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月華の姫将軍  作者: 久永 雅貴
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act.8 謝罪と恋バナ

 ソレイユと部下たちが去り、リュンヌと二人だけで執務室に残されてから、しばらくしてエクラレーヌは我に返った。


 ソレイユの首筋のアレを見て、慌てて執務室を出ようとしたら、足がもつれ、近くに立てかけてあった脚立を掴んだが、固定されてない脚立はあっさりと傾き、資料棚に激突。傾いた脚立が資料と棚板をさらっていき、エクラレーヌに降り注いだ──のは、何となく覚えている。

 ソレイユと部下たちが出て行ったのも。


 だからこそ、目の前にリュンヌしかいないことに驚くと同時にいたたまれなくなる。

 あんな場面をを見せられ見せて、平然とするのは、今のエクラレーヌには無理だった。


 だから、リュンヌが何か言って来るよりも先に頭を下げた。


「──申し訳ない! すぐに戻るので、今はこれにて失礼!」


 早口に詫びて、即行で執務室を出た。



 その後、失態を見せてしまったソレイユと部下たちへ謝罪しに行った。


 ソレイユの私室前にいた部下たちはひとまず後回しにして、ソレイユへ先に謝る。

 常の仏頂面ではあったが、「気にするな」とだけ。気分を害したとかはなさそうだった。

 襟で隠れている首筋が気になったが、見ないようにするのに苦心した。


 ソレイユの私室を出ると、部下二人が待ってましたと事情説明を要求してきた。

 執務室で何があったのか訊かれ、リュンヌによるソレイユへの瞼や首筋への口づけを思い出し、赤面して言い淀んでしまった。

 真実を話せる訳もなく、謝罪だけして足早にそこを離れた。


 そして、執務室の前に戻って来た。



 扉の前に立ち、深呼吸をする。

 先程までほてっていた頬も今は落ちついてくれている。

 意を決して、目前の扉を叩く。


「どうぞ」


 リュンヌの応答に、エクラレーヌは扉を開いた。


「失礼します」


 入室すると、床に屈んだリュンヌが散乱している資料を拾い集めていた。

 またしても、リュンヌが声を発する前に頭を下げる。


「先程は見苦しい所を見せてしまい、申し訳ない。後処理もせずに出て行ったことも、重ねて申し訳ない」


 深々と頭を下げていると、リュンヌが立ち上がるのが気配でわかる。


「顔を上げてください、エクラレーヌ殿」


 エクラレーヌがゆっくりと背筋を伸ばす。

 ソレイユに触れた薄い唇を見てしまい、まだしても頬が熱が集まる。

 けれど、その唇に乗せられた苦笑を見て、何とか平静でいれた。


「こちらこそ悪戯が過ぎてしまい、申し訳ございません」


 今度はリュンヌが謝罪する。


「全くもって、ホントにやり過ぎ────あ。」


 うっかりと本音がポロリ。


 それを聞き取ったリュンヌの笑みが種類を変える。嫌味なものに。


「本当に予想外でした。まさかエクラレーヌ殿があのように動揺なさるとは……」


 わざとらしく肩を竦める。


「たかだか、あれしきのことで」

(あれしきのこと……)


 エクラレーヌの目つきが据わった。


「好きな人の肌に、自分以外の人間に痕をつけられて、『あれしきのこと』? ……逆の立場でも同じことが言えますか」


 苛立ちを隠しそうともせずに、リュンヌを睨みつける。

 それを受けても、リュンヌは飄々と微笑む。


「恋人同士でしたら、口づけくらい日常でしょう?」

「──っ」


 リュンヌの挑発的な言葉と笑みに、またしても頬に熱が集まる。

 そんなエクラレーヌの反応に、リュンヌが笑う。


「失礼いたしました。エクラレーヌ殿は随分と可愛らしい方ですね」

 

