act.18 距離とまじない
やや暴走気味……?
* * *
(──ちょっ、ちょっと何!?)
ソレイユに手を引かれて廊下を歩きながら、エクラレーヌは混乱していた。
ソレイユが訓練場の入口に立っているのを見つけ、近衛兵の鍛練が切りのいいところで声をかけたまではよかったが、ソレイユの様子がおかしかった。
呼びかけても反応が鈍いし、やたら不機嫌だし、いきなりエクラレーヌの手を掴んで訓練場から連れ出すし。
「──あっ」
ソレイユに手を引かれていたエクラレーヌは脚がもつれ、よろめいた。
即座に、ソレイユがエクラレーヌの肩に手を添えて支える。
「あ、ありがとうございます。……失礼いたしました」
礼を言ってから、エクラレーヌは離れようとしたが、ソレイユの手が肩から離れない。
顔を上げると、難しそうな顔でエクラレーヌを見下ろすソレイユと目が合う。
「……殿下?」
首を傾げて声をかけると、肩からソレイユの手が離れた。
思いかけず触れられて少し緊張していたらしく、微かに安堵のため息が零れた。
「……暴れるな」
「え?」
ソレイユが耳の近くで呟いたかと思うと、エクラレーヌの脚が地面から離れた。
ソレイユの手は、エクラレーヌの背中と膝裏にある。
気づけば、エクラレーヌはソレイユに横抱きにされていた。
「──えっ? あ、あのっ」
あまりの出来事に、戸惑うエクラレーヌは意味のない声ばかりが出る。
慌てたりもがくとかの対処すらできない。
エクラレーヌが呆けているのをいいことに、ソレイユはさっさと歩きだした。
ソレイユに抱きかかえられて来たのは、訓練場横の小さな庭だった。
ポンプ式の井戸があり、鍛練後の兵たちが軽く水浴びに使ったりする場所だ。
植木の下にあった座るのに手頃な石にエクラレーヌを降ろすソレイユ。
ほんのわずかな時間とはいえ、ソレイユに抱えられたことは嬉しかったが、それ以上の戸惑いと緊張で、ソレイユが離れるとほっとしてしまう。
だが、安堵するのもつかの間、ソレイユはエクラレーヌの前で屈み、エクラレーヌの右足の軍靴に手を伸ばした。
「で、殿下っ!?」
「動くな」
エクラレーヌが慌てて脚を引こうとしたが、ソレイユの方が早く、器用に靴紐をほどき、あっという間に靴を脱がしてしまった。
白い肌が新波になったエクラレーヌの右足を手に取る。
「──っ」
直に触れられたことと、触れてきた手の冷たさとで、心臓と肩が跳ねた。
「……やはりな」
エクラレーヌの足をそっと撫でたソレイユが眉をひそめたまま頷く。
「少し腫れているぞ」
「え?」
ソレイユの指摘に、少々間の抜けた声を返すエクラレーヌ。
言われてみると、確かに右足の甲が少し熱を持っている気がする。……自覚すると、鈍い痛みもついてきた。
(全然気づかなかった。……さっきの連戦稽古の時かな)
「少し待っていろ」
エクラレーヌの足を放し、立ち上がったソレイユが井戸で桶に水を汲んできた。
懐から出した手巾を水に浸して軽く搾り、エクラレーヌの足に乗せる。
「──冷たっ」
ソレイユの手も冷たかったが、それ以上の冷たさに思わず声が出る。
(……でも気持ちいい)
ほてった足に冷たい井戸水は心地よく、慣れるとほっと胸を撫で下ろす。
ソレイユが小振りな石を引き寄せ、そこに冷やしているエクラレーヌの足を乗せた。
「申し訳ございません、殿下」
顔を伏せてエクラレーヌが謝ると、ソレイユが不満げに見上げた。
「…………何かをしてもらった時は謝罪ではなく、礼ではなかったか?」
「──あ、はい。失礼いたしました。ありがとうございます、殿下」
(──ん?)
ソレイユの言う通りだと言い直したところで首を傾げる。
(何か随分前にこんなやり取りをしたような?)
