act.16 牽制と動揺
本日3話目です。
お気をつけくださいませ<(_ _*)>
久しぶりに少し甘い…?
* * *
度重なる騒音にキレたエクラレーヌが、非礼を詫びて辞していくのを見送った。
「随分と盛り上がっているな、あいつら」
「そのようですね」
仏頂面のソレイユと苦笑混じりのリュンヌ。
程なくして、エクラレーヌの一喝が聞こえたかと思うと、ようやく廊下の狂声が治まった。
続いて複数の人間がとぼとぼと去っていく気配。
それさえも遠ざかり、静寂を取り戻した大広間は、二人だけでは広すぎて物悲しささえ漂う。
──それが、自分の立場を表しているようで……。
「おりますから」
リュンヌが穏やかに微笑んでソレイユに優しく語りかける。
「私は殿下のお側から離れたりいたしません」
ソレイユの顔にかかる前髪をそっと上げて皴の寄った眉間に唇をあてる。
「……ですから、そのように難しいお顔で愁いたりなさらないでください」
「…………ああ」
言うよりも早くソレイユの思考を読み取るリュンヌには、何もかもだだ漏れだ。こうしていつも慰められてばかり。
(……俺がリュンヌに求めていることとは違うというのに……)
それで救われているのだから、何とも情けない。
「私の総ては、お慕い申し上げる殿下のためにございます」
ソレイユの正面に廻り、リュンヌがソレイユの頬に手を添えて、互いの額をつき合わせる。
「────」
安らぎ、ソレイユは目を閉じた。。
額と頬に感じるリュンヌの体温に、先程の小さな憂愁などあっさりと流されていく。
──カツッ。
大広間の、エクラレーヌたちが去った大扉から物音がし、目だけを動かすと視界を掠める紅。
「!」
リュンヌから離れ、改めて見るが、すでに大扉の向こうに消えていた。
紅とともに見えた金も合わせて。
「……気づいていたな? リュンヌ」
せっかく和らいでいた眉間に皴を刻み、ソレイユが軽く睨むと、白々しい微笑が返ってくる。
「はい。……牽制、とでも申しましょうか」
リュンヌの言い分を、ソレイユが鼻で笑う。
「懲りない奴め。……誰に対しての牽制だか」
「…………」
後半の呟きにリュンヌの反応はない。聞こえなかったのか、聞こえないふりなのか。
椅子の肘おきに頬杖をついて眺めても、白々しい微笑があるだけ。
ぴくりとも動かない微笑に呆れ、ソレイユは口の中でため息をついた。
「……まぁいい。…………しかし、アイツは勘違いしただろうな」
またため息が出る。
リュンヌはソレイユの前に立ち、大扉に背を向けていた。その状態で額を合わせていたのだから、遠目に見れば、口づけでもしているように見えただろう。
(それでもかまわないがな)
小さくため息が出た。
* * *
大広間から出てきたエクラレーヌは、廊下を速歩きで進んでいた。
部下たちを黙らせてから、改めてソレイユに謝罪をと大広間に戻ったエクラレーヌは激しく後悔していた。
先程見た場面が何度も頭の中に再生され、その都度叫びたい衝動をなけなしの理性で抑える。
「──っ。~~~~!!!!」
(あああああっ、もうっっっ!! わかってたことでしょうが!!!!)
動揺している自分に苛立つ。
あの二人がああいう関係だとわかっているのに、それを認められない自分が嫌だった。
(恋人同士なんだから、口づけくらいするわよっ)
何度も同じことを自分に言い聞かせる。
三日前にしろ、ソレイユはリュンヌが痕を残すことを嫌がっていなかった。
今回の口づけとて、同じことだ。
首筋に痕をつけた時も動揺したが、唇同士の口づけはそれ以上の衝撃と動揺を、エクラレーヌに与えていた。
それはもう純粋に「嫌だ」という気持ちで一杯だった。
自身もいつかは触れたい触れられたいと思っていた唇に、誰かが触れたという事実が、ひたすら嫌だった。
嫉妬──というには、リュンヌへの怨み嫉みはあまり感じられない。
ただ哀しく寂しく、苦しい。
胸が締めつけられる。
目の奥が熱く、痛い。
喚き散らしたいのを必死で堪える。
泣き崩れたいのも必死で堪える。
みっともない自分を、誰かに──ソレイユに気づかれたくない。
軍人としても令嬢としても、凛々しくありたい。
無様な自分はいらない。
──ソレイユの隣にいるために。
だから、どこへ向かう訳でもないのに、ひたすらエクラレーヌは足を動かす。
今の自分では、ソレイユの近くにいられないから。
内容に対して、ひと言。
苦しいなぁ…エクラレーヌ…