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希望と絶望の等価性  作者: まもり
2/2

『 堀子 』

あの“告白”からどれくらい経っただろうか、学校は夏休みに入り、その夏休みも既に中盤に差し掛かる。

今日は堀子と二人で宿題をやる為、学校の教室にきていた。

俺たちの通う学校は、近場に図書館などがない為、休日でも生徒が勉強しやすいようにと、制服であれば校舎に入ることが出来る。


 「はぁ……先生はなんでこんなに宿題出すんだろ……これじゃ夏休みの意味が無いよ」


堀子はため息をつきながら、机に突っ伏して愚痴っている。


 「休みってだけでもいいべ?学校だとクラス違うんだし、こうやって一緒にいられるだけでも良しとしようじゃないか」


俺は堀子に微笑みかけながら言い聞かせる。


 「まぁ、そうなんだけどね」


堀子はニッコリ笑ってみせる。

というか、俺はいつからこんなセリフを恥ずかしげもなく言うようになったのだろう?

これも、堀子との新しい関係に慣れてきた証拠であろうか―――

そんなことを考えながら勉強していると、堀子が何やら言いたそうに俺の顔をじっと見てくる。


 「……どうした?」


俺が尋ねると、堀子はへへっと笑って、バッグから何かを取り出し、それを背中に隠す。


 「あのさ、ボクたち付き合ってるんだよね?」


改まった感じに堀子が尋ねてくる。


 「んまぁ、そうなるな」

 「だよね!それじゃあさ、ボクたちが付き合ってるっていう証みたいなの、欲しいと思わない?」


なるほど、いわゆる“ペア○○○”といったものが欲しいわけか―――

いかにも女子が好みそうなものだ。

だが正直なところ、俺はどうでも良かった。

例えそんなものが無くても、俺たちの心が繋がっているのは事実だ。

ボーイッシュなやつだと思っていたが、堀子もなんだかんだで女の子なのだ。

しかしまぁ、そんなことを言えるわけもないので、俺は無難に返事を返す。


 「まぁ、あって困るものではないね」


すると堀子は、俺の返事を待ってましたと言わんばかりに、バッグから取り出したものを俺に差し出してきた。


 「じゃあこれ、プレゼント!」


受け取ってみると、どうやらストラップのようだった。

黒いリングに十字型のマスコットと、ゆがんだ形をしたクリスタルのマスコットがついており、

その中には四葉のクローバーがはいっている。

なんとも女の子ウケしそうな可愛らしいストラップだ。


 「かわいいでしょ?そのクリスタルね、ボクのやつと合わせると一つのハートになるんだよ!」


そういって、堀子は既に自分の携帯電話につけでいたもう片方のストラップを、俺に渡したものと合わせてハートの形を作ってみせた。

なるほど、形がゆがんでいるのはハートを半分にしたものだからか―――


 「凝った作りしてるなー。ありがとう、大事にするよ」


俺はそういってそのストラップを鞄にしまう。

それを見ていた堀子がすかさずつっこむ。


 「って、今つけてくれないの!?」


まぁ、普通そうなるよな―――

だが俺は、せっかくの堀子のプレゼントを携帯なんかにつけておくと、傷がついたり、

最悪の場合、無くしたりしてしまいそうで不安だったのだ。


 「あぁ……ごめん、携帯家に忘れてきちゃったんだ。あとでつけておくよ」

 「そっか……それじゃあしょうがないね……」


堀子はとても残念そうな顔で、内心イジけているのがわかった。

携帯を忘れたというのはもちろん咄嗟についた嘘だ。

しかし、今回のは嘘も方便、ということで水に流してほしい―――

俺はそんなに悪いことをしているわけではないのだが、堀子の顔をみていると、なぜか罪悪感が出てきた……。


 「ごめんよ堀子。帰りにアイス奢るから許しておくれ」


そういって堀子をなだめる。

すると、堀子の顔に少し光が戻った。


 「まぁ、そこまで言うなら許す……アイスの約束、忘れないでよね!」


まったく単純なやつだ―――

