31.公爵令嬢、退場 Ⅰ
憤慨して今にも王に掴み掛かりそうなお父様、青い顔をしながらも毅然と私を見据えるお母様、扇を持つ手が小刻みに震えているわ。
不肖の娘でごめんなさい。こんな簡単に足元を掬われるなんて。
権謀術数は苦手なの。
お兄様は他国に留学中で良かった。
公爵令嬢らしくない振る舞いにはとても厳しい方だから。でも同時にとても優しい方だからーーここに居なくて正解ですわ、お兄様。
伯爵夫人、目元が濡れてらっしゃるわ。
人一倍お優しくて温かな方。
派閥の皆様方の心配そうなお顔に、見限る様に遠ざかる方々も。
政敵の方々はーーあら、やだ。
ここ最近ではお目に掛かれない様な満面の笑みに不服そうなお顔も。
結局は、フィルトーレ公爵家は私一人が堕ちる事で何も変わらない。権勢は衰えないし、優秀なお兄様がいるから安泰ですわ。
私は禁錮後、表立っては社交界に出る事も学院に戻る事も許されない。貴族の間では婚約は疎か婚姻も不可能だわ。
家族に迷惑を掛けて掬われてしまうのは辛いわ。
でも、肩の荷が降りたのも事実。
私は衛兵に左右を固められながら、王子の燃え盛る様な熱の籠る瞳に睨まれ…口角を上げ、微笑み返しましたわ。
元から好かれてはないと思っていましたが、いつの間にこんなに嫌われてたのでしょうか。
不思議です。
私は嫌いではないのですよ。
好きではありませんが。
ルチェル様とお幸せに。
そういった意味の笑顔ですわ。
伝わるかしら。
貴族達には、公爵令嬢としての矜持を兼ね備えた極上の笑みを。
お父様、お母様、心配なさらないで。
私は大丈夫です。
温かな笑顔を。
そしてーーっ。
ソーヤ…不甲斐ない主でごめんなさいね。
もう、私に構わなくていいのよ?
帰る国があるのでしょう?
物言いたげな笑顔になりました。
でも、ソーヤはとても感がいいから伝わるでしょう?
ーーと‼︎
私は退出の際に有終の美を飾れませんでしたわ。
ソーヤ…あなた、元々表情が出ないと思っていたけど怒ってる? 怒ってるわね⁉︎
水色の双眸が開かれ、静かなる圧を感じます。
ああ、背筋が冷たくなってきたわ。
多少、引きつった顔になってしまいましたが王と王妃に礼を尽くし審問の場を後にしました。
灰色と黒と白の石で床から柱まで作り上げられた荘厳な裁きの間。
もう二度と呼ばれるのは、ごめんですわ。




