17.ルチェルの回想 Ⅱ
火の手が上がる。
木くれや土塊で出来た家とも呼べない小屋は瞬く間に勢いよく燃え上がる。
汚いものでも、燃える瞬間は紅く黄金色で美しい。
痕跡を残さない為に、あたしもここで死んだ事になる。
悲劇の一家だーー。
目に涙が濡れるのは仕方ない。
人が来ない内に走り去る。
無い体力で全力で走るから、直ぐに心臓が悲鳴をあ
げ喉奥から器官にかけて、ヒューヒューと音をたてる。
下腹部が捻れる位、痛い。
当たった?
最後まで、置き土産??
祟ってくれるわ。
一目につかない様に街道を避けて、森の中を一心不乱に走り続ける。
下腹部の尋常じゃない痛みに脂汗が噴出して、寒気が止まらなくなる。
膝を付いて呻いた。
七転八倒の苦しみ。
吐いて、くだして、露出した腕を胸元を掻き毟る。
声にならない声をあげて、のたうちまわる。
からからに乾ききり、お情けの胃液に喉が焼かれて
更なる辛さを味わってた。
生き直しだからーー。
素敵な門出にはならなかったけど。
私は涙と涎を流しながら笑っていた。
これは、禊ぎだから。
あたしを捨てて私になる為の。
痛みを脱して、脱水症状も越えられてたら
私のその先の人生はーー
勝ちでしかないから。
翌日、生きてた私は、川に入った。
盗んだ石けんで汚れを洗う。
汚泥が流れる。
黒い水がつたう。
姉妹や兄弟より汚れてたのは自衛よ。
だって私、貧民街の子とも思えない程、造作は整っていたから。髪色だって珍しい色だった。
それから、盗みを繰り返して生き存えた。
当時三十代の若さで妻を亡くしたリモーネ男爵に
出会ったわ。
彼の馬車に轢かれてあげたのーー。
そこからは、記憶喪失のふりをして取り入ったわ。
養女になって貴族の仲間入り。
溺愛してくれたお父様は、養女なんかでなく、私を別に産ませて引き取った事にして下さったわ。
日和見だけど素直で優しくて、弱いお父様は御しやすくて大好きだわ。
これからも、私の邪魔をしないでいてくれたら
甘い汁を吸わせてあげるわ。
ふっふふふっ。
嫌ね、忍び笑いが漏れちゃうわ。
ふっふふふっふっ。
忌々しいリトレイア公爵家令嬢。
屈辱に歪んだ、貴女のお顔が見たいの。
ふふっ。
全てを持って産まれた、私の憎悪の対象。
「あぁ、早く……。」
死んでくれたら、いいのに。
声に出さずに呟いて私は笑う。
可愛らしく、無邪気で、王子様の保護欲対象になる様なルチェルに戻る。
「お慕いしておりますわ、アランド様。」
声に出し、頬を赤らめる。
静かに入ってらっしゃったアランド様が、背後から私を優しく抱き締めて下さいます。
「私のルチェルは、何を可愛い事を言ってくれているの?」
王子の薄い唇が甘く、私のうなじに落とされます。
細くて長い節のある指が、私の唇に触れて愛撫して下さる。
「アランド様……私は貴方に会う為だけに、産まれて来たのですわ。」
潤んだ瞳から、涙が一雫流れます。
「誰よりも、貴方だけですわ。私には。貴方だけなのです。アランド……。」
最後まで、言わせてもらえませんでした。
切な気に王子の瞳が揺れ、引き締まった唇が開けられ私の唇に覆い被さりましたもの。
私の固まった心も王家の方に寄って多少、解してもらえるかもしれませんわ。




