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月華の姫将軍  作者: 久永 雅貴
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act.7 お仕事風景と面白いこと

 エクラレーヌがソレイユとの再会を果たした、翌日。


 エクラレーヌは、いたたまれない気分になっていた。


 まず、ソレイユは身支度と朝食を済ますと、執務室に籠って書類仕事をする。

 次に、その執務室の室内警護をエクラレーヌが担当する。

 そして、朝からソレイユに報告や指示を仰ぎに文官たちが入れ替り立ち替りに執務室を訪れる。


 そうすると──


 エクラレーヌが、物言いたげな文官たちの好奇な視線に晒されることとなる。


(……いちいち、皆して二度見してかないでよ……)


 扉横に立ち、入室者の特徴や身分などを記憶しているものと照査しつつ、エクラレーヌは辟易としていた。


 来室する文官はエクラレーヌに気づくと、ことごとく二度見する。そして、その目は一様に「何でここにいるの!?」と問うのだ。

 王太子の元婚約者が、その婚約を解消した王太子本人の執務室にいるのだ。彼らの反応は当然と言えるだろう。

 いくら気になっても、王太子の手前、王太子にもエクラレーヌにも訊けない彼らは、すこぶる怪訝そうに執務室を去っていく。……憶測からの噂話が城中で尾びれも胸びれも背びれもついて蔓延していそうで、怖い。


 エクラレーヌとて、ソレイユの近くにいられるようになったのはいいが、昨日の今日で距離感は掴めない。

 だから、室内警護は部下に任せて様子を見ようとしたのだが、なぜか、本当になぜか、ソレイユから室内警護にエクラレーヌが指名された。

 王太子麾下になった以上、直属の上司であるソライユの命令を拒否できず、エクラレーヌは室内警護にあたっている。


(……本当にどういうつもりよ? あの非常識殿下は)


 訪れた文官に指示を出しつつ、執務机でどんどん山になっていく書類に目を通していくソレイユを眺める。


 五年前、エクラレーヌを拒絶したのはソレイユだ。

 なのに、会いに来たエクラレーヌを遠ざけるどころか、近くに置くのには何か理由があるのか。


「リュンヌ。これらの過去二十年」

「かしこまりました」


 ソレイユから書類を受け取り、リュンヌが部屋中の天井まである棚から自身の身長よりも高い脚立を使って迷うことなく資料を集めていく。


「お待たせいたしました」

「ん」


 さほどかからずに指定の分厚い資料をソレイユの執務机に置くリュンヌ。

 すぐさま分厚い資料に目を通し始め、本当に読んでいるのか疑いたくなる速さで紙をめくっていくソレイユ。

 ソレイユが資料に目を通している間に、リュンヌは近くの小机で山になっている書類を選別していく。そうして分けられた書類の小山ひとつをソレイユの執務机に持っていく。

 資料を読み、ひとつの書類を終えたソレイユは、リュンヌが置いた小山から手にしていく。

 ソレイユが読み終えて机の端に置いた資料を棚の元の位置に戻すリュンヌ。

 その合間にも文官が出入りし、ソレイユの指示を受け、エクラレーヌに怪訝な視線を向けては退室していく。

 ほぼ一日中、それを眺めていたエクラレーヌは、文官たちの視線以外ひたすら感心するばかりだった。


(当たり前だけど、非常識殿下が仕事してる……しかも、かなりできる感じで)


 エクラレーヌとの婚約解消やリュンヌ(男)との恋仲など王太子としてどうなのか的な部分しか見ていなかったせいか、次々と裁定していく様子は素直にかっこよく見える。


 その傍らで動くリュンヌも認めざるおえない。

 資料棚を全て把握。ソレイユが目を通す前に書類の重要度もしくは即時性を考慮しての選別。さらには、ソレイユが根を詰めすぎないように且つ、仕事の流れの邪魔にならないよう、適度に休憩を挟ませている。

 確かに有能であり、実力主義のソレイユが傍に置くのも頷ける。

 ソレイユがリュンヌを信頼しているのも見てとれた。


(公私ともに最良ってこと……羨ましいったらないわよっ)


 軍人と妃になるための教育しか受けていない自分では文官の真似事すらできないだろう。

 公私ともにソレイユを支えれるリュンヌの立場は、例え婚約者のままでも立てない場所だ。


(こんなことなら、政治も勉強しておくんだったっ)


 ソレイユに関しては、どこまでも欲張りなエクラレーヌであった。


「──殿下、そろそろ休憩なされてはいかがですか?」


 来室する文官の頻度が落ち着き、執務机の書類の山はまだ残っているものの切りのいい所を見計らって、リュンヌが声をかけた。

 部屋の片隅で淹れた紅茶をそっとソレイユの前に出し、半ば強制的に休憩に持っていくリュンヌ。


 気づけば、太陽は西に傾いていた。


「ああ。……そんな時間か」


 ペンをペン差しに戻し、ソレイユが出された紅茶を飲む。

 朝から書類を見ていたからか、目が疲れたらしく、強めに目をつぶっている。


「殿下、失礼します」

「ん」


 リュンヌの呼びかけにソレイユが小さく頷く。


「──!!」


 エクラレーヌは目を瞠った。


 リュンヌがソレイユの前髪をかき上げて瞼に触れていた──唇で。


(なっ、え、あっ、や)