気はするが、思い出せない。
「──エクラレーヌ」
「はい、殿下」
ソレイユに名を呼ばれ、エクラレーヌは思い出すのをやめて応えた。
伏せていた顔をあげ、しっかりとエクラレーヌの目を捉えて、ソレイユが口を開く。
「…………なぜ俺から離れようとする」
「──っ」
予想していなかった言葉に、エクラレーヌが喉をひくつかせた。
言葉の出ないエクラレーヌにかまわず、ソレイユが続ける。
「あいつらの鍛練なんて口実だろう。先程も距離をとっていた」
鍛練場でエクラレーヌが声をかけた時、ソレイユは違和感を──段差以上の距離を感じた。昨夜までは護衛のこともあって極力近くにあったのに、先程は極力近づかないようにしているようだった。
(……バレるなんて……)
正直、エクラレーヌはうまくやれていると思っていた。
確かにソレイユの近くにいたくないからと、鍛練に逃げたり、数歩近かった距離が遠くなっていたりもしたが、それ以外では普段通りできていたと思う。
けれど、ソレイユにその違和感を気づかれてしまった。
「……大広間でのことか?」
エクラレーヌの肩がぴくりと動き、エクラレーヌは顔を伏せる。
ソレイユは小さくため息をついた。
「……お前が一度退出した後に戻ってきたのは知っている。あの時に俺とリュンヌが口づけでもしているように見えたんだろうが、あれは──」
「────いでしょう……」
「ん?」
ソレイユの言葉に被せて、エクラレーヌが呟いた。
聞き取れなかったソレイユが首を傾げる。
エクラレーヌが顔を上げた。──真摯な眼差しでソレイユを見返す。
「関係ないでしょう。殿下とリュンヌ殿のご関係は重々承知しております。ですから、お二人がどこでどのように愛を語らっておられようと、私には関係ございません。……それとも」
皮肉った笑みを口の端にのせる。
「殿下は、私の想いに応えていただくご意思がおありなのでしょうか?」
「…………」
ソレイユは応えない──それが答えだ。
(ほら、そんな気なんてないじゃない)
「でしたら、私のことは近衛として──いえ、空気として扱っていただきたいと存じます」
エクラレーヌが言い終えると、ソレイユはエクラレーヌの足から手巾を取って桶の水に浸した。そのまま立ち去るか、新たに冷やしてくれるのかと思い、身構える。
ソレイユがエクラレーヌの右足を片手で掬い上げるように触れる。井戸水で冷えた足に、ソレイユの手はほんのりと温かく感じた。
次の瞬間──エクラレーヌの右足の甲に、ソレイユの唇が触れた。
「──!!!!????」
あまりの衝撃に、エクラレーヌは声も出ない。
すぐに唇は離されたが、確かに感触と熱を右足の甲に感じる。意識がどうしてもそこに集中してしまう。
隊長就任の時の左手への口づけなど、どうということもないと思いかねない程の衝撃だ。
エクラレーヌの足を石に戻し、手巾もかけ直したソレイユが立ち上がり、エクラレーヌを見下ろす。
「お前が俺から離れないまじないだ。近衛隊長が側にいないのでは話にならないからな」
微かに口端があがる。
「エクラレーヌはこのまましばらく休んでおけ。戻ったところで、あいつらが動けるとも思えん」
そう告げて、ソレイユは踵を返し、庭を後にした。
言われるまでもなく、エクラレーヌはその場に座っているしかなかった。
「……だからホントに、何なのよ……もう……」
足腰に一切力が入らず、うずくまるしかない。
今、目の奥が熱いのは、驚きからか、切なさからか、悔しさからか、嬉しさからか。
……それとも、それら全てか。
答えを持つ者はおらず、当のエクラレーヌは、それどころではない。
またどうやって、この想いと折り合いを着ければいいのか。
離れて様子を見ようとしたが、やはり離れられそうにない。
足は対処が早かったおかげで大事にならなそうだが、気持ちをはっきりさせないと、明日からの自分の立ち位置すらわからなくなりそうだ。
でも、その前に。
「絶っっっ対、天然のタラシよねっ、殿下って!」
毎度毎度ドキドキされっぱなしのエクラレーヌとしてはおもしろくなく、頬を朱く染めて膨らませた。
内容に対して、ひと言。
ソレイユ、甘甘!
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