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希望と絶望の等価性  作者: まもり
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~プロローグ~

あれは十三年前…当時、俺がまだ中学二年の頃の話だ。

季節はそう、梅雨もまだ抜け切ってないくらいのジメジメとした夏のはじめごろ。


学校が終わっても特にやることが無い俺は、いつものように放課後の教室でダラダラとライトノベルなんかを読んでいた。


――ガラッ……


そこへ一人の少女がやってきた。


 「や、授業おつかれ!」


隣のクラスの堀内真美だ。

一年の頃は同じクラスだったのだが、二年になってからクラスが別れてしまった。

彼女は何が面白いのか、放課後になるといつも俺のいる教室……正確には俺のところにやってくる。

こいつもそうとう暇なやつなのだろう―――


 「おう、おつかれ」


俺はライトノベルから目を離さないまま返事をする。


 「また小説読んでるの?」

 「うん」

 「奥田ってほんと本好きだね」

 「本面白いよー?堀子もたまには本でも読めば?」


“堀子”というのは、堀内真美のあだ名だ。

どこから“子”がきたのかは謎だが、みんなにそう呼ばれているようで、俺もいつからかそう呼ぶようになった。

俺たちは、いつもこうした他愛もない話をしながら、二人だけで放課後の教室に居座るのが日課となっていた。


 「ちゃんと本読んでるよ!どっちかっていうとボクは漫画だけどね」


堀子は自分のことを“ボク”といい、黒髪でショートカットの少しボーイッシュな雰囲気の少女だ。

成績はあまりよろしくないのだが、彼女はそれなり……いや、かなり可愛い顔立ちをしている。

細い体つきだが、女子の中では身長が高い方で、いつでも明るく元気が取り柄といった感じの女の子だ。


彼女とはこの中学で知り合ったばかりなのだが、俺の何が気に入ったのか、はじめから気さくに話しをかけてくれていて、

人見知りの俺でも、彼女と馴染むのにそう時間はかからなかった。


いつものようにだらだらと雑談をして、時刻ももうすぐ六時になるころだった。

他の生徒は皆既に残っておらず、教室は俺と堀子の2人だけになっていた。


すると、堀子がふと思い出したかのようにいう―――


 「あ、そういえば……ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」

 「ん、なに?」

 

珍しく改まった感じの堀子の問いかけに、読んでいたライトノベルから目を離す。

堀子が少し真剣な眼差しで俺をみている。


 「奥田って、好きなコいたりするの?」


―――いきなり何てこと聞いてくるんだ……。


 「え……なんで?」

 「ん、ちょっと気になってね」


ちょっと気になると言われても……。

唐突な質問に、俺はなんて答えていいか判らず、しばし沈黙が続く―――


しかし、冷静になってよく考えてみよう。

普通、こういう質問をするのは、自分が相手に対してある程度の恋愛感情があるからこそできる質問なのではなかろうか?

