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月華の姫将軍  作者: 久永 雅貴
17/61

act.17 不機嫌と無意識

 空は快晴。

 風は微風。

 気温は急上昇。

 夏本番がやって来る。


 王城の片隅にある軍用訓練場は、朝から熱気に包まれていた。


「──次っ!!」


 蒼天をつんざくような鋭い声が訓練場に響く。

 訓練場の中心で、模擬剣を片手に声を張り上げるエクラレーヌ。

 訓練中のためか、紅い軍服ではなく軽装だ。防具すら着けていない。


 エクラレーヌの声に応じ、こちらは防具つきの若い近衛兵が両手で構えた模擬剣を振り上げる。


「はぁっ!」


 気合いとともにエクラレーヌへ振り下ろす。


「──バカ者!!」


 エクラレーヌが怒鳴りながら、近衛兵のがら空きな横腹に、模擬剣の横面を打ち込む。さらに両手で振り抜いた。


 めこっ。


 明らかに嫌な音が近衛兵の防具越しの腹部から聞こえた。

 刃のない模擬剣で幅広い横面とはいえ、全力で振り抜かれれば、ただでは済まない。

 うずくまる近衛兵を見下ろし、エクラレーヌが怒号する。


「振りかぶって突っ込む奴があるか!!」


 気絶寸前の者にも容赦なし。

 完全に気絶した近衛兵は、まだ生きている同僚に運ばれていく。

 それを見送ったエクラレーヌが再び声を上げる。


「──次っ!!」


 先程と変わらない声に、エクラレーヌを囲う近衛兵たちが息を呑んだ。


 訓練場の脇には、すでに屍が積まれている。

 手数を増やして挑んだ者は足を払われて倒れたところで腹部を踏まれ、二人がかりで挑んだ者たちは側頭部を模擬剣の横面で振り抜かれ、後方からの不意打ちを狙った者は顔面に裏拳をくらい……他にも様々な『死因』で果てた屍が、まだ生きている近衛兵たちの恐怖を扇ぐ。

 それでも逃げ道はないと、また一人鬼上官に向かっていった。


          * * *


 ソレイユは朝からとてつもなく機嫌が悪かった。

 近衛兵たちの鍛練を理由にエクラレーヌが執務室に来ず、交代で室内警護として寄越したのが、選りに選ってフリューゲルだった。


「…………」


 書類に目を通し、必要なものには署名と捺印をしながら、ソレイユは無気力な視線に晒され、眉間の皴が深く増えていくばかり。

 そんなソレイユには気づいているものの、リュンヌはいつも通りソレイユの補助をしながら苦笑するだけだ。


 ソレイユの不機嫌度を右肩上がりに上げ続けているフリューゲルは腕を組んで扉前に立ち、ソレイユを眺め続けている。

 朝から現在の昼にかけて、嫌な沈黙が続けられている。


 ──が、その沈黙を破ったのは、意外にもソレイユを観察していたフリューゲルだった。


「殿下」

「………………何だ」


 予想外な呼びかけに、ソレイユが平静な声で返すのに少々かかった。

 書類から手も目も止めないソレイユを一切気にせず、フリューゲルが告げる。


「うちの隊長のこと、好きでしょう」

「「っ」」


 ソレイユだけでなく、リュンヌも手を止め、フリューゲルに目を向けた。


「……どういう意味だ」


 フリューゲルの突拍子のない発言に、ソレイユが眉間の皴を深くして問い返した。

 いくらか難い表情のソレイユに気づきながらも、それには触れず、フリューゲルは飄々と答える。


「どうもこうも、そのままの意味ですよ? 殿下が隊長を女として好きなんでしょうって意味です。──ねェ、侍従殿?」


 語尾に、資料を片付ける手を止めていたリュンヌに同意を求める。

 すぐさま取り繕った微笑で緩く首を横に振るリュンヌ。


「私からお答えすることは、何もございません」

「俺の何を見て、そういう発想になるんだ」


 リュンヌの語尾に重ねるようにソレイユが問う。

 質問ばかり返されても気にする様子もなく、フリューゲルが答える。


「全部、ですね」


 後ろの扉にもたれかかり、続ける。


「再会してから側に置いておくのを筆頭に、隊長の反応に内心ほくそ笑んでいたり、隊長と特別親しい俺を毛嫌いしたり、夕べなんか隊長が慌てるのを他の連中に見せたくないとか思ったでしょう? 独占欲が強いですねェ」