はいはいとテキトーに返事をして、また宿題をはじめる。


 「ほら、今日はとりあえずここまで頑張ったら終わりにしよう?そしたらコンビニ行くべ」

 「いぇい!」


正直な話、俺も今日はあまり勉強なんかをする気分ではない。

どちらかというと、宿題なんかテキトーに終わらせて、堀子とダラダラ話していたい気分だった。

もちろん、堀子にはそんなことは言わない―――


宿題も、ある程度キリがいいところまで終わり、俺たちは教室をでる。

なんだかんだで、時間も午後6時を回っており、あたりは夕焼け色へと染まり始めていた。


 「いやぁ、宿題つかれたー」


堀子が“うー”っと背伸びをしている。

お前はほとんどマトモにやってなかっただろうというツッコミはあえて入れないでおこう――


そして俺たちは、約束通りコンビニに行き、お馴染みのガリガリさんソーダ味とウェハースを買う。


レジで会計を済ませながら俺は思った。

もう今日はお別れか―――

今日の俺は、なぜかそのことに、少し寂しさを覚えた。

もう少し堀子と一緒にいたい―――

その寂しさに負け、俺は堀子にある提案を持ちかける。


 「どうせだし、今日は家まで送ってこうか?」


珍しい誘いに、堀子がキョトンとした顔をする。


 「……なんか、珍しいね!もしかして何かあるのかな?」


何かを期待している感じで応える堀子。

残念だが、その期待に答えられるようなことは何もない。


 「いや、別に何もないよ、ただの気まぐれ。迷惑だっていうならこのまま帰る」

 「そうなんだ?ボクは全然迷惑じゃないよ!いかにも恋人同士って感じで嬉しいな!」


そういって堀子はニコッと笑う。

恋人同士って感じか。

まぁ、確かにそうかもしれないな。

そういうことなら、これからは毎日、ちゃんと家まで送ってやろうかな―――


堀子の家はここから少し歩くが、それだけ堀子といられる時間が長くなるので大歓迎だ。


 「よし、それじゃあ行くか!」


ほんの少しの時間でも、まだ堀子と二人でいられるのだと思うと、俺の心も自然と弾む。

俺たちは買ったものを食べながら堀子の家を目指して歩き出した。


――歩き始めて数分、道はそれほど人通りが多くない路地に差し掛かる。

そこで、堀子が急に、俺の右腕を人差し指でツンツンとつついてきた。

どうした?と俺が尋ねると、堀子が少し間を置いてから口を開いた。


 「ボクたちってさ、付き合ってるじゃん?」


昼間も似たセリフを聞い気がするな。


 「うん、付き合ってるよ」


俺は優しく答える。

すると、堀子が軽くそわそわとしながら上目遣いでいった。


 「じゃあ、さ……チュー……とか?……してみない?」


あたりは薄暗かったが、堀子の顔が赤くなっているのがわかった。

言われた方の俺も、自然と顔が赤くなる。

あまりにも可愛すぎる彼女から、俺は不意に目をそらし、しどろもどろでそれに答える。


 「あぁ……んん……まぁ……っていうか、いつも唐突だね……」


堀子はへへっと笑ってみせる。

俺の返事は、ちゃんとした答えになっていなかったが、その誘いを断る理由は無い。

むしろ、俺だって心のどこかでは、そういうのを望んでいたのだ。


 「んと、ここでするんけ……?」

 「う~ん、場所はどこでもいいっていうか……今ならほら、人も少ないし、丁度いい?かな?なんてね」


堀子は目合わせず、恥ずかしそうにいう。


 「たしかに……んじゃあ、えっと……どうしたらいいでしょう……?」


緊張と恥ずかしさが相まって、俺は何故か敬語になる―――

ぎこちない俺を見て堀子が“クスッ”と笑う。


 「じゃあ、ちょっと目つぶってて……!」

 「お、おう……」


俺は堀子に言われるまま、目をつぶる。

なんか男らしくないが、初めての経験で、どうしていいかもわからない。

堀子は“ふぅ……”と深呼吸をしている。

心の準備ができたのだろう、堀子の顔が近くまできたのがわかった。

すると、シャンプーの香りなのか、堀子の髪から、ふわっととても甘く優しい、いい香りがした―――

