プロローグ
まだ、魔術というものがこの大陸には存在していた。
『帝国』――グランド・エレスティアナ・ミザツァルト=エレ・ヴァルスタニア帝国――は建国されてから早530年。
どんな国でも必ずと言っていいほど、建国にまつわる伝説は存在する。それらの伝説は、時に人々を掻き立て、旅へと誘う。
そんな建国伝説が、この『帝国』にも存在していた。
それはとうの昔。
一人の青年が、森にすむ魔術者と大富豪の助けを得て、『脇芽時代』と呼ばれ、群雄割拠していたエレゴリア大陸北部をまとめ上げた。
その青年は大陸を一つにまとめあげた英雄として、皇帝となり、彼を助けた大富豪は皇帝を支えた忠実な臣下として称えられ、公爵の位を皇帝から賜った。
そんな公爵となった大富豪が『静』の部分で青年を助けたとすれば、魔術師は『動』の部分で助けたということになろう。
しかし、青年を助けた魔術師は、最後の戦いが終わり、青年が皇帝として即位すると同時にどこかへと消えた。
新皇帝へさえも行き先を告げず、まるで、蝋燭の火が風によって消える様に、静かに去って行った。
後世の歴史家たちの間では、元々住んでいたという森へ戻ったという説や、どこか放浪の旅へ出かけたのだろうという説が嘯かれていた。
歴史家たちだけではない。『帝国』各地にもその魔術師に関わる様々な逸話が残っていて、
干上がっていたこの地に、雨を降らせてくれた。
などという、民間信仰なのか分からないようなものから、
魔術によって周辺部族の襲撃から村を守ってくれた。
という規模のものまで存在する。
しかし、それらの伝説のどれが真で、どれが偽かは今ではわからない。
唯一、分かっているのは、その魔術師の末裔はどこにいるかわからない存在だということ。
彼の末裔を『名乗る』ものは多々いるが、その魔術師の末裔たる決定的な証拠が欠けているため、誰も末裔として認定されていない。
そんな、『帝国』のある場所では、危機が訪れていた――――