羨望と失意
その後、レオノーラはルドルフと『契約の鎖』―――互いにその約束を破った時には何らかの代償を負うという契約を結んだ。
「『鎖』がなじむまではだるいと思うことがある」
そうルドルフが言うと、レオノーラは微笑んで首を横に振った。
「あら、ご親切に。でも、自分が大切だといった友人を殺そうともした。しかも、あなたに喧嘩を売ったのよ。契約を結んだことで代償を負うというのならば望むところよ」
そういう彼女の瞳に嘘はないようだった。そして、彼女はルドルフが最初に部屋に入った時―――――まだ、彼女が『フレディ』であったときの姿に戻った。
「しばらくはこのままでいるわ。そうすれば、あの子にほかの人を送られたりはしない。ただ、気を付けて。侯爵様はホイットニー家を毛嫌いしている」
レオノーラの言葉にルドルフは深く頷いた。
「もちろんだ。ありがとう」
そう言って、彼は外にいるヒルダに部屋に入るようにと、合図した。彼女は部屋に入ってくるなり、ルドルフのけがに顔をしかめ、フレディに攻撃魔術を発動させようとしたが、ルドルフ自身がそれを押しとどめた。一方の、レオノーラは
「しかし―――――――」
ヒルダは主の身にあるけがを思い、そう言うと、お前が考えていることも分かるが、ここは押さえろ、と窘められた。主がそう言う以上、ヒルダは警戒態勢を緩めないが、それ以上のこともしなかった。
「これからはヒルダのもとで働いてもらうことになるから、彼女に何でも聞くといい」
ルドルフの言葉に、今度はレオノーラが驚いた。学年主席の二人の間にあるのはただの婚約関係だと思っていたが、どうやら違っていたようだと理解した。まあ、ほぼ無縁であるはずのアレックスをあの模擬戦で助けたり、そして今も、彼女のために戦ったりしたのだから、アレックスの方と何かあるとは薄々、この戦いを通して感じたが、はっきりとはわかっていなかったのだ。
「ということだ。よろしく頼む。あとから事情は説明する」
ルドルフの言葉に、釈然とはしなかったものの、仕方なくヒルダは頷いた。彼女が頷いたのを見たルドルフはそのまま部屋を出て行こうとしたが、ヒルダに押し止められた。
何事かと思ったが、どうやらルドルフは自身のけがのことをすっかり忘れていたみたいで、おとなしく彼女の手がルドルフの右目にあたるところまでかがんだ。
ヒルダは右手をルドルフの右目にかざし、そのまま数秒待った。その後、今度こそルドルフは部屋を出た。
「行ってらっしゃいませ」
彼女はその去り行く姿に向かって一礼した。
「あなたはわかっていらっしゃるようなので、あまり強くは言いませんが、私はあなたのことが嫌いです。たとえ、ルドルフ様が何と言おうとも。それだけはご承知おきください」
ヒルダの言葉に、レオノーラはええ、当たり前でしょう、という。その言葉にヒルダのほうが唖然とした。なぜこうも、彼女は割り切れているのだろうか、と。
「私はもうこの時点でどちらの側にも殺されてもおかしくない身。それをある程度の保証をしてくださった時点で、周りの人からは謗られるのはわかっている。だから、あなたも変な同情はやめて頂戴」
そう言い切ったレオノーラになるほど、とヒルダは頷いた。
「そこまで言うのでしたら、憎んであげるわ。ルドルフ様の体を傷つけておいて、簡単に生きれると思わないでね」
レオノーラは笑いながら頷いた。そんなことはとうにわかっている、それは彼女自身が一番わかっていたことだった。
それから二週間余り経ったある雨の日――――――
『フレディ・マルディナ』は学園を退学した。
「え、今日なの?」
アレックスは『フレディ』が退学することを当日である今日、知らされたのだ。いつものようにお昼を一緒に取ろうと思って彼女の講座の前に来たアレックスは、すでに荷物をまとめた本人から知らされた。
アレックスに本当のことを言えることはできず、少し困ってしまい、『フレディ』は苦笑いした。アレックスは、親友が自身の退学の理由をどう言い訳するかということに困ったとは気づかなかった。
「また、あんたに会いに来るわ、アレックス」
差しさわりのないことを言って、ごめん、迎えがもう来ているんだ、と彼女の前から去った。さすがにそこまで言われてしまった以上、アレックスにはどうしようもなかった。
その後は、ただひたすらに研究に勤しみ、訳も話さず急にいなくなった親友のことをできるだけ考えないようにした。さらに、あの事件以降、ルドルフとも会っていない。彼の話を聞いていなかったわけではないが、やはり自分には彼は不釣り合いなのではないか、と常に思っていた。時々、ヒルダが見に来てくれていたが、学園内で噂になっている彼女を見るたびに胸が締め付けられた。
そして、親友が退学してから一週間後、とうとうその日がやってきた。
ようやくヒロイン(アレックス)復活です。
まあ、ここまで動かない(動けない)ヒロインなので、出しようがなかったという事情もあります。
フレディ(レオノーラ)に真相を告げてもらえない失望(仕方ないことですが)や、ルドルフとヒルダに対する嫉妬(正確に言うならば、貴族社会というものに気付いている故の羨望)がアレックスにはあります
次回はこの章最後の話です(多分)。