査問会(後編)
「僕は確かに一人の学生であり、まだ爵位を継いでいません。でも、ほかの貴族たちとは一線を引いた立場にいることは、あなたもご存知ですよね」
ルドルフの言葉にぐっと言葉を詰まらせたイジドアだった。ジルベルト教授は何も言わなかった。
「そして、貴族院の性質上、その開催決定権を持つのは、代々の皇帝とその成人した嫡子。そして、建国の立役者といわれる二家のみ。ホイットニー家とムーブメント家の当主及び皇帝に認められた嫡子のみ。もっとも、現在、行方不明であるムーブメント家は当主自体が存在しないので、実質的にはホイットニー家のみが参加してきましたが」
ルドルフの言葉にほかの教授たちも納得した。そして、ジルベルト教授のほうを見ながらルドルフはさらに続ける。
「もちろん、皇帝陛下や皇太子殿下が漏らさないとも限りませんが、お二方が漏らした場合、わが祖先との盟約を破ることになるので、それはあり得ないことでしょう。そして、わが父が漏らすこともあり得ません。その理由はあなたがよくご存知でしょう」
彼はイジドアににっこりと笑って見せた。彼の笑顔を見た理事長は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「それに、僕は学生としてよりも、ホイットニー家の嫡男としてこの学園にいます。なので、機密事項をこの学園内で漏らしてはいませんよ。ですので、あなたが貴族院を開催しないことを知っているのはおかしいんですよ」
最終的な彼の宣告に沈黙を貫いた理事長だったが、
「だが、それがどうしたというのだ。私が仮に違法な手段を用いてそれを知っていたところで、お前に実害があるわけではない」
と反論した。
「ええ、そうですね。確かに、僕たちには全く危害はありません。まあ、それについては後々じっくりと話を聞かせてもらうとしても、あなたは公の場で僕を殺そうとしましたよね?」
ルドルフはようやく自分のペースにもっていった。彼の発言にほかの教授たちもぎょっと目をむいて、ルドルフと理事長を見比べた。しかし、理事長も簡単にぼろを出す人ではないことを知っていたルドルフは、全く無反応である理事長を目の前にしても動じることはなかった。
「証拠がない、とは言わせませんよ」
しばらくは黙っていたが、理事長の無言にしびれを切らしたルドルフはジルベルト教授に目礼をして、証拠である魔工石を取り出し、彼の前にそれを差し出した。そして、それについて説明した。
「これは先日行われた模擬戦で使用された遠距離監視用魔工石です。模擬戦においてはほとんど規則とかはありませんが、即死性のある魔術は使用禁止です。しかし、万が一のことを考慮して、場内に数か所この遠距離監視用魔工石が配置されています。そして、その魔工石にはある場面において即死性がある魔術が発動されていたことが分かりました」
もちろん、ジルベルト教授――――皇帝にはすでにこの魔工石のことは伝えてあり、そもそも情報管理局に提出を命じたのも彼だった。なので、ジルベルト教授やルドルフからしてみればこれは芝居であったが、ほかの面々はそれを知らない。魔工石に読み込まれていた術式をすべて書き出した紙をさらにジルベルト教授に差し出した。
「発動座標は中央から第5競技場南部―――ミレナレック子爵令嬢側の学生が僕の配下となっていた学生に向けて魔術を発動させています。そして、それがその学生を含めて数人の気絶者を出し、ある魔術でないと打ち消すことができませんでした」
ルドルフはその紙をほかの教授たちにも見せた。見せ終わった後、一人の教授はルドルフに問うた。
「しかし、それだけでは理事長が君を襲ったとはいえないだろう」
その問いにもルドルフはよどみなく答えた。
「ええ、そうですね。しかし、この発動者名と発動魔術名を見ていただければ瞭然かと」
ルドルフの指さした先には『発動者:ハーバート・ウゼラー 発動魔術:『六獄』と書かれていた。それでも、どうやらほとんどの教授はわかっていないようだった。
「初めにウゼラー家はバルザミューラ家の遠い親戚にあたる家で、かの家からは魔力の高さを請われてバルザミューラ家に養子縁組するものも少なかったはずです。そして、その本家、バルザミューラ家はもともと、ツベルフリニヒ家としてこの帝国に君臨していました。しかし、ある事件をきっかけにその地位を追われ、今の立場に追い込まれました」
ルドルフの言葉に教授陣はようやく理事長が考えていたことに気付き、真っ蒼になっていた。それに対して、ジルベルト教授やイジドア理事長は無言を貫いていた。もちろん、互いの心境は正反対にあるのだろうが。
「そう、ツベルフリニヒ家は禁断の魔術―――『六獄』を開発、そして実際に戦場で使用してしたことにより、当時のホイットニー家の当主によって追放されたのですよ。もっとも、歴史上では皇帝の命令によって、とありますが」
『六獄』――通称、死の暗黒魔術は魔術師の精神を破壊、敵味方関係なく殲滅させるものであり、現代ではその使用及び遺伝上、発動可能であるバルザミューラ家以外の取得は固く禁じられている。しかも、バルザミューラ家であっても、何事かが起こる前の対策として、全員の戸籍がきちんと魔術省によって管理されている。
「そして、現在生きているバルザミューラ家の中で唯一、その『六獄』を発動させることができるのは、理事長、あなただけなはずですよね」
ルドルフは理事長に尋ねたが、彼は相変わらず何も返答をしなかった。だが、ルドルフは特に彼に対して返答を求めたつもりはなかったようで、さらに畳みかけるように言った。
「あなたは運よく『六獄』の発動因子があると見込んだハーバートに、『六獄』の技術を伝えた。そして、模擬戦の時、あなたは仇敵であるホイットニー家の嫡男である僕を彼に殺すように命じた。もちろん、あなたは祖先のことでホイットニー家が憎い。しかも、あなたはベルディアンティンの戦役のことで父とも鎬を削ったと聞いています。そして、仇敵の唯一の息子である僕を不自然でない方法で殺すためには模擬戦という場は恰好の舞台だった。もちろん、そんな中であなたが戦うことは不可能だ。目立ってしまいますからね。だから、あなたはハーバートを使う方法を選択したのではないですか?」
そのルドルフの言葉に、理事長はやれやれとため息をついた。
「さすがはホイットニーの小童だな」
その言葉にいち早く反応したのは、ヒルダだった。
「皆さん、早くこの部屋から出てください」
ルドルフもヒルダが口にする直前にそれに気付いたが、彼自身は動けなかった。ジルベルト教授以外の教授たちはヒルダの慌てぶりにつられて慌てながら、外へと駆け出していく。
「ルドルフ様」
ヒルダは彼を止めることなく―――――彼の役割を知っているから止めることはできなかったのだ――――彼の名前を呼んだ。
「俺のことは構わない」
彼は至極普通な口調でそう言ったものの、やはりそこには好戦的な感情が込められていた。ヒルダは少しため息をついたが、
「もちろんです。ですが、必ず無事に戻ってきてください。でないと、あの方が悲しみます」
彼女の言葉を聞き、ルドルフはああ、と頷いた。