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月華の姫将軍  作者: 久永 雅貴
6/61

act.6 これまでとこれから


          * * *


 ──しゃきん。


 舞い終えたエクラレーヌが、鞘に愛剣を収め、細く長く息を吐き出した。

 三日月が月下美人の園を淡く照らす。

 月下美人に囲まれて舞う度にあの夜を思い出し、ソレイユを想ってきた。


 マーベラスの剣舞は、月下美人のためにある。

 フォンダシオン初代国王が植えた月下美人は国の象徴とされ、国中で大切に栽培されている。

 それでも、王城の庭園の月下美人は特別だ。初代国王が初めて植えた月下美人であり、生涯大切に守っていたと伝えられている。

 初代国王が月下美人に何を見ていたかはわからない。が、花が咲く度に月下美人の周りで宴が催されていた。

 一夜限りの開花を惜しむように、月下美人の花が淋しがらないように。

 建国から二千年ほど過ぎようとしている今では宴を開くことはなく、マーベラスの剣舞だけが慰め程度に残っている。


 エクラレーヌは月下美人が好きだし、剣舞も好きだ。

 本来は開花の夜にだけ舞えばいいものを、こうして何でもない日にも度々舞いにやって来る。

 ──もしかしたら、と淡い期待も持って。


 十年前の夜に初めてソレイユと出会ってからも、エクラレーヌはソレイユと会うことはなかった。式典などで遠目に見ることはあっても、間近で話すといったことはなかった。

 それこそ、十二歳の誕生会まで個人的に会うことはなかった。

 五年振りに会えて、エクラレーヌはとても嬉しかった。婚約者としてエスコートしてくれるのだと期待した。

 なのに、その場での婚約解消と面会拒否。

 それでも、またこの月下美人の園であの時綺麗と言ってくれた剣舞を見てもらえないかと期待して、何度もここを訪れた。

 本来ならば、月下美人のために舞うべきなのを、エクラレーヌは自身とソレイユのために舞っていた。

 ……とはいえ、今日執務室に行くまで一切会えなかった訳だが。


 一日でも早く、ソレイユに会いたかった……。

 だから、無理矢理だろうが、七光りと言われようが、女のクセにと鼻で笑われようが、軍で出世する道を選んだ。


 エクラレーヌは生まれる前から皇族への輿入れが決定していた。

 だが、マーベラス公爵家前当主であり、軍の総帥であったエクラレーヌの祖父が初孫可愛さに、事もあろうか軍人としてマーベラス家を継がせると言い出した。

 どうしても手元に置きたいという、ジジ馬鹿精神のもと、それは実行された。

 エクラレーヌが物心つく頃には、すでに軍人としての英才教育が始まっていた。基礎体力の向上、体術にあらゆる武器の使用方法、戦略や軍律など軍人に必要な事柄を教え込まれた。

 だが、一方では王族への輿入れによって生じる利益を諦め切れない親戚から、妃修業を強要されてもいた。

 軍教育と妃修業――正反対な教養に、幼いエクラレーヌは意外にもおとなしく従っていた。おそらく両親の教育方針が原因なのではと思う。

 祖父の息子の父親と、下級貴族令嬢の母親は何事も経験と、娘に様々な機会を与えた。あくまで両親からの強要はなく、エクラレーヌの自主性を重んじた。

 さらに少しでもうまくできると、全力で褒めてくれるのだ。それが嬉しくて頑張っていたのは否めない。

 例え、好きではなかった妃修業でも頑張れた。


「殿下と会ってからは、面倒だった礼儀作法も真面目に頑張るようになったけど」


 舞台の端に座り、膝に頬杖をついて、エクラレーヌが一人ごちる。


 十年前のあの夜、ひとしきりに泣いた後、エクラレーヌは少年に名乗った。

 マーベラス公爵家の一人娘と聞いて、少年は驚いていた。

 それから少年の名前を尋ねると、少年は少し間を空けてから「ソレイユ」と答えてくれた。

 この時のエクラレーヌは婚約者の名前すら知らず、ソレイユ少年の身分にも気づいていなかった。

 それ故に、エクラレーヌは屈託なく笑顔で別れ際に「またね、ソレイユお兄ちゃん!」と思いっきり手を振ったのだ。

 ソレイユ少年も穏やかな微笑みで「また、いつか」と返してくれて、一人で舞い上がっていた。

 後でソレイユ少年が王太子で、エクラレーヌの婚約者だと知り、ならば相応しくなりたいと妃修業にも身を入れるようになった。


「なのに婚約解消されて、解消理由が男の恋人ができたから、なんて」


 ソレイユに会いたかった気持ちは本物だし、この五年間を後悔する気はないが、その結果がこれでは報われなさ過ぎだろう。

 ふいに左手が視界に入った──昼間にソレイユが唇で触れた所だ。


「……何してくれてるのよ」


 思い出すだけで顔が熱くなり、動悸も早くなる。

 すでに半日ほどの時が過ぎているのに、まだソレイユの唇の感触が残っている。


「…………………………しばらく洗えないわ……」


 膝を両手で抱え込み、耳まで真っ赤にするエクラレーヌ。

 ソレイユの前での冷静さはどこへやら。


 エクラレーヌは膝に顔を埋めた態勢で、隣に置いた愛剣を盗み見る。

 ソレイユの唇が触れたのは手だけではない。愛剣の鞘にも触れている。


「…………嫌味侍従殿もだけど」


 不満たらたらに口を尖らせる。


「……何で男なんか好きになるのよ……」


 顔を伏せてこもるせいか、声に湿り気を感じる。


「………………あああああっっっもうっ!!!!」


 うずくまっていたのを、叫びながら勢いよく立ち上がった。


「ぐずぐず考えるなんて、あたしの性に合わないわ!! 考えてどうにかなる問題でもないしっ!」


 愛剣を腰に帯びて、庭園の出口へと足を向ける。


「とりあえず、これからは殿下の傍に堂々といられるんだしっ。今はそれだけでも上々と思わないとね!」


 半ば投げやりに気合いを入れ、エクラレーヌは颯爽としっかり前を向いて歩き出した。

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