魔力の枯渇
なかなか進まなくて申し訳ありません…
ルドルフはその後、すぐにアレックスに貸していた部屋を出た。ヒルダはもう少しアレックスと話がしたかったが、ルドルフに呼ばれたため、彼とともに部屋を後にした。
「お元気そうで、何よりですね」
主の隣を歩きながらヒルダは主の探し人が見つかったこと、そして、その探し人がそこそこ元気そうだったことに安堵した。しかし、当のルドルフはかなり浮かない顔をしていた。
「ああ」
彼の力のない返事にヒルダはどうしたものだと疑問に思ったが、彼はそれ以上何も言わなく、近くにあった空き部屋に彼女を連れ込んだ。いきなりのことに驚いたヒルダだったが、そこがアレックスのいるこの建物に住んでいるものの専用医務室から少し離れていることに気付いた。
「何か問題でもあったのですか」
ヒルダはルドルフが部屋に入っても、何もしゃべり始めなかったので、彼女のほうから尋ねた。すると、ルドルフは小さく頷く。
「僕の感覚が間違っていなければ、彼女は魔力を失っている」
その言葉にヒルダは息をのんだ。この世界において、『魔力を失う』ということはほとんど起こりえない事象だ。それが起こるとすれば、よっぽど特殊魔術の家系か――――――
「まさか、あの魔術の発動によって―――――」
アレックスは競技場で、彼女が持っている魔力では身に余る魔術を発動させた。ヒルダはその時に、薄っすらと思ったことだった。『彼女はこの魔術の発動によって魔力の喪失、もしくは、彼女の死が待っている』と。
もちろん、この学園の1年の時に習うものであり、魔術を持つ者にとってみれば当たり前の摂理でもある。だが、実際に魔力を失うことはほとんどなく、特に成人した魔術師たちがその可能性を誰しも覚えているわけではない。
「十中八九、そうだろうな」
だが、ルドルフは肯定した。
「あいつはムーブメントの家系に生まれたとはいえども、あいつの先祖は市井に交じって生きているということは魔術師であるということを隠して生きてきたのだろう。もしくは魔術師と結婚してきたといっても、彼らの魔術を知られるわけにはいかないだろうから、あまり王宮とかかわりのない『魔力なし』に近い魔術師を結婚するしかなかっただろうな」
主の発言に確かに、とヒルダもうなずく。魔力は地によって左右される。目の前にいる人ほど異端者なことはない。
「だから、彼の子孫たち、いや、子孫の魔力保有量が少なくなっていて、アレックスもかなり保有量は少ない」
ルドルフの言葉にヒルダは唸るように言った。
「その状態であの魔術を発動―――――いいえ、ほかの魔術にしても、莫大な魔術量を必要とする魔術は発動した場合、彼女は魔術の反動からくる疲弊、逆ベクトルによる反動、そして、魔工石による副作用があったはず」
ヒルダのもともとの魔力は魔術師としては多いほうだ。そして、どちらかと言えば、攻撃ではなく解析や遠視の適性を持つため、使用量はごくわずかで済む場合が多い。しかし、ルドルフみたいに攻撃を主とする魔術師はどちらかというと魔力の消費が激しい。そのため、魔力の多いものが通常、魔術騎士や兵士としての魔術師になる。では、万が一、それでも自分の持っている魔力よりも多い魔力を要する魔術を発動させたら?
そうなった場合は、必ず魔力を失う。そして、それにも耐え切れなかった場合は死ぬ――――もっとも、普通に殺された時のようにヒトの形を残した状態で『死ぬ』のではなく、ヒトの形を残していない状態で消える、この魔術のある世界では通常、それを『溶ける』のだ。
ヒルダは家にある魔術史の書物で読んだことがあった。戦場では何人もの魔術師が溶けて消えた、という記述を。
「ああ。レクスはすでに溶けかかっていた」
ルドルフは自分の手を確かめるように言った。ヒルダはそんな主の手をじっと見つめた。
彼はアレックスをあのまばゆい光の中から助けたのだ。彼女が消えかかっていることに気付かないはずがないだろう。非常に苦痛な表情を見せていた。それを見ると、主ではなく自分が助ければ、主にそんな表情をさせずに済んだのだろうと思ったが、何も言うことはできなかった。
「でも、アレックスさんが魔力を失ったとすると、今後はどうなるのでしょう」
ヒルダはじっと黙っていたが、ふと思いついたことをルドルフに尋ねた。
「まあ、規則に厳密に従うのならば、退学処分が下されるだろうな」
彼は下を向いて答えた。ヒルダは困り果てた。今、この場において、彼にこの話を続けても、彼は彼自身を責め続けるだろう。しかし、その話にもいずれは触れなければならない。どちらにしろ酷な話だった。
「そういえば、アレックスさんのご友人だというフレディさんにも話を伺ってきたんだれど、アレックスさんは本科でもどちらかといえば、技能科に近い研究室に配属されていたみたいね」
ヒルダがそう言うと、ルドルフは少しだけ顔を上げた。
「ああ。ジルベルト教授の詠唱学講座だろう」
ルドルフが言った講座名に頷くヒルダ。
「僕も昨日、ジルベルト教授から直接聞いた。マクレーン教授とジルベルト教授は同期だそうで、学生のころから仲良かったらしい」
どうやらルドルフも別口でその話を聞いていたということで、あまり多くのことを言わなくて済んだ。
「まあ、あいつはあいつなりに魔力が少ないことを少し気にしていたみたいで、魔工石でどこまで増幅できるか、ということを研究していたらしい」
「ええ、そうね。でも、これからはどうすれば―――――――」
ヒルダの問いかけ―――――諦めにも似た口調だったが―――――に、ルドルフは少し間をおいてつぶやいた。
「もしかしたら、なんとか出来るかもしれない」
彼の低い声で言われたつぶやきに、ヒルダはぞくりと鳥肌が立った。彼女はこの数時間で主のある感情に気付いていた。