つまり、今俺が考えた結果では“堀子は俺に気がある”という結論に辿りつく。


―――だからといって「俺が好きなのは堀子だよ」なんて、単刀直入に言えるほど単純には出来ていない……。


 「まぁ……いるっちゃいるね」


あやふやな返事で場を濁そうとする俺――

だが、堀子は更に追求してくる。


 「へぇー、いるんだ!だれだれ?同じクラス?」


堀子はニヤついた表情で、きらきらと目を輝かせながら顔を近づけてくる。


―――クソ、そんな可愛い顔でこられたらまともに目を見れないじゃないか……。


 「違うよ、クラスは堀子と同じ……ってか教えないから!」

 「なんでよ!ボクと奥田の仲じゃん!もうここまで言ったら教えてくれなきゃでしょ!」


ほんと、女子ってのはこういう色恋沙汰の話になると急に活き活きしだすから困る……。


 「んじゃあ、明日教えるよ……」

 「なんで明日なのさ?明日も今日もほとんど一緒じゃん!」

 「全然一緒じゃねーべや。明日なら教えるけど、今日は絶対教えない」

 「えー……じゃあ明日でいいから、ちゃんと教えてね!」


堀子は、俺の発表が明日に引き伸ばされたことによる残念な気持ちと、その結果が知れるワクワク感で複雑な表情でいる――

好きなコに自分の気持ちを打ち明けるのに、そんな数分程度では心の準備ができやしないのは当然。

むしろ一晩でも足りないくらいだ。


 「おう、明日の放課後になったらちゃんと教えるよ。てか、今日はもうそろそろ帰ろうぜ?帰りにコンビニ行きたいんだ。」 

 「楽しみにしとくよ!コンビニはいいけど、何買うの?」


俺は荷物を鞄に詰めながらいう―――


 「ウェハースだな」

 「え、奥田ってウェハース好きなの?」

 「いや、別に好きじゃない」

 「ふーん……よく分からないや」

 「まぁ、男にはいろいろあるんだよ」


俺と堀子は教室の戸締りを確認し、電気を消して廊下へと足を運ぶ。


 「じゃあ付き添い代としてボクにアイス奢ってね!」

 「まぁ、いいけど……1個だけね」

 「ボクそんな何個もアイス食べないから!」


堀子は少し困った表情でツッコミを入れてくる。

こうしてからかってるときの堀子も可愛い―――


コンビニに着いた俺たちは、それぞれ目当てのものを選ぶ。

俺はウェハース4つを手に取り、堀子のいるアイスコーナーへ向かう。


 「どれにするかまだ決まらんのか?」


何やら悩んでいる堀子に尋ねる。


 「ん~、買うアイスは決まってるんだけどね……」

 「じゃあ何を悩んでるんだ?」


堀子は“ガリガリさんソーダ味”なるアイスを3~4本並べて睨んでいる―――


 「どれに当たりが入っているのか選別してるんだよ」


――なるほど、確かにそれは誰でも悩むところかもしれない。


 「これ、なんかガリガリさんの絵がゆがんでないか?もしかしたら当たりかも?」


俺はただの印刷ミスのゆがみであろう“ガリガリさんソーダ味”を指差していった。


 「ほんとだ……!じゃあボクこれにしてみるかな!」

 「おう、それ当たりに違いねーべ」


俺たちは会計を済ませ店を出る。

“ガリガリさんソーダ味”を堀子に渡すと、堀子はありがとう、と最高の笑顔を見せてくれた。

この笑顔が60円やそこらで買えるのなら散財するまで買ってやっても損ではないかもしれない。


コンビニの外にある低い塀の上に座り買ったものを食す。


 「てか、堀子いつもそのアイス食ってるね」


堀子とコンビニにくるといつも“ガリガリさんソーダ味”を買っている記憶がある。


 「だっておいしいじゃん?しかも安いしね!奥田も食べる?」


そういって堀子は食べかけのガリガリさんを俺に差し出してくる。

―――おいおい、それじゃ間接的にアレじゃないか……?

