35.ルチェル、孤児院慰問
王家の紋を象った豪奢な馬車が、これ見よがしに通りに止まる。孤児院は、本道と隔てられた細い畦道に建ってるから……こんなので乗り付けられても邪魔なだけよね?わかるわ。
でも嫌な顔なんて見せちゃいけない。
お貴族様、ましてや王族なんて怒らせちゃあ諸共吹き飛ぶ存在だもんねぇ。
ああ、やだわ。あたしったら、思考が下町どころか貧民街の子のようよ。
今は侯爵。いずれは王子妃なのに! 育ちは隠せない……いいえ、隠すわ。
「皆様、ご機嫌よう 」
院前に居並ぶ顔色の悪い貧弱な子達に甘い笑みを見せるわ。
親のいたあたしだけど、孤児院の子達より酷い扱いされてたわよ?
こいつらも、あたしを見下してた。
貧民は貧民で自分よりも下を作るのが上手いのよ。
痩けた院長が出迎えてくれる。
「ようこそ、いらっしゃいました! なんと美しいお姫様が我が孤児院にお越し下さるとは、いやはや」
あら、院長だけは肥え太っているものじゃないの。
「そうよ、お姫様よ。私は王子様の婚約者なんだから」
時期に王子妃、そして王妃 ‼︎
「うっそだぁ、王子様の婚約者はフィルトーレ様だよ。お優しくて綺麗なんだぁ」
「だよね〜、こんな肌寒いのに外で待たせるとか何様……」
無礼な物言いに私の背後にいる騎士が動く。
青くなる院長。
フィリアなら馬鹿だから、こういう時は目線で止めそうよね。でも、私は許さないわ。
だって優越感に浸りにきたのに、ここに来てフィリアの名前を聞かされるなんて不愉快極まりない。
相応の罰が必要よ。子供だからって許される世界で私は生きてない。
「ひっ、いたーいっ‼︎ 」
無礼な子供が騎士に腕を掴まれ無様な悲鳴をあげる。
「王族への無礼な発言は子供とは言え許されたものではない。鞭打ちを行う。連行させてもらう 」
「恐れながらルチェル様 」
発言の許していない侍女頭が、口を挟む。
「子供とは言え、何も知らなかったでは済まされない無礼ではございますが、何分往来には人通りもあり、ここでルチェル様の寛容さを誇示されれば名声が昇るのでは 」
ふーん?罰しちゃいけないて?
ふと、目線を往来にやると遠巻きにこちらを見ていた貧民がざわつく。
「わかったわ。(腹立つけど)許してあげる」
「あぁ‼︎ なんと慈悲深い王子妃様だ!」
院長が土下座せんばかりに私を褒め讃える。
まぁ、悪い気はしないわね。
ムカつく子供は抑え付けられた腕を押さえて、怯えている。
いや、今更でしょう?
「入るわ 」
いつまで外に立ってなきゃいけないのよ。
案内されて入ると暗く湿った室内。
暖炉の火は燃えているけれど、寒々しい。
長居は無用ね。
「院長 」
「は、はい!」
「お菓子を持ってきたの。皆さんで食べてちょうだい」
「あ、ありがたき…… 」
皆まで言わせず
ガタッ‼︎ 一際大きな音がし、松葉杖の少女が倒れる。
汚い木床に這い蹲り震えている。
つまらないいじめね。
何を思ったのか手を貸す。
「っ。あなたーー」
火傷。引き攣れた醜い跡が露出した腕や顔、至る所に現れていた。
訝しげな顔になったからか、少女がボロ切れを頭から被り
「も、申し訳ござ……あ、あたし、醜くて、あた、ご、ごめ……なさ、い。打たないで、打たないで……」
這い蹲り震えながら請われる。
「打たないわよ。打つなら、お前を突き飛ばしたあの子を打とうかしら?」
視線を遣ると、無様に悲鳴をあげる、少女。
騎士が動こうとするが
「嘘よ」
危ない、危ない。寛容さを示すのよね。
「痛ましい傷ね。どうなさったの?」
元はそこそこ整っていただろう火傷の少女に問う。
「あ。ああっ。ああああっ。ぐすっ、ううっ、ずびばぜん!あ、あたし、ほ、放火で。うううっ」
顔を見せる事なく泣きじゃくり要領を得ない。
「10年程前に夜中に家を放火され、全ての家族を喪い、火傷で重症を負いながらも、この子だけが生き延びたんです」
院長が言葉を続ける。
へえ?
死んだ方が良かったかもしれないわねぇ。
今の状態を見ると。
「そう、お可哀想に。犯人は捕まったのかしら?」
「いえーー。小柄な姿が走り抜けたのを見たとかこの子が言うのですが……」
「そう。今は生きている事に感謝して、お菓子を持ってきたから食べなさいな」
私の言葉を聞いて侍女がそれぞれの子達に菓子を差し出す。
「ルチェル王子妃様からの施しです。心して頂く様に」
あら、御披露目前だけどその呼び名は気が利くわね。
「お前、名前は」
「アン・サルージと申します」
「覚えておくわね」
「有難き幸せでございます」
深々とその場で礼をする侍女に愉悦が満たされる。
やっぱ皆、傅いてくれないとね?




