act.12 阿鼻叫喚と静寂
城の多くの者が寝静まる日付も変わる深夜。
王太子の宮の大広間はいつになくざわついていた。
かつては舞踏会などで夜ごと賑わっていた大広間は、ソレイユが主になってからは滅多に開かれることがなくなった。
何年か振りに灯りをつけた大広間に集まったのは、着飾った紳士淑女ではなく、強制的に召集された兵士たちだった。
隊長エクラレーヌの一声で集められた面々は深夜召集に浮足立ち、ざわめきが退かない。
彼らの視線はちらちらと上座の椅子に座るソレイユ、その両脇に立つエクラレーヌとリュンヌに向けられる。
「──静かに」
大きくはないのによく通る声でエクラレーヌが諌めると、ざわめきが一瞬で消えた。
目配せで場の主導権をソレイユに譲る。
眉間の皺を深くしたソレイユが眼下の近衛兵たちに問いかける。
「俺は、護られる価値もない人間か?」
──ザワッ。
ソレイユの一言に、再びざわめく。
……いや、正確には、ソレイユの一言で突然放たれた、肌を斬るような空気に色めきだった。
斬りつける空気を発しているのは、エクラレーヌとリュンヌ。
ソレイユの両隣から発せられているのは、間違いなく殺気。
その殺気にあてられて近衛兵たちは畏縮し、一瞬のざわめきの後は微かな物音も出すまいと、まさに直立不動となった。
静まり返った大広間で、ソレイユが淡々と言葉を続ける。
「お前たちに護られる必要もないか?」
(――うおおっ!)(や、やめてくれェ!!)(し、視線が痛い!)(殺気で殺される!!)(新婚で死ぬのはイヤだぁ!!!!)(……あ。去年死んだ祖父さんが花畑で)(隊長はともかく侍従に殺されたくないぃ!!)……etcetc……。
総勢百名の断末魔な心の叫びが大広間で荒れ狂う。
思考世界は阿鼻叫喚でも、現実世界はソレイユの声だけが響く静寂さが何とも不気味だ。
そんなある意味不自然な状況を知ってか知らずか、ソレイユはなおも話を続ける。
「……俺を護りたくないのなら、それでも構わない」
(…………………………)×100
二人分の殺気に晒され、もはや極限状態に至った近衛兵たちの精神は昇天しかけてした。
「……殿下。よろしいでしょうか」
近衛兵たちの耳に、聞き慣れた上官の声が届く。ギリギリのところで何とか精神を繋ぎ留めた。
目だけでソレイユが促すと、エクラレーヌはわずかに目を伏せた。
「……自分の監督が行き届かないばかりに、殿下からそのようなお言葉を頂くことになり、誠に申し訳ございません」
沈痛な面持ちで謝罪するエクラレーヌ。
「これは自分の責任でございます。──なれば、私に一任していただけないでしょうか」
語尾に部下たちを流し見る。
近衛兵たちに戦慄が走った。
(絶対に殺される)
百名の総意である。
エクラレーヌの祖父であり、総帥である人物の軍育に対する容赦のなさは有名だ。その孫の指導など丁重にお断りしたい。
──が。軍に所属している以上は上官の命令は絶対。軍を辞めたところで他に行く場所のない彼らはいわば背水の陣。逃げ場などありはしない。
「駄目だ」
エクラレーヌの意図を『正確に』汲み取ったソレイユが頭を振る。
「まずはこいつらの不満を知らなければ何の解決にもならないだろう、またサボられてはかなわない」
「………………………浅慮でした。お許しください」
渋々引き下がるエクラレーヌ。
再び近衛兵たちを見下ろし、ソレイユが問う。
「俺を護りたくないなら、その理由を聞かせてくれ」
「……………………………」×100
ソレイユの問いに、近衛兵百名は何も返さない。変わらずの直立不動だ。
一切話そうとしない近衛兵を見渡し、ソレイユは短いため息をついた。
「……なら、仕方ない。仕事をしない者に俸給を与えることはできない。。全員この場で辞めてもらうしかない」
──ぴく。
解雇の危機を黙って見過ごせなかった何人かが頬もしくは肩をひくつかせた。
それを目敏く見て取ったソレイユが再び近衛兵たちを眺める。
(クビは困る)(困るけど、言えない)(言わないと間違いなくクビ)(言ってもクビになるかも)(つーか、隊長がキレる)(お前言えよ)(君が言えば)(あんたが言うのが筋だろ)(いや、そっちが)(いや、あっちが)……etcetc……。
雄弁な視線で押しつけ合った結果、最前列のソレイユに最も近い青年が、怖ず怖ずと手を挙げた。