決戦、光を取り戻す
翌朝、朝食を自室でつまんだアレックスは最後の仕上げに取りかかっていた。
「そういえば僕になにか作ってくれたんだって?」
「あ、はい」
最後の魔工石を使って城内の兵士用に加工しているときに、陣中見舞いとしてルドルフがやってきた。どうやら先ほどヒルダとフレディにこっそり言ったことがもう彼に伝わっているようだった。
彼自身にもある魔力増幅用の魔工石を用意した。ただし、それは人前ではあまり見せられるものではない。だから、ヒルダやフレディにも見せてはいない。『用意した』と言っただけだ。
「まだ、見せてくれないのかい?」
「ええ。それは総攻撃のときのお楽しみということで」
「そうか、それは残念」
もう間もなく総攻撃が始まる。ルドルフはかなり多忙を極めているはずだ。だから『お楽しみ』を用意したけれど、それはもう少し後で見せた方が彼にとってもいいはずだ。
彼がねだるように抱きついてきたが、そっとその手を離す。
「楽しみにしておいてください」
「もちろんさ」
少し残念そうにしたが、笑顔で退室を促すアレックスに従うルドルフ。彼が退室したあと、アレックスは仕事の仕上げに取りかかった。それは彼女が学園にいたときに卒業のための研究で実証したもの。
そして、最愛の人に贈るために準備したもの。
一種の美術品にもなりそうなそれは、彼女にとって最大の作品だった。
昼前、予定よりも早く攻撃が行われることになったルドルフは、アレックスの自室に駆けこんだ。
「総攻撃が始まるぞ。アレックス、準備は……――」
「できてます!」
彼が言いきる前に大声で叫ぶアレックス。彼女だって、場内の様子は聞こえていなくても気配でわかる。すでに例のものも用意できていた。
「まさか、それを着ろとか言うわけじゃないよな?」
「言うわけありませんよ?」
「じゃあいったい、まさか……――!」
それを目の前にしてルドルフはまさかと叫ぶが、アレックスは笑顔で否定する。そして彼女は『願い』を口にする。今まで、なににも関わらないでいようとした彼女とは正反対の『願い』。
「私を戦場へお連れください」
嘘だろというのが最初のルドルフの思いだった。彼女は騎士の訓練もおそらくは剣さえ持ったことないか弱い女性というのが彼から見たアレックスの印象。
「アレックス……!!」
それ、正気か?
そういうルドルフに対して、緊迫な場とは正反対の穏やかな笑みを浮かべているアレックス。
「正気ですよ?」
彼女の言葉には逆らってはいけない。そう訴えるなにかがルドルフの中で弾ける。
「わかった、連れていこう」
多分、自分は彼女に絆されているのだと理解しつつも、そうではない別のなにかが彼の中で生まれている。決断するのは早かった。
「ありがとうございます!」
「だが、無茶はするな、絶対にだ」
「わかりました」
嬉しそうに抱きつくアレックスに、こんなところでだけ抱きつくのは反則だろと苦笑いするルドルフ。それでも、彼女を離さないあたり、自分の弱みなんだろうとその部分を肯定することにした。
ナハトリ城塞の尖塔にルドルフとアレックスはいた。
「もうちょいまだだな」
「はい」
敵の数は報告されていた以上に多かったというのが今朝の会議で明らかになった。それを今まで抑えていたナハトリ伯には頭が下がる思いをしていたルドルフたちは、彼らが川を渡るときに攻撃を仕掛けるのが一番いいと思い提案したところ、すぐに採用された。しかし、敵将も頭は悪くないみたいで、ルドルフたちの動向を探っていたようで、不意を突くように早い段階で行動していたようだった。
ルドルフはアレックスの指示通りに彼女の掌に自分の剣を添え、行使魔術の照準を合わせていた。
「あとちょっと、相対照準位置まであと五秒、四秒、三秒、二秒……」
それは寸分たがわずに行使しなければ、味方も多くを失う。物資不足のこの地では照準器なんかない。ルドルフの勘だけが頼りだったが、彼は学園では首席だった。そんな彼が狂うはずがないとアレックスも確信していた。
「我はその命令、すべての逆光を白きものもって迎え撃たん!!」
照準を中心に太陽よりもまぶしい強力な光がその地をおおう。しかし、熱ではなく真逆のもの、氷で覆われる。
『逆行時計』
ルドルフの最大武器にして、最大防御。
どんな季節であろうとも巨大氷塞を作りあげるもの。しかし、彼一人ではせいぜい砂場の城程度の方しかない。それを文字通り堅固、頑丈なものにしたのはアレックスの魔力増幅のおかげ。
術者本人たちもその威力に圧倒されていた。
「終わったな……」
「ええ、終わりましたね」
ルドルフは放出した魔力で倒れたアレックスを立ちあがらせた。
「そのドレスは趣味が悪い」
いずれ無くなるはずの白い粉をはたき落としながら、そうぼやく。
たしかにそうですねとアレックスも笑うが、でもと説明する。
「ふふ。最大限ルドルフ様の魔力を引きだせるのは、らせん状の配置っていうのを以前、試合を見たときに考えていたので。そして、私自身が魔工石の加工部分になればと仮定しまして」
そう言うアレックスの目にはいたずらっ子のような笑みがこもっている。
「……ったく。大馬鹿者が」
「でも、ルドルフ様。気づいておりませんか、その右目?」
「え? まさか……!」
黒い眼帯で覆われていた右目。自分自身では気づかなかったが、光が差しこんでいるような気がしてそれを外すと、もう一つの目と同じ景色が飛びこんでくる。
「よかったです」
彼の右目の光を取り戻せたことに気づいたアレックスは自分のことのように喜ぶ。彼女が魔工石に加工したのは、敵をせん滅する力を利用して、何者かがかけた魔術によって失われた右目の光を取り戻す術式。
「ああ、本当だ。ありがとう、アレックス。そういう君は、まさかとは思うけれど」
「ええ、治ってませんよ」
魔力の枯渇は治せるものではありませんからね。
アレックスは魔力を取り戻すことができない。《時の魔術》を行使したとき、全てを使いきった。別に問題ありませんよと笑ったが、どこか寂し気な笑みだった。ルドルフはそれ以上、なにも言わなかったが、彼女の手をしっかりと握る。
「じゃあ、戻ろうか」
「はい」
目的地が城内へなのか、ホイットニー家なのかはルドルフは言わなかったが、ルドルフにただ黙ってついていくアレックスだったが、その足取りはかなり軽いものだった。