そのいい香りに酔いしれていると、俺の唇に、一瞬“ヒヤッ”と冷たく、そして柔らかいものが触れる。

たぶんアイスを食べているからだろう。

それはだんだんと、次第に俺の唇の熱で暖かくなっていく―――


これが“キス”というものか……。


幸い(?)俺は男にしては身長がそこまで高い方ではないので、堀子が少し背伸びをすれば、二人の唇の高さが合う。

俺は初めての“キス”に、心臓が破裂しそうなほどバクバクしている―――

堀子も同じくドキドキしているのだろう、それが彼女の唇から伝わってくる。

ほんの数秒のことなのだろうが、俺はとても長い時間が流れている気がした―――

すると、次の瞬間だった。


 「――!?」


堀子が俺の口の中に舌ではない何かを入れてきた

俺はびっくりして、閉じていた目を開き、堀子と繋がっていた唇を離した。

俺の口の中に甘く冷たい“シャリ”としたものが入っている。

先ほどコンビニで買ったガリガリさんソーダ味だった。

突然のことに、俺はあたふたしながらいう。


 「……何してんの……!?」

 「えへへ、おいしかった?」


頬が赤く染まった顔でいたずらっぽく笑い、堀子が続けていう。


 「これで、ガリガリさんのソーダ味を食べるたびに、ボクとの初キスを思い出せるね!」

 「…………」


俺は嬉しさと恥ずかしさ、そして堀子の愛らしさで真っ赤になり、何も答えられずにそそくさと歩き出す。


 「ちょっと!何かリアクションしてよ!ボクめっちゃ恥ずかしいじゃん……!」


そういって堀子は俺のあとを追いかけてくる。

この数分であまりにもいろいろありすぎて、俺の頭の中はしばらく興奮状態だった。


その後、堀子とはまたいつものように、他愛もない話をしつつ歩いていく。

さっきキスをしたというのにも関わらず、普段通りの会話が続く。


歩き始めて20分ほど経ったであろうか、ようやく堀子の家の近くの路地までやってきた。

ここの先の突き当たりを左に曲がったすぐのところに、堀子の家ある。


 「それじゃあ、ここまででいいよ!」


堀子は俺の前で立ち止まっていう。


 「なんだ?もう目の前じゃん。どうせだし、そこまで送ってくよ」

 「いやぁ、それはありがたいんだけど、ほら……ママとかに見られると、何かとうるさいからさ」


――なるほど。

ということは、俺とのことはまだ親には話していないんだな。

俺はなぜか、ほんの少し残念な気持ちになった気がした。


 「そっか。まぁ、そういうことなら仕方ないな。んじゃあ今日はこれで」

 「うん、送ってくれてありがとう!あと、アイスとか……いろいろありがとう」


そういって堀子はまた顔を赤らめる。

それにつられて俺も少し顔が赤くなる。


 「おう。こっちこそ、いろいろありがとう。それじゃ、また明日」

 「うん、また明日!」


俺と堀子は、お互いに見えなくなるまで大きくバイバイと手を振って別れた。

さて、今からきた道を帰ると思うと億劫だが、今日はいろいろあったことだし、帰り道の“考え事”には困らない。

俺は幸せを噛み締めて帰路につく。

明日も、堀子と二人で宿題の続きをやる予定だ。



――翌日、俺は目覚ましをセットした時間よりも、少し早く目が覚めた。

たぶん、堀子と会うのが楽しみでしょうがないのだろう。

休日にどこか遠出して遊びにいく日は、決まって朝早く起きてしまうそれと似ている。


軽く朝食を済ませ、制服に着替える。

家を出る予定の時間まで、まだ少し余裕はあったが、家にいても特にやることがない。

たまには早めに家を出るのもいいかもしれないな―――


待ち合わせの時間よりも、20分も早めに学校についた。

堀子とは9時に待ち合わせをしている。

俺は教科書をひらき、昨夜あったことを思い出しながら、教科書を読み始める―――


気づくと、時間は既に9時10分を回っていた。

いつもは俺よりも早く到着している堀子なのだが、今日はなぜか遅れている。

――まさか寝坊でもしたか……?


