決意
その日は、気温がかなり低くなるこの地方には似つかわしくないほどの暖かい日だった。
アレックスは今日が何の日であるかわかってはいたが、参加が義務付けられていない式典に参加する気分にはならず、ただひたすら講座にこもり、研究を続けることを決めていた。
彼女の指導官でもあるフリードリヒ教授は、ジルベルト教授――――この場合、ジルベルト教授を演じていたエドモンド二世ともいうべきなのだが―――からアレックスの指導官として事情を聞いている一人なので、彼女の行動を止めることはしなかった。
誰もいない部屋の中で、彼女はただひたすら増幅魔力の測定とそれと同時並行して行っている実験を続けた。
式典が終わり、参加していた同期たちが次々に講座に戻ってきた。
『きれいだったよな』
『全くよ。やっぱりルドルフ様と並んで立たれると絵みたいだわね』
『来年は俺たちも誰かがあの場に立つんだよね。絶対に俺だったらあんな場所で答辞なんて読めないよ』
『そうだな。だが、多分、俺たちではないから大丈夫さ』
『全くだ』
などと、式典の様子を口々に話していたのを聞いたアレックスは、ルドルフとヒルダのことを聞きたくなくて、思わずその場を飛び出した。
「アレックスさん?」
「ムーブメントさん?」
後ろから同期たちの訝しんだ声が聞こえてきたが、この際、無視させてもらった。
当てもなく彷徨い、たどり着いたのは、学園内で最も高い場所にある庭園だった。
この学園に入学してからオリエンテーションの時だけしか来たことのない場所であるはずの場所をなぜ選んでしまったのか、自分でもわからない。
だが、そこに来て分かったことは、そこは同じ学園内でもあってもかなり空気が澄んでいるように思えた。
「きれい――――――」
そこから見渡せる景色は『帝国』の中でも随一のものだと、確か説明されていた気がしたが、その説明今なら頷ける。
何も考えなくて済むようになるのだ。ほかの場所では絶対に何か考えてしまう。
しばらく、彼女は何をするわけでもなく、ただそこに佇んだ。
講座に戻ると、所属の面々が驚いたように彼女の方を見た。
「先ほどは驚かせて申し訳ありませんでした」
アレックスは先ほど、勢いよく、注いて何も言わずに出て行ってしまったことを詫びると、一人の女性生徒がアレックスのもとに来た。
「その、ね―――――」
しかし、彼女は非常に言いにくそうに話しだした。
「先ほど、ルドルフ・ホイットニー様がアレックスさんのことを探していたよ」
と、後ろからその女子生徒の代わりに話したのは男子生徒だった。
「え?」
アレックスは一瞬、何のことかが分からなかったが、
「これをあなたに届けてほしいって言われて預かったのよ」
と、さらに後ろから差し出されたものを見て、彼女は驚いた。
本来ならば、自分が卒業する生徒に送らなければならないもの。それを彼はアレックスに送ったのだ。
「すみません、出かけてきます―――――」
今度はちゃんと断って、彼を追うことにした。
(もう追いつけないかもしれないけれど―――――――)
結局、彼に追いつくことはできなかった。しかし、彼からの贈り物とそれに挟まれたメッセージカードによって、彼を疑ったことを後悔した彼女は、それを無碍にすることはできなかった。
そう、贈り物は彼の家の紋章が入ったハンカチーフで、この国では、紋章入りのものはたとえどんな小物であろうとも、直系子孫とその伴侶にしか身に着けることは許されていない。それをルドルフが彼女に与えるということに、そこにいた誰しもが気づいたうえに、アレックス自身も否応なくわかってしまった。
そして、添えられていたメッセージには『こないだ、アレックスに会って以来、会いに行くことができなくて申し訳ない。少し家のことが忙しくて、学園自体が後回しになってしまっていた。だが、時期が来ればあの時、何が起こっていたか、必ずすべて話す。それまで研究を諦めないでほしい』と書かれていた。
その日以来、アレックスは、今度はきちんと身を入れて研究をつづけた。
そして、それから一年経ち、再びこの季節を迎えようとしていた。
うーん。やっぱり動かないヒロインが描けない…
初期設定が違ったという理由もあって、全く情景が思い浮かばない…
次回から三部です。
※明日から三日間の更新は『一人バレンタイン企画』です。多分、短編作品として投稿する予定です(多分)。