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迷宮の中で

99話



 俺はリューンハイトに帰ってのんびりする暇もなく、アイリアと共に人狼隊五十六名を率いてリューンハイトを出発した。

 今回はアイリアの侍女や書記官を含め、人間は誰も同行させない。

 何かあったときに守りきれないからだ。

 俺は指揮官として、命の選別をする権限を持っている。例えば「最重要人物であるアイリアを守って、それ以外の人間は全員見捨てる」という決断を下せるのだ。

 権限であると同時に、指揮官の義務でもある。



 しかし「君はそんなに重要じゃないから、偉い人の代わりに死んでね」と言われて喜ぶ人間は少ないだろう。

 なんだかブラック企業の管理職みたいで、言う側としても後味が悪い。

 でも俺は立場上、必要なら言わなければならない。

 それはちょっと嫌なので、人間は全員留守番させることにした。

 今後もこの方針はひっそり貫こうと思う。



 本当はラシィを戦力として同行させたかったが、それも断念する。

 彼女は元老院にとっては裏切り者だ。北部に近い都市には行かないほうがいいだろう。

 たくさん見聞きすれば、そのぶん彼女の幻術のバリエーションも広がるので、本当はあちこち連れてってやりたいんだけどな……。



 荒野の真ん中にぽつんと存在するザリアは、第一印象からして変な街だった。

 この世界では、大きな街には必ず城壁がある。しかしザリアには城壁がない。元老院から許可されていないからだ。

 街の建物はどれも、三~四階建ての大きなものだ。二階までは頑丈な石造りで、そこから上は日干しレンガっぽい土色の構造物だ。

 土色のビル街のようで、この世界では異様な光景である。



 人狼隊を近くの荒野に待機させ、俺とアイリア、それに護衛の八人がザリアに向かう。

 アイリアが街に近づきながら説明してくれる。

「下の階は倉庫などですが、敵の侵入や破壊に対抗するため、頑丈に作られています。上層階は居住区画で改築や増築を繰り返しますから、日干しレンガですね」

「なるほど。下の階は石垣代わりか」

 石造りの部分は上の階を支えるために結構丈夫に作られているようで、これは人狼でも破壊できないだろう。

 街の中に入ると、その異様さは際だつ。



 昼でも薄暗く、狭い路地。曲がりくねっていて、まっすぐに進むことができない。おまけに複雑に分岐しているくせに、目印になりそうなものが何もない。

「本当に迷路だな……」

 建物は密集していて、ドアはどこにも見あたらない。窓はところどころにあるが、採光用の小さな格子窓が上の方にあるだけだ。

 路地は狭く、武装した兵士が隊列を組んで侵入するのは不可能だ。騎兵も全力では走れないだろう。

 だが人間の気配は感じる。匂いと声、それに足音がそこかしこから伝わってくるのだ。



 アイリアが苦笑する。

「これがザリアの誇る迷宮です。盗賊や獣では、この街に危害を加えることはできませんよ」

「そうだな」

 盗賊や獣じゃ無理だろう。街の中をぐるぐるさまようことしかできない。

 だが投石機で建物ごと破壊すれば、あっけなく陥落しそうだ。

 つまりそれが元老院の狙いということだな。ザリアが逆らおうものなら、いつでも潰せる。

 こりゃザリアの太守も大変だろう。



 俺たちは出迎えに来た高官に案内され、路地横の階段を上る。

「皆様、こちらに」

 彼が案内したのは、どうみても民家の勝手口だ。

 入ると実際に勝手口で、かまどを備えた台所がある。鍋がいくつも壁からぶら下がっていた。

 側近は台所に入ると、すりこぎで鍋のいくつかを規則的に叩く。「ジャン、ボコ、カン」と三回繰り返すと、天井の石材がズリズリと動いた。



 そして上から声が聞こえる。

「誰だ?」

 高官が俺たちを確認して、こう返す。

「青百合の花と、黒い半月だ。二の八」

 しばらくすると、上から梯子が降りてきた。

「アイリア様、魔王の副官殿、どうぞ」



 俺は念のためにハマームたちを先行させ、アイリアに笑いかける。

「どうやらさっきの会話は、何かの符丁だったらしいな。すると貴殿は青百合の花かな?」

「では、ヴァイト殿は黒い半月ですね」

