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月華の姫将軍  作者: 久永 雅貴
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act.3 再会と婚約解消の理由

 フォンダシオン王国。

 大陸の北端に位置するこの国は、年間通して穏やかな気候に恵まれ、肥沃な大地と、北方にそびえる山脈から採掘される上質な鉱石から、とても豊かな国として栄えていた。

 だからこそ、それらの資源を狙う近隣諸国との争いは幾度となく繰り返されてきた。

 フォンダシオンは幅広い国土のせいで隣接する国が多く、細かな諍いはもちろん、大規模な戦争も絶えることはなく、豊かな国はいつしか疲弊し切っていた。

 そして、先代国王の時代、我先にとフォンダシオンを狙っていた国々がひとつの主権の元に統合された──帝国の誕生である。

 以前は統率のなかった国々が統合されたことで、戦争が激化するのではと脅えていたフォンダシオン側だったが、帝国から、ある提案が打診された。

 貿易である。

 フォンダシオンからは、豊富な資源を。

 帝国からは、主に技術や人員を。

 戦争で精神的に追い詰められていたフォンダシオンは、帝国への疑心はあったものの、結果的にはその提案に同意した。

 以降五十年、国王が次代──現国王に代わっても、帝国との貿易は続いており、関係は良好といえた。

 そして、また国王の代替わりが近づいている。

 次代は無論、王太子の位にいる者だ。


 その王太子の執務室に、エクラレーヌは足を踏み入れた。


 資料棚が壁を覆い隠してしまう部屋。飾り気はなく、事務的でしかない。

 正面奥が全面ガラス窓になっており、レースのカーテン越しに届く昼下がりの陽光にいくらか和まされるくらいか。


 その手前に執務机に、その人物は座っていた。

 入室したエクラレーヌに一瞥もくれず、机上の書類に目を通している。執務室の雰囲気そのままに、仕事一辺倒な青年。


「…………………」


 入れと言ったくせに、執務優先とはどういうことかと言ってやりたかったが、エクラレーヌにそんな余裕はなかった。


 その青年から目がはずせない。

 絹糸のようにきらめく銀の長い髪は後頭部で結われ、動く度にサラサラと背中で揺れる。

 長めの前髪がかかる瞳は伏し目がちで見えにくいが、夜空色の瞳が収まっていることを、エクラレーヌは何年も前から知っている。


 昼下がりの陽光できらめく髪が眩しく映り、エクラレーヌは目を細めた。

 目の奥が熱い。念願が叶い、瞳も潤みだす。


(……長かった五年間。やっと)



 ──バンッ!!



 颯爽と近づき、執務机を勢いよく叩くエクラレーヌ。

 さすがに目線を上げた青年と目を合わせて啖呵を切る。


「エクラレーヌ・ソワレ・マーベラス、ご説明いただきに参りました!! ソレイユ・シエル・フォンダシオン王太子殿下!」


 ……………………エクラレーヌの啖呵の余韻が去ると、静寂が訪れた。


「…………………………久しいな、エクラレーヌ」

「っ!!」


 素っ気ない声で五年前のままに名を呼ばれ、息を飲み、詰まらせるエクラレーヌ。

 五年間で青年へと成長し、声も面立ちも体格も大人のそれへと変化していた。面影はそのままに。

 切れ長の鋭い視線に囚われ、言おうとした言葉が喉より先に出ない。


(………………なんか、負けてる気がする)


 いくら口や頭で悪態をついても、反応が真逆になるのが、いちいち癇に障る。

 自分は、自分を棄てた男にその理由を問いただしに来たのであって、好きな人に逢いたい一心だけで、ここに来たわけではない。

 ──なのに、自分の身体と心は、目の前の人に焦がれている。


(……身体の自由を全部、この人に握られてる気分よっ)