 どうやら、エクラレーヌをからかっただけらしい。

 エクラレーヌは憮然と唇を結び、これ以上遊ばれてなるものかと気を取り直して、袖を捲った。


「自分も片づけを手伝います! ──いや、自分のせいですので、手伝い願えますか」

「──はい。かしこまりました」


 笑みを通常のものに戻して、リュンヌは頷いた。


 資料を広い集めるエクラレーヌ。

 それを内容別にまとめ直すリュンヌ。

 リュンヌの指示のもと、手分けしてまとめ直した資料を棚に戻していった。



「──お疲れ様でした、エクラレーヌ殿」


 部屋の片隅にある小机に、リュンヌが紅茶を置く。


 作業が終わった頃には陽が沈み、夕闇が窓の外に広がっていた。

 壁の燭台に火を灯し、橙の灯りが控えめに室内を照らしている。


 二人で小机を挟み、室内にソレイユの椅子しかないため、たったままの休憩。


「ありがとうございます。いただきます」


 出されたカップを手に取り、エクラレーヌが一口飲む。


「……おいしい」

「ありがとうございます」


 エクラレーヌの素直な感想に、リュンヌが微笑む。

 その笑顔に乗せられたのか、エクラレーヌは気になっていたことを思い切って訊ねてみた。


「リュンヌ殿は、なぜ男性である殿下を好きになったのですか?」

「────」


 前振りもない質問に、リュンヌが固まる。

 エクラレーヌは自分の質問がぶっ飛んでいることに気づかない様子で、神妙な眼差しをリュンヌに向けている。

 ならばと、リュンヌも真剣に言葉を紡ぐ。


「……私は、殿下だからこそ、お慕いしています。殿下が女性でも変わらずお慕いしていたでしょう」


 好きになった相手がたまたま男性だったという。

 そう言われて、ソレイユの女性像を想像する。

 ……ナイスバディーな姐御肌迫力美女が浮かんだ。


(…………うん。あたしも惚れる)


 妙に強く納得してしまった。

 それはさておき。


「それでなぜ殿下を好きになったんですか?」

「私の総ては殿下のためだけにありますから」

「それは好きになった理由ではならないでしょう? 好きになった後の貴方の想いでしかない」


 エクラレーヌが即座に切り返す。

 次の言葉まで、リュンヌは少し時を要した。


「…………一目惚れ、でしょうか。理屈ではなく、会った時には惹かれていました」


 それならわかると思った。エクラレーヌとて月下美人の園で会った時、すでに心奪われていた部分はあった。


「ご自身を顧みてくださらないあの方をお支えしたいと望みました。私の総てを捧げ、お守りしたいしたいと……」


 そう告げるリュンヌの笑みは、ただただ優しげで……エクラレーヌの胸を締めつける。

 紅茶を口にしたリュンヌが苦笑を口の端に乗せた。


「私は殿下を唯一お慕いする方と定めました。ですが、殿下はお立場上それができませんので、今の幸福も長くはないでしょう」


 当然だ。王太子が世継ぎも望めない不毛な関係を容認されるはずがない。

 それどころか、二人の関係が明るみになれば、リュンヌは城を追われるのは間違いない。


(それを知ってて、この人は殿下の側にいる)


 恋愛に目を眩ますことなく、リュンヌは状況を把握した上で、ソレイユの側にありたいと願い、可能な限りそれを実現させている。

 その身以外何も持たない彼が、公私ともにソレイユの支えとなることで。


「それで貴方は本当に────つっ」


「いいのですか」と言おうとした瞬間、左手が熱くなった。

 右手で左手の甲を押さえて、エクラレーヌは微かに眉をひそめた。


「……エクラレーヌ殿、殿下の元へ参りましょう」

「え?」


 難いリュンヌの声に顔を上げると、リュンヌの顔に緊張が走っていた。


「さあ、早く」


 有無を言わさず、リュンヌはエクラレーヌの腕を取って立たせた。


(な、何っ!?)


 狼狽していようとも、リュンヌの切羽詰まった様子からただならないものを感じた。


「よくわかりませんが……参りましょう」


 リュンヌの手をはずし、ソレイユの私室へ足を向けた。


 廊下を走っている際中も、左手の甲は一層熱を帯びていった。

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