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月華の姫将軍  作者: 久永 雅貴
14/61

act.14 八つ当たりと狼狽

「…………つまり」


 こめかみを指で揉むソレイユ。


「お前たちはマーベラス中佐を好いていて、その中佐が想っていた俺のことが気に入らず、八つ当たりで護衛を怠けていた、と」


 ソレイユの解釈に、近衛兵百名が首肯する。

 自分で言って、余計に頭が痛くなる。


(あのくせ毛といい……こんな連中ばかりか)


 フリューゲルを思い浮かべ、自然と眉間の皴が増える。


「──おふざけにも程があるというものです」


 横合いから冷えた声が発せられた。リュンヌである。

 熱くなっていた近衛兵たちに再び寒風が吹きすさぶ。

 微笑んでいるのに、リュンヌの気配がそれを裏切る。


「任務を何と心得ていらっしゃるのでしょう」


 表情も口調も穏やかで丁寧なのに、攻撃力が凄い。

 先程はエクラレーヌとリュンヌの二人から殺気を向けられていたと思っていたが、リュンヌがほとんどを担っていたのでは、とさえ思えてくる気迫。


「職務を放棄していたことさえ許されることではないのに、その理由が嫉妬だの八つ当たりなどとは……近衛の自覚がおありとはとても思えません」


 極寒の地に引き戻された近衛兵たちは震え、事実だけに言い返せない。


「マーベラス中佐をお慕いしているのなら、なぜその方を困らせるようなことをなさるのかも理解に苦しみます。貴方々が怠慢な態度を取られれば、上官であるマーベラス中佐が責任を取られると、なぜお気づきになられないのか」


 リュンヌの指摘に、近衛兵たちは縮こまるばかり。


「そのくらいにしてやれ、リュンヌ」


 見兼ねたソレイユが制した。

 ソレイユに言われると、リュンヌはあっさりと引き下がる。幾分か空気が和らいだ。

 口の中でため息をつくソレイユ。

 近衛兵たちがしたことを思えば、止める義理はない。だが、リュンヌが悪漢然と見られるのが気に入らない。彼はただ自分の代わりをしてくれたに過ぎない。


 すっかり意気消沈にうなだれた近衛兵を見下ろすソレイユ。


「……お前たちの言い分はわかった。そういう理由なら、お前たちの処遇はマーベラス中佐に一任する。──いとしの隊長に下されるなら本望だろう?」

「──っ」


 語尾に薄ら寒いものを感じ、近衛兵百名の肩がぴくりと跳ねた。恐る恐るソレイユの顔を盗み見る彼らだったが、その時にはいつもの仏頂面しかない。

 何事もない素振りで、ソレイユがエクラレーヌに顔を向ける。


「そういう訳だ。マーベラス中佐、お前に任せ──」


 言葉半ばにソレイユが固まった。


「──? どうかなさいまし──」


 ソレイユ越しにリュンヌが覗き込み、やはり固まった。


「??? ……あ」×100


 怪訝に思った近衛兵たちも恐る恐るエクラレーヌを窺い、やはり固まった。


 ──エクラレーヌが顔を真っ赤にしていた。

 それはもう、頬を染めるどころの話ではなく、耳も軍服の襟で隠れる首の際まで、真っ赤っ赤である。


 エクラレーヌは軍教育と妃教育を受けた身の上なため、感情の制御はお手の物である。

 資料棚崩しの時は……令嬢らしく、あの手のことに免疫がなかったため、ひどく取り乱してしまったが……時間をおけば、何のことはないように装える。


 本来、周囲からのエクラレーヌの印象は冷静沈着な凛々しくもたおやかな女性だ。

 それこそ、国花である月下美人を体現している。


 そんなエクラレーヌが文字通りの赤面。

 目は見開かれ、部下たちを見ているようで、焦点は合っていない。

 見事な驚愕振り。


 その場にいる者の多くは、そんなエクラレーヌを見たことはない。

 思いがけず、三日前に放心状態と頬染めを見た者も、これ程に感情を露にするエクラレーヌを見たことがない。

 そのため、驚愕で皆開いた口が塞がらない。


 いち早く戻ってきたソレイユが声をかける。


「……マーベラス中佐?」

「──っ」


 ソレイユに名を呼ばれ、我に返るエクラレーヌ。

 だが、落ち着くどころか、赤みそのままにうろたえる。


「──え、あっ、あっと、あのっ」


 全員に凝視され、エクラレーヌは慌てて顔を背け、何か言おうとしてさらに慌てて何も言えない。……しどろもどろなエクラレーヌなど、それこそまず見れない。


 暫し反応を楽しんでいたソレイユだったが、急に眉間の皴が深くなった。目も眇られ、不機嫌そのもの。


「………………エクラレーヌ、落ち着け」

「──あ、はい。……失礼いたしました」


 近衛兵たちの前だからと姓で呼んでいたソレイユに名で声をかけられると、不思議と落ち着いた。小さく深呼吸をして、顔を改める。

 若干頬に赤みは残るものの、冷静さを取り戻している。

 気まずげに目を伏せるエクラレーヌに、ソレイユが改めて先程途中になったのを口にする。


「部下たちの処遇はお前に任せる。クビにするのも残すのも手討ちにするのもお前の自由だ。ただし、残すなら今後怠けないよう躾るように」

「──はい。殿下のご恩情に深く感謝いたします」


 頬の朱さえ消し、目を開いたエクラレーヌは、鋭い眼差しを部下たちに向けた。


「解雇も手討ちも、そんなものは赦しません。無論、今後このようなことなきよう、厳しく徹底的に指導いたします。……殿下の憂いにならぬよう、全力で」


 はっきりと言い放つエクラレーヌの静かな剣幕に、近衛兵百名は内心震え上がった。

 しっかりしたエクラレーヌの返答に、ソレイユが頷き、声を張る。


「任せる。……これで、今宵は終わりとする──解散!」


 張り詰めていた集会の終わりを告げられても、安堵する者は誰一人としていなかった。



内容に対して、ひと言。

女性将校の赤面!

キタ────(゜∀゜)────!!

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