったろ?」

キリヤがそう言うと「あ、そうやったね」とスキンシップを中断し、ぱちん、と指を鳴らした。

すると、どこから現れたのか。黒い影が横長のトランクケースを琴音に差し出した。

未来は「忍者!?」と困惑するがキリヤは知っている。これが神咲琴音の力───影を操る異能力だ。最後にキリヤとあって以来とはまるで別物に感じられるほどパワーアップしている。

再度、琴音が指を鳴らすと黒い影は闇へと姿を消す。

「ほら、キーくんとみーちゃんのお頼みのもんや。二人とも神咲社の最高傑作(けっさく)しか頼まんから、ウチも手配が大変だったんよ?」

「そういう割にはおれらが入るって言ってから一時間も経ってない気がするけどな」

「大変なもんは大変なんよ。キーくん、ご褒美になでなでしてー!」

「ああ、また今度な」

がばっ!と両手を広げて突進してくる琴音を軽く受け流し、未来の方を見ると、既にトランクケースを開けて、目を輝かせていた。

未来がトランクケースに手を伸ばし取り出したのは黒い凶器────ハンドガン。普通の小学生六年生の女の子なら無縁の代物だった。

「すごい……神咲社のブラック・ブラッドのほんもの。ねっ、ねっ、お兄ちゃんほんものだよ!」

「ブラック・ブラッド……ってこの前オークションで三億で落札されたアレか?」

キリヤが問うと未来はさらに目を輝かせて、

「そうだよ。マニアからしたらブラック・ブラッドは喉から手が出るほどのレア物の中のレア物、伝説の一品なの。神咲社の持てる技術全てを投入して創り上げた神咲社の技術の結晶!名前の由来は真っ黒な銃身と、これを設計した天才技術チーム、通称『ブラッド』の名前を取ってるの。もう、販売は中止して……ないって聞いてたけど……わあ、ほんものだぁ。お姉ちゃんありがと」

その笑顔は琴音のハートばきゅーん!と。容易く撃ち抜いた。

「い、いいんよ。みーちゃんのためやもん。ただ……ウチの妹になってぇー!」

「やだ」

今度はたった二文字の言葉がグサッと胸を穿つ。

あらゆる角度からブラック・ブラッドを眺めていた未来は弾倉も見ようと思い、トランクケースに目をやると、一つのことに気がついた。

「あれ?お兄ちゃんも頼んだってお姉ちゃん言ってたけど……ないよ?」

未来の言う通り、確かにブラック・ブラッドの弾倉と弾以外はトランクケースの中にはない。

しかし、キリヤはブレザーの内ポケットから鍵を取り出すと、ブラック・ブラッドが置かれていたシートを退けて、現れた鍵穴にそれを差し込んだ。ゆっくりと左に捻ると、底かと思っていた部分がぷしゅーという音を立ててパージされる。

「何これ……刀?」

現れたのは一本の刀だ。

首を傾げる未来に琴音は抱きつくよう密着し、言う。

「これは妖刀、黒鶴(くろづる)や。柄から刀身の先まで全部真っ黒いのが特徴。幻想獣の血がたっくさーん入ってるんよ!噂では認めん者は魂が喰われるって話や!」

琴音の説明を一語一句漏らさず聞いていた未来は再び漆黒の刀『黒鶴』を見ると、目がないのに睨まれたような気がしてごくりと唾を呑んだ。

それを頼んだというキリヤの方を見れば、黙ったまま漆黒の刀を見たあと、琴音の方を向いて。

「………………ありがとうな琴音」

「いいんよ。ウチは派閥のリーダーやし」

心配そうにキリヤの表情を伺う未来。だが、キリヤは「帰ろうか」とだけ言うと目の前にある刀には触れず、トランクケースを閉じて、未来の頭を撫でた。

「…………うん!」

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