末裔の末
しばらくルドルフと喋りつづけたアレックスだが、いつのまにか、馬車が止まっていることに気づいた。
「ルドルフ様?」
窓の外を見たアレックスはその風景に驚き、ルドルフを見る。驚いているアレックスに対して、彼はニコリと笑いかえす。
「ここが目的地だよ」
彼の言葉になにも言えなかったアレックスだが、差しだされた手をとるしかできなかった。
二人が乗った馬車が止まったのは、豪奢な建物――この国の中枢を担っている皇宮の正面だったのだ。アレックスがここに来るのははじめてにもかかわらず、教授から聞いていたこともあり、ここがどんな場所なのか、すぐにわかっていた。
「さあ、行こう」
馬車から降りて、アレックスが服を整えたのを確認したルドルフは自然に彼女をエスコートする。
何回も来ているようで、彼は迷わず建物の中を進んでいく。
目的地まで着くまでの間、アレックスと一つしか違わないはずの彼に周りの人が頭を下げる様子を見ると、やはり彼が名家の出身であることを意識させられた。
そんな彼の隣に私がいてもいいのかとアレックスが不安に感じたのに気づいたのか、ルドルフはそっと手を握る。しばらく歩いた二人だったが、一つの扉の前で止まり、軽くノックするとすぐに返事が返ってくる。
「どうぞ」
それはとても爽やかな声で期限がよさそうな声だ。さあ、行くよとルドルフが小声で言ってから、部屋に入った。
そこには二人の青年がいた。
一人は煌びやかな服に身を包んだ茶髪の青年。
そして、もう一人は茶髪の青年ほどではないが、煌びやかな服に身を包んだ褐色の肌の青年。
「はじめまして、いや、久しぶりだね、アレックス嬢」
茶髪の青年が手を差しのべる。はじめましてではなく、久しぶりと言う彼に見覚えがないアレックスは目を瞬く。
「いや、お前、その状態で久しぶりって言っても彼女、覚えているわけねぇだろ」
ルドルフは悪友の言葉にツッコミを入れる。茶髪の青年はそっかぁと大げさに嘆くが、特別気にしていないようだった。
「いや、覚えてなくても仕方ないんだけどさ……――あのさ、君、小さいころに街で遊んだの覚えてないかい? こいつと一緒に、三人でさ」
「あっ……」
青年の言葉に少しだけ記憶が戻った彼女はそういえばいたようなと考える。
「今はこの大きな部屋に閉じこめられて、街へは遊びにいけなくなっちゃったけれど、またよかったら話し相手になってほしい」
「はぁ」
「だーかーらー、エリックがそう望んだところで、彼女、驚くだけだよ?」
アレックスが青年の圧倒的な包容力にたじろいでいると、すかさずルドルフがフォローしてくれる。青年はうぅと嘘泣きまで始めてしまったが、ルドルフはそれを放置する。
「まあ、そんな自称天才皇太子、エリックだけど、僕と君と三人で昔、遊んだのは間違いない。だから、許してやってくれ」
「……――許すもなにもありません」
ただ圧倒されただけ。アレックスの無言の続きに柔らかく微笑んだルドルフはああもう一人、紹介しなきゃねと褐色肌の青年の方を向く。青年はアレックスの視線が彼をとらえたことに気づくと、頭を深く下げる。
「彼はムーブメント家に仕える一族の末裔、今まではムーブメント家が出現しなかったから、皇家に仕えてきたけれど、今からは君に仕えることになる」
「え……?」
ルドルフに言われた意味はわかるが、多分思考が追いついていないのだろう。ぽかんとしているアレックスに彼は深く考えなくてもいいと笑う。
「君は由緒正しいムーブメント家の末裔。もちろん、今までどおりの生活を望むこともできるけど、君には多くの人の好奇な視線が集まるんじゃないかな。だから、僕が守ってあげるし、彼だって君を守りたいと思うよ?」
そうルドルフに囁かれたアレックスはちらりと青年を見る。すると、青年は穏やかに微笑んでいた。あまり覚えていないけれど、両親のようなあたたかいまなざしだった。
「……――わかりました」
了承の返答を聞いた青年は深々と頭を下げる。
「彼の名はモーリス・エルブレン。彼に聞けば今のムーブメント家の財産、王宮での過ごし方、はてはエリックの趣味嗜好、王宮への特別な侵入方法まで教えてくれると思うから、なんだって聞いてあげて」
「おい、王宮への侵入方法はダメだぞ、モーリス」
ルドルフの冗談まじりの言葉に、今度はエリックがツッコむ。どうやら立ち直っていたらしく、入ってきたときと同じようにその地位にあった威厳が出ている。だけども、それにはいくらかの親しみやすさが出ていた。
「じゃあ、レクスとモーリス。ホイットニー家に行こう」
「え、もう行くの」
さあ用は終わったとばかりにルドルフはみんないくよと声をかけると、エリックは焦るが、もう用事は終わったんだから、当たり前だろうと飄々と言うルドルフ。ここでの関係がよく見える会話だったが、そんな羨ましくなったアレックスにそっとモーリスが近づき、よろしくお願いしますと声をかけた。
「私の方こそよろしくお願いします」
アレックスはなにも知らない。彼にも迷惑をかけることがあるだろうと思って頭を下げると、下げないでくださいと窘められる。
「あなたは建国当初よりの末裔。私ごときに頭を下げる必要はないんですよ。むしろ堂々と、命じてくださってもいいんですよ」
モーリスの口調は柔らかいが、はっきりと言いきる。彼女ははぁと困惑したようにモーリスをあおぐ。まだルドルフの妻になるということだけでも慣れないことなのに、モーリスになにかを命じるなんて無理だ。
しかし、彼の茶色の瞳は柔らかく細められ、彼女に安心感を与える。
「まぁ、モーリスもアレックスもそのうち慣れてくるんじゃない?」
二人のやり取りを見ていたルドルフがそう笑う。エリックも笑いながら新米主従のやり取りを眺めていた。
「そうだな。そうだ、ルドルフ」
「なんだ?」
ルドルフに呼びかけたエリックは一枚の紙を机の中から取りだして、友に渡す。
「なんだこれ」
「見ての通り、出征命令だ。父上のサイン入りだ」
友からの宣告に嘆くルドルフ。しかし、待っていたかのようにエサを投げこむエリック。
「それが終わったら、盛大な結婚式を用意してる」
「わかったよ」
そのエサに飛びつくルドルフは子供のようだったが、覚悟を決めたらしい。真剣な面持ちになっている。
「ついでに言うと、アレックス嬢を連れていくといいかもな」
皇太子の言葉にどういうことだと訝しむ彼。友の鬼畜発言を上に行くような鬼畜発言にルドルフは胸ぐらをつかみかかりそうだったが、エリックは受け流す。
「彼女は魔力増幅の専門家だ。なにかしら役にたつこともあるんじゃないのか?」
ルドルフはその言葉を理解するまでに時間がかかったが、わかったと渋々頷いた。そのかわりと前に『契約の鎖』を結んだ女性の名前を出す。
「ついでにレオノーラ嬢もつれていく」
「……――全く君は物好きだねぇ。わかったよ」
エリックはやれやれと肩をすくめる。じゃあ、行っておいでと三人に退出を促す。
「今度こそ逃すんじゃないよ、ルドルフ・ホイットニー」
二年越しの再開です。
できるだけ今月中に終わらせます。