 身体がままならない分、頭だけでも憤慨していなければやってられない。


「──エクラレーヌ殿?」

「っ!」


 まったく意識していなかった後方から声をかけられ、エクラレーヌが肩をびくりと跳ねさせた。

 視線をやると、微笑に訝しげな色を滲ませたリュンヌが扉を閉めて立っていた。


「どうかなさいましたか? 先程の勢いはどちらに向かわれたのでしょうか……」

「……いえ」


 リュンヌの嫌味に、反論するとなく短く応え、軽く頭を横に振る。

 第三者であるリュンヌの存在を再認識したおかげか、先程までの束縛感めいたものが和らいだ。

 身体の自由が戻ってきたし、声も難なく出そうだ。鼓動は変わらず早鐘を打ちまくっているが。

 小さく深呼吸をしてから気合いを入れ、目下の天敵を見つめる。


 ソレイユ・シエル・フォンダシオン。御歳十九。

 フォンダシオン現国王の嫡男──王族にしては珍しく、だだ一人の御子として生まれ、次期国王とされる王太子の位に就いている。

 現国王トネール・ティフォン・フォンダシオンは闘病中につき表には滅多に出てこないため、通常時の最高決定権は王太子ソレイユに委譲されていた。

 王太子ソレイユ自身の手腕は優秀で、地位に関係なく能力ある者を重用し、下への気遣いも忘れないこともあり、臣下の心服も篤いという。


「………………の割には、すんごい眉間の皺」

「「…………………………」」


 明らかに思考が口から漏れていたが、当のエクラレーヌは気づいておらず、聞こえてしまったソレイユとリュンヌが反応に困らされた。


「……仏頂面は生まれつきだ」


 小声で呟いて、ソレイユは眉間の皺を増やした。だが、聞き取れていないエクラレーヌは無反応。ソレイユが小さく咳ばらいをする。


「…………俺に聞きたいことがあるのだろう」


 自ら評した仏頂面で、エクラレーヌからやや視線をずらして話を戻した。

 ソレイユに促されて、エクラレーヌも姿勢を正して向き合う。


「五年前の、婚約解消の理由を、訊ねに参りました」


 自分自身で確かめるようにゆっくりと言葉を口にした。


 五年前のあの誕生会から、ずっと訊きたかった。

 自分に非があるなら、それを知りたかった。

 知れば、改めることもできる。再び婚約者に戻れるかもしれない。逆に、納得して諦めることができ――


「リュンヌと恋仲になったから、お前との婚約を解消した」


 ――るはずもない。


「「「…………………………………………」」」


 執務室に沈黙が流れる。

 爆弾を投下したソレイユは仏頂面を崩していない。

 関係を暴露されたリュンヌはやはり微笑を崩していない。

 どうしても聞きたかった理由をようやく聞けたエクラレーヌは──


「男は后になれませんよ」

 ──平静に切り返した。


 その反応にソレイユが微かに目を瞠った。


「……怒鳴るくらいするかと思っていたが」


 仏頂面の変化は微々たるものだが、意外だと声の浮ついた調子から窺える。

 ソレイユの疑問に対しても、エクラレーヌは落ち着いた態度で応じる。


「怒鳴れるほど、まともな理由だったらよかったんですが…」


 語尾にため息をつけるエクラレーヌ。

 廊下での悪態つきまくりや、入室後の啖呵切りのような直情型はなりを潜め、至って冷静に対処している。


「人類存続としては些細でも、国家存続としては大問題ですよ。──王太子が男を好きになるなんて。ましてや、それを理由に周知だった縁談を解消するとか……。あまりに国を背負う者として軽率な態度ではないですか?」

 などと、所々にため息を織り交ぜつつ、もっともなことを並べてみても、エクラレーヌの頭の中は──


(男に負けた男に負けた男に負けた男に負けた男に負けた男に負けた男に負けた男に負けた男に負けた)

 ──がエンドレス。


 そんな思考をおくびにも出さず、エクラレーヌは整然と言葉を紡いでいく。


「そもそも本当に恋人同士ですか? まさか適当に自分をあしらっているだけなんてこと、ない……です、か?」


 考えずに出て来た言葉だったが、それが疑問に変わり、エクラレーヌの暗雲たれ込む思考に一筋の光として差し込んできた。


(そうよ。恋人のフリ……そうかもしれない。そうだといいわ。いや、そうに違いない!)