食べたいという気持ちはあったが、やはり好きなコを相手にそういうことは少し照れてしまう。


 「いや、大丈夫。俺アイス食うと腹壊す性質なんだ」


そういって堀子のアイスを断ってはみたが、断ってから少し後悔していた―――

ある程度話をして、今日はもうお別れの時間だ。

また明日、とお互いに別れを告げ、帰路につく。


堀子の“ガリガリさんソーダ味”はハズレだった。



家に着き、俺は家族と軽く夕飯を済ませ風呂に入る――


明日はなぜか、急遽告白という流れになってしまったが、実感が沸かない……。

“堀子も俺のことが好きなのかもしれない”という憶測だけで、こんな約束しても良かったのだろうか……。


まぁ何はともあれ、約束してしまったものは仕方がない。

明日、俺は堀子に告白することを決意した。



 ――翌日――


一日ダルかった授業の終了を告げるチャイムが校内に響き渡り、他の生徒達は部活や帰路に着く為、教室をあとにする。


とうとう運命の告白タイムがやってきた。

何とも言いがたいタイプの緊張が俺の全身を駆け巡って落ち着かない。


そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、堀子がやってきた―――


 「やぁやぁ!ついにやってきましたよ、放課後が!」


いつにも増してテンションの高い堀子――

その手には堀子のクラスの出席番号表が握られていた。


 「口では言い難いだろうから、せめてものボクの気遣いだよ!」


そういって堀子は俺の机に出席番号表を敷く。


 「おう、今日はずいぶんと気が利くな」

 「“今日も”の間違いでしょ」


さて、いよいよ公開処刑の始まりだ……。


 「じゃあまず、ここからここまでに、その人はいますか?」


堀子は、その表の1から15番までの範囲の名前を、両手の人差し指で区切り質問してくる。


 ――彼女のクラスには生徒が31人いて、堀子はその31番目の生徒だ――


なるほど、誘導尋問か……。

堀子のその顔はとても楽しそうで活き活きしている。


 「そこにはいないな」

 「てことは、ここからここまでの人だね」


そういって堀子は、16~30番までの範囲を指で区切る。


 「おい、それじゃあ堀子が入ってねーべ」


俺はすかさず指摘する――


 「あぁ、ボクの名前は別にいいかなーって思ってね」

 「堀子だけ仲間外れにするわけにゃいかねーっしょ?」

 「たしかにそうだね!」


ある程度カンが鋭い人間ならば、この時点でだいたいの予想はついてもいいと思うのだが、

堀子はまだ気づいた感じではないようだ。


 「そうだ、発表の前に俺からも質問!なんで急に俺の好きな人なんて聞いてきたんだ?」


堀子は少し考えてから口を開いた。


 「……実はね、ボクのクラスのコで、奥田のことが好きだっていうコがいるんだけど……

  ちょっとそのコに、今奥田に好きな人いるのか聞いてきてほしいって頼まれちゃってさ」


そういうことか……。

なんともひどい勘違いである。

“堀子も俺のことが好きなのかもしれない”なんて、自惚れもいいところだ……。


 「なんか……ごめんね……?」


俺はよっぽどショックな顔をしていたのだろう――

その空気を読んだのか、堀子が謝り出す。


もしこの状態で俺の気持ちを堀子が知ったら、堀子はどう思うだろうか?

今まで“仲のいい友達”として接してくれてきた堀子。

俺の本当の気持ちを知ってしまったら、堀子はもう、俺の元から離れていってしまうかもしれない……。

急な展開は純粋な俺の心を悩ませる……。


――もういい、面倒だ。

俺は今日言うと決めたのだ。

今更、予定変更なんて男じゃない。

うじうじしててもしょうがない。

こうなりゃダメ元でぶつかっていくしかない。


 「俺が好きなのは……こいつだ。こいつ一択。それ以外は認めねぇ!」


俺は半ばやけくそになり、少し荒ぶった声で出席番号31番の“堀内真美”を指した。


堀子も突然の告白に思考が停止しているのだろう、出席番号表を見つめたまま動かない。

二人の間にしばし沈黙が続く――


ようやく整理がついた堀子が、目だけをこちらに向けていう。


 「え、ボク……?」


堀子は怪訝顔でじっとみつめてくる。

俺は無言でうなずく。


 「そっか……由希ちゃんだと思ってた」


由希……たぶん“坂元由希”のことだろう。

坂元由希は奇麗な顔立ちで頭が良く、学年でもトップに入る頭脳の持ち主なのだが、物憂げでどこか陰のある、そんなタイプの女子だ。

彼女はここ1~2週間ほど前から俺にラブレターを何度か送ってきていた。

一年の頃は俺も同じクラスだったが、会話らしい会話をした記憶もなく、特に興味がなかった俺は、

坂元由希からのラブレターには一度も返事をせずにいた。

たぶん、そういう流れから、今回、堀子に俺の“好きな人調査”を依頼したのだろう……。 


まぁ、今はそんなことはどうでもいい……。

勘違いからの告白に、もう終わりだなという覚悟を決めた俺は、そのまま席を立ち教室を出た。

はぁ……堀子と出会って共に過ごしたこの1年ちょい、本当に楽しかった―――


とても短かった青春の思い出を噛み締め、哀愁に浸りながら、どこへ向かうわけでもなく廊下を歩く。

―――隣の堀子のクラスにふと目をやると、そこに坂元由希の姿があった。

なるほど、結果待ちといったところか……。


すると、教室から堀子が出てきて俺を呼び止めた。


 「奥田!」


俺は立ち止まり、無言で振り向く。

堀子が小走りで近づき、俺の耳元でささやいた――


 「ボクたち、両想いだね」


――両想い……?

突然のことで、俺も思考が停止する。


 「えっと……つまりどういうことだ?」


ぽかーんとしたマヌケ面で聞き返す俺。

堀子がやや頬を赤くし、それに答える――


 「ボクも奥田のことが好き!何度も言わせないでよ、恥ずかしいじゃん」


堀子と出会って一年と三ヶ月。

これまでに見た中で、一番最高の笑顔だった―――



―――それから俺たちは、どちらかが付き合おうと言ったわけでもなく、自然の流れで恋人同士になっていた。

俺と堀子は毎日毎日、ずっと一緒の時間を過ごしていた。

何かをするわけでもなく、ただ一緒にいるだけで幸せだった。

こんな毎日が、この先もずっと続くものだと思っていた―――



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