門出の再会
一週間強ぶりの更新です。
卒業式典の会場に今年度の卒業者で『薔薇の誓い』とよばれる参列した皇族や教員陣に対して魔術を適正に使用する、という宣誓をする学生代表の声が響いていた。
「――――――以上より、与えられた我々の力はすべて国のため、友人のため、力なき者のために使用することを誓います」
学園における正装である白服に身を包んだ彼女の声は凛とその会場内に響いていた。彼女が舞台の中央にいる間、誰しもが彼女から目を離すことはできなかった。
宣誓後、アレックスは正面、教員陣と奥に参列している皇族に向かって頭を下げ、元の席に戻った。
式典終了後、アレックスは講座に戻って身の回りのものは片づけた。ほかの講座の面々は仲良し同士でパーティーに行っていたようだったが、アレックスはどうしても行く気になれなかったのだ。
と言っても、すでにほとんどのものは処分してあるし、養家から持ってきたものもほとんどない。あとは身の回りの手に持つくらいだ。
「失礼します」
事故があってから転属し、世話になったフリードリヒ教授の部屋に行くと、そこには先客がいたみたいで、入るのに躊躇してしまった。
気配を消してその場を離れようと思ったが、先に二人のほうが気付いてしまった。
「おや、『白薔薇の君』じゃないか」
フリードリヒ教授は笑いながら言った。
『白薔薇の君』とは代表に選ばれたアレックスにつけられたあだ名だ。詠唱学講座では創設以来、初めて代表学生に選ばれたらしく、魔力の少ない『バレー』であり、訳アリで転属した彼女に対してほかの講座の―――特に本科と魔騎士科―――の学生からはやっかみもあったが、それ以上に講座の仲間から祝福された。
すると、脇から客人が教授を押しのけるようにして前に出た。
「ようやく来たね」
金髪で右目に黒い眼帯をしている客人の青年はホッとしたように言った。
アレックスは目の前にいるその青年が一瞬分からなかったが、左目は前に見たことのある色だ。
「ルドルフ様―――――?」
アレックスはその名前を呼ぶと、ルドルフは苦笑いしながら頷いた。
「そっか。レクスにこの姿を見せるのは初めてなんだっけ?」
アレックスは無言で頷いた。アレックスの頭をなでてやりながら、
「すまない。みっともない姿をレクスに見せるわけにはいかなくて、今まで会うのをためらっていたんだ」
と、ルドルフは謝った。すると、横からフリードリヒ教授が茶化す。
「いやぁ、全くだよ。アレックス君がいなかったときに、御曹司君がたびたび訪れられていた僕の気分になってよ。ねちねちと君の様子を聞き出して、何のゴシップ記事にするんだ、っていうくらいだったよ」
「教授、それは言わないでくださいって言いましたが」
教授の言葉にルドルフは慌てるが、教授は全く気にしなかった。
「君もそんなことで慌てていては、公爵なんて務まらないぞ?」
「教授こそ一応、一端の王族なんですから、人の訪れに面倒だっていう顔をしないでくださいよ」
「おいおい。すでに僕は王族をやめた身だ。それに、普段は面倒な人間が訪れたとしても、取り繕うくらいの余裕はあるさ」
二人のやり取りにアレックスは付いていけない。それに二人とも気付き、フリードリヒ教授が謝る。
「すまない。毎回ルドルフ君と会うと、こんな感じになっちゃうんだ」
「全くだよ。でも、これで君も卒業したことだし、教授と会うことも少なくなりますよね」
心底ほっとした様子のルドルフだったが、教授は爆弾を投下する。
「そうだな。だが、来季から貴族院に入ることになったのは陛下から聞いているかな?」
「はい?今更ですか?」
「ああ、僕も面倒だから断ろうかと思っちゃったんだけれど、どうしてもってね」
ルドルフもあきれた様子でいた。
「まあ、こちらには全く影響のないことなので、そちらは単純に陛下の事情であることには変わりはないのですが」
ルドルフの言葉に教授も頷く。
「まあ、しばらくは引継ぎなどもありますので、中央にいるつもりです。なので、また何あったら手紙でもよこしてください」
「了解した」
アレックスはその後、すぐにルドルフに連れられて豪華な馬車に乗せられていた。
「ごめんね、いきなり」
ルドルフの隣に座らせられたアレックスがまだ落ち着いていない様子だったのにルドルフは気づいた。
「いえ。少し旅をしようと思っていたので、驚いているだけです」
アレックスは笑った。すると、ルドルフは驚く。
「あれ?手紙送ったんだけれど、気づかなかった?」
「手紙ですか?いいえ。養家とは何度かやり取りしたんですけれど、ルドルフ様のは一切、届いていません」
アレックスがそう言うと、おかしいな、とルドルフも悩む。彼のもとへ伝書鳩は帰ってきていたのだ。手紙を足につけていない状態で。
「まあ、何も起こらなければいいと思う」
「そう、ですね」
二人とも力なく笑った。
「そういえば、今はどちらに向かっているのですか?」
アレックスは話を変えた。
「ホイットニー家だよ。君は今後、僕の奥さんになってもらうからね。もちろん、そのためもあるんだけれど、君に会ってもらいたい人がいるんだ」
ルドルフの言葉に、アレックスは驚いた。まさか、自分に会うべき人がいるとは思わなかったのだ
「楽しみにしています」
嘘偽りのない言葉だった。
「ああ、楽しみにしていて」
ルドルフもまた、そんな彼女の変化に笑った。