 肩を竦めて首を横に振るフリューゲル。


 最後まで聞いていたソレイユは眉間の皴をさらに深くした。


「ほとんど貴様の妄想に聞こえるのは俺だけか?」

「『ほとんど』以外は認めるんですね」

「…………」


 カタン。

 返事はせずに立ち上がるソレイユ。そのままフリューゲルに近づき、一言。


「退け」


 目を合わせて命じると、フリューゲルは身体を扉の前からずらした。

 取っ手に手をかけ、顔は向けずにソレイユがさらに命じる。


「ついて来るな。──リュンヌ、こいつを見張っておけ」

「はいはい」

「かしこまりました」


 気のないフリューゲルと真面目なリュンヌの返事を聞き流し、ソレイユが執務室を出ていく。


「……一応、俺は無愛想殿下の護衛なんすけどねェ」


 閉じた扉に向かって、フリューゲルが肩を竦めた。


          * * *


 一人、廊下を歩くソレイユの不機嫌度は、最高潮に達しているようだ。


(なぜあの男は、ああも人の神経を逆なでるのが得意なんだっ)


 ひたすら足を動かして感情を抑える。

 少し離れた後方から近衛兵が二名ついて来ているのさえ今は癪に障るが、立場が一人歩きをよしとしないため、追い返すことも撒くこともできない。


(あの男について来られるよりはマシだ)


 あの無気力な顔を思い出すだけでも腹が立つ。


(やる気がないならないで黙っていればいいものを、あの男はっ)


 無関心なようで、しっかり周囲を観察している目にも腹が立つ。


(──俺がエクラレーヌを好きだと? そんなもの──)


「殿下っ?」

「何だ」


 不意に声をかけられ、声を荒げるまではいかずとも不機嫌なまま顔を向ける。


「っ」


 ソレイユの形相に相手が僅かに怯む。

 が。不機嫌なんて吹き飛ぶ程に、ソレイユは内心で驚いていた。

 それもそのはず、声をかけてきたのは、エクラレーヌだった。

 あまりの驚きにソレイユが現状を疑問に思うよりも早く、エクラレーヌが話しかけてくる。


「──どうかなさいましたか、殿下。このようなはずれまで」


 エクラレーヌに問われて気づいた。今自分のいる場所が、軍の訓練場だと。

 一段高い訓練場の出入口に立つソレイユと、一段低い訓練場に立つエクラレーヌ。

 軍の訓練場は王太子の宮から三つ棟を挟んでいるはずなのだが。


(──覚えていない……)


 見事に道程が抜け落ちている。無意識に来たらしい。


「殿下?」


 エクラレーヌが再び声をかけてくる。


「………………様子を見に」


 呆けた頭で考えた言い訳を口にし、訓練場に目をやる。

 出入口から離れた位置にその集団はあった。


「…………………………」


(……さすがはマーベラス総帥の孫娘というべきか……)


 表面では絶句し、内面では妙に納得した。


 マーベラス総帥──エクラレーヌの祖父の鍛練が限界への挑戦だとは聞いていたが、直にその場を見ると、やはり凄まじい。

 炎天下の訓練場にて、近衛兵たちが地面に俯せで倒れ込み、全く動かない。胸が微かに上下しているのを見て取れなければ死体と変わらなかった。

 戦くソレイユには気づかず、エクラレーヌは申し訳なさそうに眉をひそめた。


「終わり次第こちらからご報告に参りましたのに……ご足労いただき、申し訳ございません」


 深々と頭を垂れるエクラレーヌ。


「……いや。…………?」


 エクラレーヌに視線を戻すと、違和感があった。


「リュンヌ殿とフリューゲルはいかがなさいましたか?」


 頭を上げたエクラレーヌが見回すのを見て、再び機嫌を悪くするソレイユ。


「…………」


 口を一文字に引き結ぶソレイユを見て、エクラレーヌも察したようだ。


「フリューゲルがまた無礼を働いたようで申し訳ございません。……あれはあれで頼りになるのですが……」


 フリューゲルのことで謝罪するエクラレーヌに、ソレイユの不機嫌度がまた上がる。眉間の皴が増えた。


「……………………お前があの男を庇うな…………っ」


 つい本音が口を出てしまったことに気づき、片手で口を覆う。


「? どうかなさいましたか?」


 幸いエクラレーヌの耳には届かなかったらしく、ソレイユの新たな異変に小首を傾げて見上げてくる。

 それを見下ろすソレイユが眦を険しくさせた。


「………………ついて来い」


 エクラレーヌの手首を掴み、ソレイユが踵を返す。


「えっ? ──っ」


 突然のことで反応できず、よろめいたエクラレーヌは半ば引きずられるように訓練場から出された。

 ソレイユは振り返らない。


 ……フリューゲルに言われた言葉を思い出し、心の中で答える。


(俺がエクラレーヌを好きだと? そんなもの──初めて会ったあの夜から、変わりなどしない)


 容易に思い出せる、無垢な笑顔と小さな暖かい手。


(……俺は、エクラレーヌを、愛している)


 この想いは、昔から変わらない。



内容に対して、ひと言。

ソレイユ、エクラレーヌに引き寄せられるの巻。

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