 思考さえ言葉にならないエクラレーヌ。

 内心で慌てふためくエクラレーヌだが、表面上は目を見開いて立ちすくむに止めている。いや、腰に帯びている長剣を掴む手が小刻みに震えている。


 そっと触れただけでリュンヌはソレイユから唇を離し、ソレイユの前髪を整える。

 瞼に口づけられたソレイユに動揺は見られない。むしろ当然のことのように受け止めている。


 顔を上げたリュンヌが、呆然と立ち尽くすエクラレーヌに気づいた。

 微かに首を傾げたが、すぐに思いあたったらしく、エクラレーヌに意味ありげな笑みを向ける。

 再びソレイユに顔を近づけ、エクラレーヌには聞こえない小声でソレイユに語りかける。

 ソレイユが頷くと、リュンヌはソレイユの襟元をくつろげた。

 首から鎖骨の辺りまでの肌が露になる。

 一日を室内で過ごすことが多く、さらに衣服で覆われていたソレイユの肌は日焼けを知らず、令嬢顔負けなほどに白い。


(え? ちょ、まさかっ)


 リュンヌに不敵な笑みを向けられ、狼狽するエクラレーヌ。


 エクラレーヌが一瞬怯んだ隙に、リュンヌはソレイユの首筋に口づけた。


「!?!?!?!?!?」


 エクラレーヌの顔色が赤と青を行ったり来たり。動揺が激しい。

 掴んでいる長剣がカタカタを音を立てる。


 だが、リュンヌの行動はそれだけに止まらない。


 唇の先で触れるだけでなく、唇を薄く開き、吸いついた。


「ん」


 ソレイユが身じろぎ、リュンヌは身体を離した。

 自身が口づけたソレイユの首筋を確認して、満足げに唇が弧を描く。

 そして、目をそらさずに見てしまい、すでに一杯一杯なエクラレーヌにも見えるよう、ソレイユの襟を広げた。


 ──白地に、小さく赤い花が咲いていた。


「────────────────」


 エクラレーヌは、顔色も思考も、真っ白になった。


          * * *


 執務室の扉外側では、エクラレーヌの部下である近衛兵二名があくびを噛み殺しつつ立っている。

 訪問者が減り、いたって平穏な警護は退屈との闘いだな、とぼやく二人。

 そこに──


 ガシャドダダダァン!!

「「!?」」


 後ろの執務室からの騒音。

 只事ではないと、慌てて二人が扉を勢いよく開いた。


「隊長!?」「中佐!?」


 室内にいるはずの上官を呼ぶ。


 その上官は、棚板がはずれて総崩れになった資料に半分埋もれ、呆然としていた。近くには、背の高い脚立が倒れている。


「「は?」」


 間の抜けた声が重なる。

 事情説明を求めたくなるが、呆然自失の上官は何やらそれどころではない様子。

 室内を見渡すと、奥の執務机に王太子を庇う侍従と、目を丸くした王太子がいた。


 ひと足先に平静を取り戻した侍従が王太子から身体を離した。


「……殿下、片づけに些かお時間をいただきたく存じます」

「あ、ああ……頼む」


 侍従に声をかけられ、王太子が頷く。そのまま室内の資料半分が散乱しているのを見渡し、嘆息をひとつ。


「……これでは執務もままならない。今日のところは、ここまでだな」


 そう告げて、王太子は立ち上がり、落ちている資料を避けて扉へと向かった。

 まだ呆けたままのエクラレーヌを一瞥したが、声はかけずに扉に手をかける。

 それを見送ろうとしていた近衛兵二人に、侍従から声がかかる。


「申し訳ありませんが、殿下をご私室までお願いします。後のことはこちらで済ませますので」

「あ、はい。了解しました」


 近衛兵の片方が了承し、執務室を出ていった王太子を二人で追いかける。

 元より、王太子の警護が自分たちの仕事だと今更ながらに思い出す。

 上官の様子は気になるが、隊長就任早々の失態の場に自分たちがいる方が気にするだろう。

 幸い、王太子専属侍従である彼はかなり優秀だと聞いている。きっといいように計らってくれるだろう。


 執務室を出ると、すぐに王太子に追いついた。


「殿下、お供させていただきます」

「……ああ」

((ん?))


 先を歩く王太子からの応答に違和感があり、そっと気づかれないように窺う。


「「──!」」


 王太子近衛に転属して数年来の自分たちでさえ、初めて見る王太子の笑顔。


 執務中はもちろん。式典ですら愛想笑いなし。仏頂面が王太子の標準装備である。その王太子が笑顔。


 無論、満面の笑みとはいかないが、口端が上がっている時点で普段を思えば奇跡だろう。

 しかも、今は目元も綻んでいるように見える。


(殿下って、表情筋あったんだな……)

(基本的に口と眉間しか動かないもんな……)


 だからこそ思う。


((うちの上官は一体何をそんなに面白いことをやってのけんだ?))


 今すぐにでも戻って問いただしたくなる部下たちであった。



感想や評価お待ちしております<(_ _*)>


内容にひと言。

エクラレーヌ、頑張れ!

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