混沌の意識と真実(前半)
真っ白い空間の中―――――
アレックスは不思議な夢を見た、と感じた。
(こんなのは絶対に夢だ)
その夢の内容は単純だ。
元から魔力のない自分が失われたはずの大魔術『《時》の魔術』を行使して、世界を救う。
そして、魔力が枯渇して、倒れそうになった自分を王子様が助けに来てくれた、という自分にとって都合のいい物語だ。
もちろん、そんな都合のいい夢などあるはずもない。
アレックスは迫りくる眠気に抗いたくなく、そのまま白い空間に残されてたかったが、誰かが彼女の手を引っ張った。
(でも、ここから出て行った後はどうなるの――――?)
彼女は、自分が何らかの魔術を行使にしたのはわかった。そして、それが莫大な影響力を持つものであることも。だから、何らかの影響によってこんな白い空間に寝そべっているのも頭の中では理解できた。
だが、これから先、この白い空間を出ることが可能なのか、そして、出た後、自分はどこへ行くのかさっぱり分からなく、ここに留まっていたかった。
だが、彼女に呼びかける声がどこからか聞こえた。
『アレックス――――――』
その声は彼女が知っているようで知っていない、どこか大人びた声だった。
『レクス』
何回目かに呼びかけられた、その名前はアレックスを反応させるのに十分だった。
(まさか―――――)
その呼び名は幼い時、ある一人の少年以外には呼ばせない、と約束していたものだった。だが、その人物は彼女の知る限り、もう二度とその名前を呼ぶことはない人物だと思っていた。
(会いたい)
アレックスはその人物に最後にもう一度、会いたいと思った。
(ルドルフ様――――)
その名前を心の中で強く願うと、無数の手が彼女を白い空間から引っ張り出すように、力強く彼女の体を包み込んだ。
彼女が驚くよりも早く、白い空間はなくなった。
「っくふ―――――」
アレックスは、その包み込んだ手のようなものが無くなったと感じた時、目を覚ました。
そこは、先ほどまでアレックスがいた空間と同じ白いが、先ほどまでとは違い、純白というわけではなく、どちらかと言えば灰色がかった天井であることに気付いた。そして、自分が寝ているベッドは学園にある寮のものであるみたいだが、自分が使っているそれよりもはるかに豪華なものだった。
「大丈夫?」
どうやら自分は生きているらしい。そう感じ取ったアレックスは、自分に問いかけた人物を見て、再び驚き、意識を飛ばしかけたが、その人物は彼女の体に触れたことで、意識を飛ばすことはなかった。
「まあ、全快、というわけにはいかないでしょうけれど、とりあえず私はルドルフ様に殺されなくて済むわ」
青い髪のその女性は、表情はにこやかだったが、なんだか物騒な発言をした。
「――――――えっと?」
アレックスはその女性の真意が分からず、困った。むしろ、彼女にとってみれば、自分は死んだほうがよかったのではないのだろうか。今この状況で、彼女の立場を自分は脅かしているのではないのか。そして、何より、ルドルフ様は自分なんか望んでいるわけなどないではないか。
「なるほど、ね」
アレックスの困った表情を見て、その女性―――ヒルダ・ミレナディック子爵令嬢はため息をついた。彼女が困惑していることに気付いたアレックスは、さらに困惑を深めた。しかし、二人がともに困惑し、黙り込んだ状況は長く続かなかった。
「失礼するよ、ヒルダ―――――って、レクス?」
突如、二人の会話に入り込んできた人物がいた。その声はアレックスにとって、非常に懐かしいものだった。まばゆい金髪に住んだサファイアを連想させる青い瞳。彼はまさしく幼い時、アレックスと遊んでくれた少年だった。
「え、ええ」
アレックスは隣にいるヒルダの反応を気にしつつ、そう答えた。しかし、ヒルダは予想に反して何も言ってこなかった。
「やっぱり、そうだ。よかったよ、レクス」
彼、ルドルフ・ホイットニーはヒルダには目もくれず、アレックスに抱き着いた。その行動に一番驚いたのは、当然アレックスだった。婚約者(予定)がいる目の前で、ほかの女性に抱き着かれて気持ちがいいものではない。そう思って、ヒルダのほうを見たら、すでに彼女はいなかった。
「ヒルダはいないよ」
彼の少し高めの声をどこかで聞いたことがあるな、と思いつつ、ルドルフのその発言に首を傾げた。一度、抱き着く腕の力を弱め、彼はアレックスの瞳を覗き込んだ。
「まあ、諸事情あってヒルダとは仲良くしているけれど、彼女とは結婚もしないし、する気もないさ」
ルドルフの言葉に驚きすぎて言葉も出なかった。
「もちろん、今は公にはできないから、否定もしないけれど、いつかはきっとわかるよ」
そう言って、アレックスの頭をなでた。
「僕が一番、奥さんに迎えたいのはアレックス、君だから」
その言葉に、再びアレックスは気絶した。