俺は携帯を取り出し、堀子に電話をかけてみる。

すると、圏外トーキー(相手の携帯が圏外か電源OFFの時に流れるガイダンス)が流れてきた。


 『おかけになった電話番号は現在、電波が届かないところにあるか……』


電源が入ってない……?

まさかまだ寝ているのか?

それとも、今こっちに向かっている途中なのか?

例えそうでも、携帯の電源を切るだろうか……?


――まぁ、俺がいくら考えたところで、電話が繋がらないことには変わりはない。

俺は携帯をしまい、もうしばらく待ってみることにした―――


しかし、10分、20分と経過しても、堀子は現れなかった。

もう一度電話をかけ直してはみたが、やはりさっきと同じガイダンスが流れる。


――おかしい……。

堀子の身に、何かあったのか……?

俺は妙な胸騒ぎを覚え、堀子の家に向かった―――


途中で堀子とすれ違うこともなく、昨夜、堀子と別れた路地に着く。

すると、堀子の家の前に、一台のパトカーが停まっているのが見えた―――


なぜパトカーが……?

胸の鼓動が早まる中、堀子の家の前まで小走り気味に向かう―――


庭先には誰もいないようだ。

家の中だろうか……。

昨夜の堀子の言動から、両親に俺の存在を明かしていないのは確かだ。

だが、今はそんなことを気にしている余裕はない。


 “ピンポン”


堀子の家の呼び鈴を鳴らす。

すると、インターホンから女性の声が聞こえてきた。


 『……どちらさまでしょう……?』


インターホンから聞こえたその声は、とても重く、深刻な空気が伝わってきた――

その声で、俺の不安も余計に掻き立てられる……。


 「おはようございます、突然すみません。自分は堀内真美さんと同じ木下中学に通っております、奥田彰規と申します……

  ええと……失礼ですが、真美さんはご在宅でしょうか?」


相手に失礼の無い様、俺は知っている限りの敬語でインターホンに話しかける。

相手からの返答を待つが、しばしの無言が続く……。

すると、玄関の扉が開き、一人の中年女性が出てきた。


 ――この人が堀子の母親だろうか……?


