仇敵との対決(後篇)
三年前―――――
『帝国』と南方の異民族の間に大きな戦いが巻き起こった。
彼らを支配したい『帝国』とそれに反発する勢力のありきたりな争いだった。
当時、まだ学園の一年生であったルドルフはその戦いの際に、ホイットニー家の嫡男として近衛騎士団の一員として戦地に送られた。もちろん、実際に戦うのは下級士官たちだが、公爵家、侯爵家の子息たちも将来のための修行のために送られ、戦いを経験しておくのだ。
ルドルフたちの軍は南方の戦地に身を置いていた。その場所は、本来ならばあまり戦わなくても済むところだったが、当時の魔術師隊副隊長が己の身を案じたがために失策し、異民族の侵入を許してしまった。
その当時の副隊長の姉こそ、今、ルドルフの目の前にいるレオノーラ・フロイツァ、本人である。
「お前の弟は自分の身を大切にしたがためにあの土地への侵入を許した。もちろん、俺らが何とかカバーしたからあの土地を取り戻したものの、結局痛み分けだった。まあ、そんなお前の弟はどちらにせよ、あの時、敵の襲撃により命を落としたのだが」
ルドルフは微動だにしないでそう言った。レオノーラはすでに恐怖で震えて、頷くこともできなかった。ただひたすらルドルフの気迫に彼女は圧倒されていた。
「お前は『監獄』を発動させて、この部屋ごとなくしたかったみたいだが、相手が僕だったのが間違いだったみたいだね」
「ど、ういうこと?」
「幸いにも僕を支援してくれる人がいるから、この部屋に来る前、『監獄』に気をつけろって言われていてさ」
ルドルフは楽しそうに言う。レオノーラはまさか、と呻く。
「ああ、お前が思った通りさ。『監獄』に対する魔術は今はない。だが。それを補えるだけの耐性があればいいんだ」
歌うようにルドルフは言う。右目は抉られているのにもかかわらず、楽しそうな雰囲気を出している。
「強耐性の防御フィールド――――――――」
「ああ、そうさ。そのおかげでこの部屋はなくならずに済んだ」
部屋の外にいるヒルダのことを思い出しながらそう言う。彼女にはここへ来る前に、万が一の場合に備えて、フィールドを形成しておくように言ってあったのだ。
「無茶な―――――」
レオノーラは悲鳴に近い声をあげる。
「ああ、だろうな」
ルドルフはそれを否定しなかった。ヒルダに頼んだそれは、彼女の魔力からしてもかなり負担がかかっているはずだ。有能な侍女を失いたくないルドルフはこれを早く終わらせたかった。しばらく、魔術の撃ち合いが無言で続いた。しかし、しばらくして魔術の発動をやめ、口を開いたのはレオノーラだった。
「私の負けだわ。やっぱりルドルフ・ホイットニーに喧嘩を売るのは無理だったのね」
レオノーラは今までのような言い方ではなく、純粋に諦めたという感情が込められていた。その言葉に、ルドルフは次に発動させようとしていた魔術の発動をやめた。もちろん、彼女がそう言ったからといって、ルドルフは彼女のその言い分にすぐさま納得するほどお人よしでもない。
「何を求めている?」
彼の感情に気付いたレオノーラは、あはは、と笑う。
「まあ、本当にそう思っているんだけれど、まあ、君からしてみれば信用はできないよね」
レオノーラは自嘲した後、
「求めているのは何もないわ。強いて言うのならばアレックスの身の安全、これ以上、あの方から狙わないようにしてあげて」
といった。ルドルフはその言葉に即座に返す。
「レクスを守るのは当たり前だ。それ以外はないのか」
彼にとって、アレックスは守るべき存在だ。たとえ、あの事件がなくても――――もちろん、あの事件がなかったら再会することもなかっただろうが―――――絶対に気付つけてはならない存在だ。それを敵であったレオノーラは守れという。
そう聞き返したルドルフにレオノーラは、ないわ、という。その答えにルドルフは満足した。降伏する代わりに、求めるものがないのならば、少しくらいは信用してやってもいい、そう思ったのだ。
「お前はこれからどうするんだ?」
修復魔術をこの部屋に施した後、ルドルフはレオノーラに尋ねた。
もうレオノーラはこれ以上、侯爵の駒としては使えないだろう。そればかりか、暗殺を命じられた人物をみすみす野放しにするのだから、おそらくは処罰対象になるであろう。同情はできなかったが、このまま放置しておいて、ある日死体が上がりました、というのもあまり気分のいいものではない。
「まあ、私がアレックスを仕留め損ねたというのならば、侯爵様は私を殺すでしょう。それでも構わないと思っている」
彼女はそこまで理解しており、諦めでもなく、ただひたすらに運命を受け入れようとしている。ルドルフは少しため息をついて、
「ならば、ホイットニー家に来ないか?」
と尋ねた。もちろん、すぐに彼女が首を縦に振るとは思っていなかった。案の定、いいえ、と彼女は言った。
「私はまだ侯爵様の子飼い――――もちろん、表向きは侍女ということになっているけれど、子飼いであるのだから、そう易々とあの方が頷くとは思えないわ」
そういう彼女にも確かに一理あった。しかし、ルドルフは大貴族の嫡子だ。
「大丈夫だ。そのあたり含めて交渉するのは僕の役目だ」
彼はにっこりと笑った。
※ヒロインはアレックスです。