すべては無から
そこにいたのかつて自分の友人だった人と、アレックスを救ってくれた人だった。二人とも同じ格好をしている。まさかこんなところで会えるとは思わなかったアレックスは思わずまさかと呟いてしまった。
「フレディ……!! 元気だった?」
先に抱きついてきたのはかつての友人であり、突然退学してしまった人だった。
「ええ、元気よ。あなたも相変わらずね」
「聞いたわよ。転科して、首席で卒業したって」
フレディの目の端に少し涙が浮かんでいた。彼女もアレックスに会えてうれしいようで、ギュッと抱きしめる力は強い。
「あはは。まあ、ちょっと魔力が無くなっちゃったからね。そういうフレディも今はここで?」
「ええ、そうよ。まぁ……いろいろあったからね」
事故の詳細を聞いているのか、アハハと苦笑いするフレディ。
「そっかぁ。でも、また会えてよかった」
「私もよ。あのとき死ぬしかなかったから、それを救ってくれたのには本当に感謝しなきゃね」
「え? 死ぬってどういうこと? もしかして、だれにころさ……――」
突然のフレディの言葉に驚くアレックスだけれど、フレディは大丈夫よと宥める。
「今はこうやって働けているんだから」
「あ、うん……そうだね」
「そうそう」
二人がひとしきり笑い合った後、今度は少しおとなしい女性がアレックスを抱きしめる。
「えっと……――たしかヒルダ……さん?」
彼女はそう、あの部屋の中で必死に自分を呼びとめてくれた人だ。
「ええ、覚えていたようでよかったわ」
「またお会いできてうれしいです」
フレディのときとは違って、よそよそしさをだすアレックス。ヒルダはなぜ彼女がそんな風にしているのか気になったけれど、一つ心当たりがあった。しかし、それを言うことはない。
「やめてよ、そんな敬語で話すなんて」
「え……でも」
「『でも』じゃないわ。あなたはこのホイットニー家の女主人で、私はただの侍女。私はあなたに敬語を使う必要があるけれど、あなたは必要ない。というか、使ってはいけない」
「……っ」
従者として最低限の心構えを話しているヒルダだが、かなり口調が厳しい。おもわず黙りこんでしまったアレックスを見たルドルフが、静かに彼女の名前を呼ぶ。
「ヒルダ」
本家の当主であり、自分の使える主に静かに叱責されたヒルダは、しまったという表情をする。しかし、彼女の表情は表面的なものではない。
「あぁ……ごめんなさい、ルドルフ様。私もつい嬉しくて。アレックス様を困らせるようなことをしてはいけないのに」
純粋にアレックスを困らせたことに気づいたようで、素直に謝罪をする彼女に大丈夫だと苦笑いするルドルフ。
「じゃあ、ここの四人だけのときは敬語なしでもいいかしら? それ以外のときは敬語あり、で。それならいいでしょ、ルドルフ様?」
「ああ、そのほうがいいかもしれないな」
「いいんですか?」
ヒルダの提案に同意したルドルフの対応に驚くアレックス。よかったじゃんとフレディもわがことのように喜ぶ。
夕食後、めまぐるしい一日になったアレックスは先に自室へ戻っていた。フレディも彼女について行っていて、ルドルフのそばにいるのはヒルダだけであった。
「本当ですか。やはり南との戦いですか」
彼女はルドルフが受けとった出征命令を聞くと、眉をしかめる。彼女もホイットニー家の一員として諜報活動をしたとき、たしかにそういった噂は聞いていたものの、まさか彼が実際に戦地に行くことはないと思っていたからだ。
「ああ、とうとう南端の要塞がやばくなったようだ」
「っていうことは、辺境伯も」
南を治めるのは歴戦の辺境伯。そこへの出征となると、最悪の事態しか考えられない。
「だろうな」
ルドルフもそれに同意する。
「じゃあ、早めにいかないといけませんね」
「そうだな。急で悪いが、明後日には出発する」
「了解いたしました」
急なことではあるものの、まだ猶予がある方だ。ルドルフが落ちついているので、そうヒルダは感じた。
「このことはほかの方には?」
「伝えてないが、アレックスもレオノーラも連れていく」
「……! そうですか」
戦闘要員であるヒルダやレオノーラはわかるが、まさかアレックスも連れていくと思わなかったヒルダだけれども、当主が下した決断ならば仕方がない。
「ああ。これは皇太子殿下からの命令でもあるからね」
「なるほど、そうでしたか」
そう思っていたら、どうやら彼もまた命じられた身であるようだ。しかし、何故そんなことを皇太子が命じたのか理解できなかったけれど、彼の命令ならば仕方がないとも思ってしまった。
しかし、昼間から気になったあることを思いだしたヒルダは、ルドルフに尋ねることにした。
「そういえば、聞きたったのですが」
「なんだ」
「彼女は『フレディ』なのですか? それとも『レオノーラ』なのですか?」
ヒルダが気になったのは彼女、レオノーラ・フロイツァのことだった。《時の魔術》を持つ人間を暗殺するために送られた元間者。アレックスは仲の良かった人として認識しているが、あちらはあくまでも仮面の一つだ。
「正直、どちらでもいい」
ルドルフの言葉にはぁ? と唸るヒルダ。
「僕たちにとっては『レオノーラ』だけれど、アレックスにとっては『フレディ』だ。それを変えるつもりはないし、強要するつもりもない」
たぶん彼女もそのつもりなんだろう。
アレックスがフレディと呼びかけたとき、自分が『フレディ』であることを否定したならば、そのときに否定したはず。そう意図をこめて言うとなるほどと納得された。
「わかりました」
私もそのようにふるまいますね。そう言ったヒルダの表情には優しい微笑みが浮かんでいた。
あと数話で終わります
※一章に対する話数のバランスがおかしいですが、そこは一部分当たりの字数の関係ということで
_(:3 」∠)_