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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界の巫女

巫女の独白

作者: ココノエ

私は、何処でどの選択を誤ったのだろう。

これがゲームなら、何度だってやり直しが出来るのに。

これが夢なら、目を覚まして平凡な日常に戻ることが出来るのに。

でもこれはゲームじゃない、夢でもない。そう信じていたかった哀れな女の現実。今更後悔したってどうにもならない。何時だって気付くタイミングはあったのに、何時だって失敗を取り戻すチャンスはあったのに、私は何もしなかった。思考を放棄した。


きっと私は幾多の選択を誤った。

これがゲームだ、夢だと信じて、主人公らしく振舞った。

これは、私のための物語なのだと、信じて疑わなかった。


私の最大の誤り。

それは、彼に全てを委ねてしまったことだろう。





そこは、魔物蔓延る暗澹たる世界だった。血生臭さと腐臭に満ちた、希望の尽きた場所だった。

人々は安息に飢えていた。魔物を無限と生み出す魔境を破壊し、世界を救う救世主を必要としていた。だから、諸国を治める長達が禁忌と呼ばれる術に手を出したのも、仕方がない状況だったのだろう。

その禁術の末、大学生活を謳歌していた私が彼の地に呼び出された。


異世界の巫女。

それが私に与えられた唯一の名前だった。


浄化の旅と称して魔境へ旅立ったのは私を含め4人。何処かの強い騎士、魔道師、弓使い。

最初は、ぎこちないながらも彼らと良好な関係を築けていたように思う。けれど、その時の私はどうしようもない勘違い女で、偽善者で、途方もなく無知だった。何度その場の空気を凍らせ、彼らを苛立たせたことだろう。強大な癒しの力を持つ私は、驕っていたのだ。自分が物語の主人公だと思い込んだせいもあって、私の傲慢ぶりには拍車がかかっていた。

魔境に近付けば近付く程に、私と彼らの距離は遠くなっていった。


そうして沢山のものを拗らせた私は、分かってもらえない、受け入れてもらえないと、孤独を感じるようになった。

今思えば、悲劇のヒロインぶるただの厄介な女だっただろう。

見えない亀裂をそのままに私たちの旅は続いた。そんな歪んだ関係を一息に崩したのは、とある雨の日のこと。

魔境に随分と近付いた私たちが辿り着いたのは、とある小さな村。村はひっそりと静まり返り、悲嘆に暮れていた。魔物が溢れているこの世界では珍しくもない鬱々とした空気が漂う。近くに住み着いた魔物に怯えながら暮らしていると誰かが涙ながらに訴えた。私は何時ものように偽善を翳し、この村近くに住む魔物を倒そうと言い出した。


「お前は一体何時になったら学習するんだ。元を断たなければ意味がないと言っているだろう!」


粛々と従っていた当初と異なり、最近はそうやって騎士が反論するようになっていた。


「まぁそうかっかしないで。でも今回ばかりは…巫女様、ごめんなさい。今の私たちには休息が必要だと思います」


平素であればお人好しの弓使いが間に入り、討伐隊へと転じるのだが、長旅と長雨に疲れきった今回ばかりは騎士に同意せざるを得なかったらしい。魔道師は中立、と言うよりは好きにしろといった体が常であったが、この時ばかりは反対と意見を示した。


「魔物は龍のような姿形をしていたと聞く。備えもなしに行くのは無謀だ」


全員が全員、疲弊しきっていた。私も例外ではなかった。だから、私は3人の言葉に過敏に反応してしまったのだ。

私は湧き上がる涙を堪え、駆け出していた。後ろから制止する声と足音が聞こえたのは覚えているが、どうやって彼らを撒いたのかは覚えていない。気が付けば、私は魔物の住処に一人で立ち尽くしていた。


「ナンダ、贄デモヨコシタカ?…ソレトモ、懲リズニ討チニ来タカ」


黒い鱗に身を包んだ龍は私を見てニタリと笑った。邪悪、という言葉がぴたりと当て嵌まる。そんな笑みだった。

龍は何の反応も返らないことを見て取ると小馬鹿にしたように鼻で笑い、ゆったりとした動きで近付いてきた。私はがくがくと震えたまま何も出来ず、目を瞑った。


「タダノ迷イ子カ?…興醒メダ」


風の唸りと龍の声を聞いた。

死を覚悟した直後、耳を裂くような雄叫びが響き渡った。


「ナ、ゼ」


困惑の声を断ち切るようにごうと風が舞う。恐る恐る目を開くと同時に、ごとりと龍の首が転がった。


「大丈夫か?」


飛び散った血を拭って、彼は片手を差し出した。あの時の衝撃を何と言い表したら良いのか、私の語彙では足りない。陶然とする程、立ち振る舞い、声、容姿…彼の全てが美しかった。