その女性はとても暗い表情で“どうぞ”と、俺を家の中に招き入れた。

俺は失礼します、と軽くお辞儀をし門をくぐる――

招き入れられた部屋にいくと、男性の警察官二人が食卓テーブルのイスに座ってた。

父親らしき人物は見当たらなかったが、先日、父親が海外に出張すると堀子が言っていたのを思い出す。

テーブルには、警察官の物であろうボールペンやクリップボード、携帯電話などが置かれている。

母親らしき女性は、俺を警察官とテーブルを挟んだ反対側のイスに座らせ、彼女自身は俺の隣のイスに座った。


その女性は、やはり堀子の母親だった。

それと同時に、俺は信じられない事実を聞かされる。

なんと、堀子が昨日の朝、家を出てから帰っていないというなのだ。

今朝になっても堀子が帰らないことから、堀子の母親が警察に捜索願を出し、今に至るという―――


おかしい……

俺は昨夜、堀子を、この家の前の路地まで送っているのだ。

その路地からこの家まで50メートルあるかないか。

そこから堀子が、どこかへ出かけたとは考え難いのだが……。


俺は、昨夜彼女をすぐそこまで送ってきたということを話す。

それを聞いた警察官の一人が、俺に疑いの目を向けたようにいろいろと聞いてくる。


どういう道を通ってきたか――

誰かとすれ違わなかったか――

その時間までどこで何をしていたのか――

そしてそれを証明できるものはいるか、など。


警察官からの威圧的な質問に、俺は淡々と答えていき、それをもう一人の警察官がクリップボードに挟まれた用紙に記入していく。

と、その時だった―――

突然テーブルの上にあった携帯電話が鳴った。

すると、俺に質問をしていた警察官がそそくさと電話に出た。


――はい、はい、そうですか、はい、大丈夫です、はい、わかりました、などと相槌を打ちながら、10分ほどで電話は切られた。

すると、電話をしていた警察官が一呼吸置き、口を開く。


 「堀内さん、落ち着いて聞いてください。」


部屋に緊迫した空気が流れる―――


 「昔廃校になった遅沢小学校の跡地で、堀内真美さんのものと思われる遺体が発見されました」


その警察官が何をいったのか、それを理解するのに少々の時間を経た―――


数秒後、ようやく警察官の放った言葉を理解した。

全身から血の気が引いていくを感じる……。


 こいつは何を言っているんだ……?

 堀子のイタイが見つかった……?

 イタイ……?

 イタイってなんだ……?

 死んでいるという意味のイタイか……?

 堀子が……?

 あの堀子が……?

 いやいや、そんなわけがないだろ……?

 ていうか人違いじゃないのか……?


警察官の言葉に対しての疑問が、俺の脳裏を走り出す。

横に目をやると、堀子の母親は驚愕し泣き崩れている――ー

しかし、俺と堀子の母親を尻目に、その警察官は続けていう。


 「みつかった御遺体の所持品にあった財布から、真美さんの学生証が出てきたそうです。残念ですが、本人に間違いないかと……」


 間違いない……?

 堀子に間違いないだと……?

 ふざけるな……!

 そんなことがあるわけないじゃないか……!

 だって堀子は……堀子は昨夜まで、あんなに元気でいたじゃないか……!

 俺と一緒に宿題をしていたじゃないか……!

 俺の隣で笑ってアイスを食べていたじゃないか……!

 俺にキスをしてくれたじゃないか……!

 その堀子が……?

 なぜ……?


パニックで頭の中が真っ白になってゆく―――


―――まて……落ち着け、落ち着くんだ……!

こんなときこそ冷静にならずにどうする……?