 俺たちは苦笑しつつも、用心して梯子を登る。

 登った先は狭い部屋になっていて、ドアがいくつもあった。

 高官が小声で言う。

「偽物の扉には罠を仕掛けております。決して手をお触れになりませんよう」

「わかった」

 まるで秘密組織のアジトだな。



 それから俺たちはようやく、太守の館らしい場所に案内された。

 漆喰のような白壁に、色鮮やかな染料で模様が描かれている。前世の西アジアっぽい雰囲気だな。

 ただこの館、あまり人の匂いがしない。普段は使ってない場所のようだ。面会専用の場所か。

 俺はソファに腰掛けながら、思わず呟く。

「太守メルギオ殿は用心深いお方のようだな」

 俺が呟くと、高官は恭しく一礼した。

「メルギオ様は執務室を定期的に変更なさいます。居所を広く知られてはならぬというのが、ザリア太守の決まりでして」

「なるほど」

 ここまで用心深いと、逆に普段の執務が不便じゃないんだろうか。



 高官は一度退出するが、すぐに戻ってきて俺にこう言った。

「リューンハイトと交渉の前に、魔王軍と個別に交渉したいと太守の仰せです。どうぞこちらに」

 おかしいな。

「事前に個別の交渉がしたいのなら、むしろアイリア殿とではないのか?」

「いえ、魔王軍の猛将と名高いヴァイト様に、ぜひお目にかかりたいと」

「悪いがお断りさせていただく。魔王軍とリューンハイトは志を共にする共同体だ。個別の交渉などありえないとお伝えいただきたい」

 話の運び方が不自然だ。

 それに俺とアイリアを分断されると、何かあったときに不安だ。



 俺の態度に高官が困っていると、アイリアが助け船を出した。

「非公式の面会ということであれば、私も同席しましょう」

「いえ、それは……」

 高官が拒絶しようとしたところを、アイリアが機先を制する。

「それとも、私がいては困る話でしょうか?『魔人公』アイリア・リュッテ・アインドルフがいては何か不都合でも?」

「とんでもございません」

 アイリアの語気に、高官は慌てて首を振った。

「ではアイリア様、ヴァイト様。正式な交渉の前に、太守との非公式な接見をお願いいたします」

 俺とアイリアは顔を見合わせ、立ち上がる。



「護衛と侍女はここで待機だ。『旅の疲れを癒し』『くつろげ』」

 するとハマームが恭しく一礼する。

「承知いたしました、『偉大なる副官様』」

 符丁を使うのはザリア人だけではない。俺たちも使う。

 今ので俺は人狼たちに「敵地にいるとみなし臨戦態勢を維持。分隊長判断で交戦を許可する」と命じたことになる。

 ハマームの返事はその復唱だ。



 どうにも胡散臭いな。

 俺とアイリアは長い廊下を歩いて、突き当たりにある扉の前に案内される。

「メルギオ様はこの部屋でお待ちです」

 高官がそう言って下がろうとしたとき、俺は彼を呼び止めた。

「側近殿、しばし待て」

「どうされましたか」

 振り向いた彼の肩をつかんで、俺は問いただす。

「扉の向こうから、血と反吐の匂いがする。メルギオ殿は今、どういう状態なのだ?」



 その瞬間、高官は何も答えずに逃げようとした。

 逃がすものか。俺は彼の肩をつかんだまま、人狼に変身する。

「待てと言ったのだが」

 人狼の爪が高官の肩をつかむ。手加減はしているが、爪が食い込むので相当痛いだろう。

 高官は苦悶するが、大声で叫ぶ。

「いっ、ぐあぁっ! ろ、狼藉者だーっ!」

 廊下の奥から、バタバタと重い足音が聞こえてきた。武装した兵士があちこちから駆けつける音だ。

 なるほど、こういうことか。



「事情はよくわかった。しばらく寝ていろ」

 俺は高官の顎を殴って気絶させる。歯が何本か派手に飛ぶのが見えたが、どう考えても悪者だし諦めてもらおう。

 このまま廊下で戦ってもいいが、人狼が暴れるにはちょっと狭いし、背後の扉も不安材料だな。

「アイリア殿、俺から離れるな」

「はい、ヴァイト殿」

 緊張した表情でアイリアがうなずき、腰のサーベルを抜いた。閉所での戦闘に備え、刺突の構えをとる。

 俺は遠吠えで人狼たちに襲撃を伝えると、扉を蹴って室内に飛び込んだ。

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