こくこくと頷いて差し出された手を取ると、彼は蕩けるような笑みを浮かべて私を引き寄せた。


「あぁ、ようやく見つけた。俺の可愛い人」


私はそこで頭の中がショートした。色んな感情が渦巻いて、処理不能となったのだろうと思う。温もりに抱かれたまま、私の意識は途絶えた。



目を覚ましたのは、何処かのベッドの上だった。


「お引取り願えますか」

「彼女の目覚めを待つことすら許されないのか。何時もその調子では彼女も窮屈な思いをしているだろう、可哀想に」

「…貴方には関係のないことです」


言い合う声は、私を助けてくれた彼と騎士のものだった。

彼の声に一瞬うっとりしたが、騎士の声に段々と感情が篭るのがわかりこのままではいけないと立ち上がった。眩暈のような感覚を一瞬覚えたものの、危なげない足取りで声のする方へと向かった。


「何を言い争っているんですか」


騎士に鋭い視線を向けると大きく目を見開いた後、彼を自分の姿で隠すようにしながら歩み寄ってきた。


「もう起きて平気なのか?痛む所は?お前は幾日も眠って…」

「問題ないです。迷惑を掛けてごめんなさい」


言葉を遮って返答すると、騎士は気遣わしげな表情を一転させて私の肩を掴んだ。


「この馬鹿が!謝って済むような話じゃない、お前は死にたいのか!」


がくがくと揺さぶられながら説教が始まる。鬱陶しく思うのと同時に、掴まれた肩が痛んで騎士を睨み据えた。一瞬言葉を失った騎士が拳を握るのが見え、頬でも打たれるのだろうかと身構えた。振り上がる腕を、彼が捕らえる。


「それは最低な人間のすることだ。彼女がお前の言動で傷付いているのがお前には分からないのか?」


口論が再発した。今度は私は止めようとすら思わなかった。弓使いが買い物から戻り、魔術師が騒々しさに目を覚ますまでそれは続いていた。

私は彼を旅の仲間に引き入れた。これまで付き従ってきた3人の男たちからは反論しかなかったが、それを押し切るかたちで旅の仲間に加えた。


魔境への旅は続く。

その旅の中で、私が彼のことを信じきり、陶酔するのにそう時間はかからなかった。


全てを彼の判断に委ね、他の3人の意見は黙殺し続けた。

やがて3人は諦めたのか何も言わなくなり、黙々と私と彼に同行するようになった。時折彼と言い争う声は聞こえたが、私は関与しなかった。彼は全てを丸く治め、私をよりよい方へ導いてくれる。だから、私は野暮な事をしない方がよい。

狂った歯車は、修正できなかった。私の思考は完全に停止していた。



ついに魔境へと辿り着いたその日。

彼は、3人を屠った。一瞬のことだった。驚愕と恐怖に震える私の前に跪き、彼は困ったように笑った。


「自分のことを蔑ろにする嫌な奴らだと言っていただろう。何故君が泣く?」

「それ、でも…それでも、死んで欲しいとまでは思っていなかった」

「そうか、それは悪いことをした。けれど、いずれ死ぬ運命なのだから今は堪えて欲しい。さぁおいで」


差し出される手がこんなにも恐ろしいと思ったことはなかった。

泣きじゃくる私を優しく抱き寄せて、彼は魔境の奥深くへと歩いていった。私は、抵抗する気力さえ残っていなかった。3人の仲間たちにひたすら心の中で謝っていた。


「君は異世界の巫女。強大な癒しの力を持つ巫女だ。君の力があれば、我が臣民たちを救うことが出来る。手を貸してくれるな?」


彼は魔界の王だった。

魔境は、滅びかけた魔界の者たちを非難させるための手段だった。けれど、この世界は清浄過ぎて生き長らえるには難しい地だった。彼は、この世界を汚す為に動いていた。魔境より魔物を送り込んでいたのもそのためだったと言う。だが、彼の手筈が整うよりも早く、魔界の地は崩壊の時を迎えようとしていた。


「君がいれば、清浄の地でも生きることが出来るだろう」


そこから先のことはよく覚えていない。

元あった国は次々に滅び、大地は枯れ、生き物は死に絶え、その代わりとして魔のモノが溢れた。彼は私を王妃として迎え、愛しんだ。

私は抜け殻のような状態で、毎日を過ごした。時折彼は私の力を吸い上げ、魔のモノを癒していた。


胸元に飾った桃色の水晶を見つめる。旅の途中、騎士がお守りとしてくれたものだ。

そう、今思えば彼らはとても優しかった。可能な限り私の我侭を叶え、守り、厳しく叱ってくれていた。見限ることなく、支えてくれていた。それを裏切ったのは私だった。受け入れてもらえないと嘆き、彼らの真意に気付けなかった。気付こうともしなかった。


やり直せるならばもう一度、やり直したい。


「愛している、瑠璃」


優しく撫ぜる手が、声が、酷く私の心を蝕んだ。

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