俺は自分に言い聞かせ、何度か深く深呼吸し、可能な限り気持ちを落ち着かせる―――

隣で泣き崩れている堀子の母親の背中をさすり、警察官に事の詳細を尋ねた。


警察官からの話はあまりにもショッキングな内容だった……。

まず、堀子の遺体は手足が縛られており、着衣の乱れから強姦されている可能性があるということ―――

そして、首にも手足を縛ったものと同じ紐が巻かれており、その紐で絞めた跡があることから絞殺されたということ―――

堀子の遺体のすぐ側で男性の首吊り死体があったこと―――

その男性の死体の足元に『ぼくがやりました ごめんなさい』と書かれた紙があったこと―――


見つかった二人の遺体は、このあと鑑識に回され、更に詳しい結果が出されるという。

堀子の母親は耐え切れず、話しの途中で部屋を出て行ってしまった。

ここまで話を聞いても、俺の中では何ひとつとして実感できてはいなかった……


俺はその後、警察官によって、パトカーで家まで送ってもらった。

家に着き、自分の部屋に入りベッドに腰掛ける。

頭の中は、まだ放心状態が続いている―――

その日の夕方には今回の事件が大々的にニュースで報道され、それを見ていた俺は、次第に“堀子の死”を実感させられていく――

それから俺は、まともな食事や睡眠が取れず、自分の部屋のベッドで横になったままでいる。

なにもかもが静止したこの部屋で、ただ時間だけが過ぎていった……


事件から2日後の朝、警察から鑑識の結果が出たとの連絡があった。

簡潔にまとめるとこうだ……


堀子の死亡推定時刻は、遺体発見前日の夜11時前後。

事件現場は、堀子の家から歩いて10分程度の場所にある遅沢小学校の廃校跡地。

堀子の体内からはオレンジジュースと睡眠薬が、そして下腹部から男性の体液が検出された。

DNA鑑定から、その体液は首吊り死体の男性のものと判明。

死亡推定時刻から約4時間ほど前に、堀子が携帯電話で誰かと話しながら家の前を通り過ぎていったのを近所の住民が目撃。

しかし、そのとき堀子が使っていた堀子の携帯電話がまだ見つかっていない。

そして何より驚きだったのが、首を吊っていた男性は、堀子と同じクラスの落合隆夫だということがわかった―――

落合隆夫は、中学生とは思えないほど大きな体格で、知的障害のある生徒だ。

普通のコミュニケーションは問題なくできるのだが、小学1~2年生程度の知能しかないという。

筆跡鑑定から、落合の足元にあった紙は落合自身が書いたものと断定。


以上のことから、あの晩、俺と別れた堀子は、落合から呼び出しの連絡が入り遅沢小へ向かう。

そこで睡眠薬が入ったオレンジジュースを飲まされ、眠りにつく。

目を覚まされた時のことを考え、落合は堀子の手足を縛り強姦する。

その後、事件発覚を恐れた落合は堀子を絞殺。

冷静になった落合は、自分でやったことに恐怖を感じ、その場で遺書を書き自殺をする―――

と、これがおおよその事件の全貌ではないかと予想されたそうだ。


しかし、知的障害のある落合に、そこまで出来るほどの知恵があったかどうか。

堀子の携帯電話がどこへいったのか。

そして落合と堀子にはどういう関係があったのか。

現在の状態では、いくつかの謎が残ったままの状態であるという。

それを聞いた俺は、ただその場で泣き崩れることしかできなかった―――


どれほど泣いていただろう、気づくと俺は眠ってしまっていた。

外は明るく、時計を見ると午前9時を回っている。

丸一日寝ていたのか……。


事前に堀子の母親から連絡があり、その日は堀子の葬式が行われる予定であった。

俺は顔を洗い制服に着替えてから、水をコップ一杯だけ飲み干し、家を出た―――


葬儀場につくと、大勢の参列客がいた。

堀子の父親はある企業の社長だという話を聞いたことがある。

たぶん、その関係者らしき人達と親戚、そして堀子のクラスメイトや担任、学校の職員たちもきていた。

その中に堀子の母親と一緒に父親らしき人が一緒にいるのを見つける。


挨拶をすませ、俺は堀子と、あの日――キスをした日以来の対面を果たした。

堀子は棺の中で、沢山の花に囲まれながら、白装束に身を包み安らかに眠っている。

近づいてみると、堀子の顔には、いくつか小さな傷があった。

しかし、その寝顔は、声をかければ今にでも起きてきそうなほど奇麗だった―――

堀子の顔を見た瞬間、また涙が溢れ出す。

冷たくなった堀子の頬にそっと手を差し伸べ、俺は頭の中で堀子にいう―――


 堀子、ごめんな……

 あの日、俺はお前を守ってやれなかった……

 彼氏として、何もしてやれなかった……

 あのとき、お前のいうことを押し切ってでも、家の前まで送っていくべきだった……

 俺のせいでこんな姿になってしまった……