「──証拠、みたいなものはないですか?」


 暗示で浮上したエクラレーヌがソレイユを窺いながら訊ねる。

 訊かれたソレイユが片眉を上げた。

「『証拠』とは、俺とリュンヌが愛し合っていることのか?」

「──え、あ、はい……そういう、こと、に……」

 ソレイユの口から『愛し合っている』と言われ、怯みながらも頷くエクラレーヌ。

 半ば縋るような視線を受け、ソレイユが眉間に皺を刻み、何やら考える。


「………………リュンヌ」

「はい、殿下」


 ソレイユがひと声かけると、扉の前に控えていたリュンヌが即座に執務机の横まで歩み寄った。

 さらにソレイユに手招きされ、ソレイユのすぐ横に立つ。


「屈め」

「はい、殿下」


 ソレイユに言われるまま床に膝をつくリュンヌ。

 リュンヌの顎に指をあてて軽く上向かせ、ソレイユがエクラレーヌに一瞥だけをくれた。


「?」


 この状況の意味するところに気づかないエクラレーヌはただ呆然と眺めるのみ。

 だが、ソレイユが動くことで急速に思い知らされた。


「──!!!!!!」


 椅子から身を起こしたソレイユの顔がゆっくりと、エクラレーヌに見せつけるように、リュンヌの顔へと近づいていく。

 正確には、唇を合わせようと。


(──ふ、フリだけよっ。あたしが止めるのを待ってるのよ!)


 と、願望にすがりつつも顔は赤い。

 されようとしていることに気づいているはずのリュンヌに動揺はなく、しようとしているソレイユにも迷いがない。


(────ま、まだっ。きっと寸前で止める気なのよっ)


 なかなか最後の望みを捨てきれないエクラレーヌ。握る拳が強さを増す。

 そうこうしているうちに、ソレイユとリュンヌの顔は近づいていく。

 リュンヌの唇と合わさるように、ソレイユが首をやや傾ける。

 距離が縮み、ソレイユも目を細め、その時が目前に迫る。

 愛しい者の唇を求め、ソレイユの口が薄く開く。

 リュンヌも待ち焦がれて愛しい人を求め、心なしか前傾になる。

 互いを求め合う唇が、触れ合った。

 …………朱塗りの鞘に。


 ソレイユとリュンヌの視線が一点に集中する。

 二人の視線の交差する場所に、無表情なエクラレーヌ。その手には二人の唇を阻む鞘に収めたままの長剣。

 抜き身よりも重い鞘付きの長剣を片手で操るエクラレーヌの腕に一切の震えはない。

 安定した剣は、ソレイユとリュンヌの鼻先を掠めることなく、二人の唇のみを正確に捉えている。

 十六歳の少女が繰り出したとは思えないほど微動だにしない長剣とは裏腹に、エクラレーヌの頭の中はとてつもなく、うろたえていた。


(くっついてた!! あたしが止めなかったら、絶対くっついてた! あああああ、何で男なのよぉぉぉっ。女なら世間体もいいし、子供だって作れるのよっ。世継ぎ問題とかどうするのよぉぉぉぉぉ…………)


 頭の中でだけまくし立て、最終的には消沈。

 いくら脳内でへたれていても、軍人の矜持か、恋する乙女の意地か、剣先はぶれていない。

 とりあえず、一言。


「…………いい加減、離れてください」


 朱塗りの鞘は、まだ男たちの唇に挟まれていた。



……今回は早く書けました。

本当に不定期で申し訳ないです。


とりあえず、内容にひと言。

エクラレーヌ、可哀相。

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