 不出来な彼氏でごめんな……

 本当に……本当にごめんな……


俺は、自分が何もしてやれなかったことを心の底から何度も何度も堀子に詫びた。

今の俺には、そうすることしかできなかった―――


告別式も終わり、あとは出棺、埋火葬を残すだけとなった。

しかし、今の俺には、火葬により変わり果ててゆく堀子の姿を見れる自信がなかった。

俺は埋火葬には参加せず、葬式が終了した時点でその場を後にした―――


堀子という大きな存在を失い、心に大きな穴が開いてしまった。

俺はその寂しさを紛らわす為、堀子と過ごした思い出の場所、学校の教室へと向かう―――


俺は教室に着き、窓を開けた。

開けた窓からは、涼しく心地のいい風が教室に入り込んでくる。

もちろん、そこに堀子の姿はない―――

俺は自分の机に座り、窓の外を眺めながら物思いにふけていく。


俺はこの先、どうして生きていけばいいのだろう―――

何を心の支えに生きていけばいいのだろう―――

どうして堀子だったのだろうか―――

どうして堀子が殺されなければいけなかったのだろうか―――

どうして俺には何も出来なかったのだろうか―――

俺に出来ることは本当に何も無かったのだろうか―――


俺の感情は、次第に悲しみから恨み、怒り、憎しみへと変わってゆく……。


落合隆夫……

なぜ逃げた……!

なぜ自殺した……!

お前が憎い……!

憎くて仕方が無い……!

お前が生きていれば……この手で、お前を殺してやれたのに……!!

そうすれば、俺のこの遣る瀬ない気持ち……やり場のない怒り……そして憎しみも……まだ少しは楽だったかもしれないのに……。


でも、そんなことをしても、たぶん、殺された堀子は何も喜ばないだろう……。

彼氏が殺人犯だなんて、そんなの嫌だもんな……。


堀子……

堀子に会いたい……。

もう一度だけでもいい、堀子に会いたい……。

そしてこの手で強く抱きしめたい……。

しかし、その願いはもう、永遠に叶うことは無いのだ―――

また自然と涙があふれてくる。


堀子のいない日々が、これほど辛く苦しいものだったとは思いもしなかった。

こんな気持ちで、俺はこの先、生きていけるのだろうか。

堀子のいないこの世界で生きていくのが辛い。

ならばいっその事、俺も首を吊ってしまったほうが楽なのではないか?

それに、死んでしまえば、また堀子に会えるかもしれない。


――そうだ、そうじゃないか。

こんな辛い思いをしてまで生きていく意味が、今の俺にはない―――

だとしたら、場所はどこがいいだろう。

やはり、堀子の殺されたあの場所だろうか。

そこで俺も死ねば、また堀子に会えるかもしれない……。

たとえ自分の命を代償にしてでも、堀子に会うことができるのならば、俺は喜んで死を選ぼう―――


俺は自らの死を決意し、教室を出ようと立ち上がった。

その時だった―――

“カチャ”と何かが床に落ちる音がした。


 ――なんだ?


俺は机の下を覗く。

すると、そこには堀子がくれたストラップが落ちていた。


 ――なぜこんなところに……?


あのときは確か、もらったあとすぐ鞄に入れた筈。

その後は取り出すのを忘れていて、今もその鞄に入れたままの状態だ。

その鞄も、今は俺の部屋にある……。


 ――何かの拍子に、俺のポケットにでも入ったのだろうか?


俺はそれを拾い、ポケットにしまおうとする。

すると、先ほど開けた窓から、少し強い風が教室へと吹き込んできた。

不思議なことに、俺は一瞬、その風の中に甘く優しい匂い――あの時の堀子の匂いを感じた―――

それと同時に、教室の壁に貼られた、いくつかのポスターが風に煽られ、一枚が剥がれ落ちた。

見ると、そのポスターは悩みのある生徒に対して自殺防止を訴えかける内容のものだった。

突然のことで俺は驚き、思わず声を出して堀子の名を呼んだ。


 「――堀子?いるのか、堀子!?」


あたりを見回すが誰もいない。

思わず、目からはまた涙がこぼれる―――

だが俺は、確かにそこで、いるはずの無い堀子の気配を感じたのだ。


ワイシャツの裾で涙を拭い、もう一度、床に落ちたポスターに目をやる。

誰もいない教室で、いるはずの無い堀子に向けて、俺はいう。


 「ごめんな堀子……!そしてありがとう!俺はもうちょっとで間違った道に進んでしまうところだったよ」


たまたまそうなったのか、それとも、本当にそこに堀子がいたのかはわからない―――

だが、俺には一つだけわかったことがある。


それは……“堀子は俺の自殺を望んでいない”ということだった。


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