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追憶と夜の海

91話



 深夜になっても、宴はまだまだ続く。

 海路での交易と漁業で成り立っているベルーザは、海の安全が何よりも大事だ。

 人魚が敵ではないこともわかったし、本当の敵だった「魔の海」も退治された。

 なんだか怖そうだった魔王軍も、意外といいヤツだ。

 じゃあいっちょ酒でも飲もうか。

 そんな感じだった。



 だが俺はあまり浮かれてもいられないので、一足先に太守の館に戻って明日以降の計画を立てる。

 ロッツォとの航路については、本当に安全か実際に確認しておいたほうがいいだろう。

 島蛸がもう一匹いました、なんてことにでもなったら大変だ。

 ついでにそのまま、東にある漁業都市ロッツォに交渉に行くのもアリだな。



 広間のソファでそんなことを考えていると、ガーシュがやってくる。

 意外にも、もう酔ってはいない。濡れタオルで顔をごしごし拭いて、すっかり落ち着いた雰囲気だ。

「よう、ヴァイト。お疲れさん」

「ああ、あんたもお疲れさまだ」

 どうやらこいつも、いつまでも浮かれている気はないらしい。

 責任者はいつだって、責任を取れるようにスタンバイしていないといけないからな。



 ガーシュは荒くれっぽい南国風のメイドたちに命じて、料理を運ばせてくる。

 おや、刺身の盛り合わせだな。

「お前の性格から言って、どんちゃん騒ぎよりは静かに飯を食うほうが好きだろ?」

「ああ、悪いな」

 ちょうど口直しに何か食いたかったところだ。

 タコの刺身もある。意外だ。

「ベルーザじゃタコも食うのか?」

「水揚げも少なくて珍味扱いだがな。だいたいが漁師の腹に収まっちまうんで、店にはあんまり置いてねえんだ。お前が食いたがってるようだから、ちょいと融通してもらったのさ」

 それで見かけなかったのか。

 ちゃんとしたタコの刺身は旨味が凝縮されていて、前世のものと同じように美味だった。



 俺はタコや魚の刺身を醤油でつまみながら、ガーシュと今後の相談をする。航路の安全確認のために試験航海をしたいという話をした上で、こう切り出す。

「あんたはロッツォの太守とは関係が深いのか?」

 するとガーシュは刺身をつまみながら、とたんに大声で笑った。

「おう、ペトーレのクソ爺なら親父も同然だ! 話を通すのなら任せときな! もっとも、まだくたばってなけりゃの話だがな!」

 悪態をついているが、なんだか楽しそうな表情をしている。



「あの爺、俺が太守になってもう二十年近くになるのに、まだグダグダうるせえからな。太守の心構えがどうだとか、外交の心得がどうだとか」

「頑固爺さんなのか」

「おう、あんな頑固爺はベルーザにもロッツォにもいねえな。だが昔さんざん世話になったから、忌々しいことに今でも頭が上がらねえ」

 どういう関係か、なんとなくわかるな。

 俺はなんとなく、俺と先王様の関係を思い出していた。

 この刺身にしても、先王様とも食いたかったな。

 先王様の性格を考えると、漁港の夜景を見ながら刺身で一杯……なんてのは間違いなく喜ぶだろう。

 ちょっと想像してみる。



『瀬戸内海みたいで落ち着きますね、魔王様』

『うむ、郷愁を感じるな。たまには職務を離れてくつろぐのも、悪くはないものだ』

『鮮魚のお造り、いかがですか?』

『実に旨いな。こうなると寿司のひとつもつまみたくなる』

『いいですね、このへんでは米も少し作ってるそうですよ』

『それは良い話だ。やはり稲作を広めるべきか。さっそく周辺の河川を調べ、農業用水の確保が可能か検討するとしよう』

『魔王様、仕事の話は明日にしませんか……』

『はは、いやすまぬすまぬ。つい、な』



 俺はどうやら変な顔をしていたらしい。

 ガーシュが不思議そうな顔をして、俺の顔を覗きこんでくる。

「なんか悪いこと言っちまったか?」

「あ、いや。気にしないでくれ」

 だが俺はまだ変な顔をしていたようで、ガーシュは苦笑する。

「ははあ、わかったぜ。身内を思い出したって顔だ。親父さんか? 祖父さんか?」

「いいや。父も祖父も、俺が物心つく前に死んでたからな。思い出しようがない」

 今世の話だ。前世は……思い出したくないな。

 悪人ではないけど、どうしても好きになれない。

 そういう親子もある。



 今の俺が「親父」と聞いて思い浮かべるのは、あの人だけだ。

 しかし人間たちには、先王崩御のことはまだまだ伏せておかなければならない。「先代の魔王様のことだ」とは言えないのだ。

 だからという訳でもないが、俺はこう答える。

「血はつながっていないが……つい最近亡くした親父のことを思い出していた」

「なるほどな」

 ガーシュは穏やかな表情になった。



 それ以上はガーシュも追求はしてこない。

 そして話題を変えるように、こんなことを言い出す。

「俺は魔族ってのは、もっとおっかねえもんだと思ってた」

「ん? そうか」

「お前にしたってそうだ。強さだけを見れば、途方もねえ化け物だよ。腕っ節も強けりゃ、度胸もある」

 前世の縁で、タコにちょっと詳しかっただけだ。

 俺が黙っていると、ガーシュは笑う。

「だがそんな強い魔族でも、亡くした家族を思い出せば涙ぐむ。そこんとこは俺たちと同じだ」

 涙ぐむ?

 まさか。



 ガーシュは笑いながら、俺にタコの刺身を勧めてきた。

「ほれ、もっと食えよ。あんな怪物と違って、こいつは美味いぜ?」

「ああ、確かに美味いな」

「お前の親父さんは、タコは好きだったのか?」

 先王様も前世でタコを食べてただろうし、きっと好きだろう。

「どうだろうな……たぶん喜んだと思うが」

「そいつは面白いな。どんな人……いや人狼か?」

「それが実は竜人なんだ。朝から晩まで仕事のことばかり考えてるような、困った親父だった」



 俺はそんなことを語らいながら、窓の外の夜景を眺める。

 窓の外は魔族と人間のどんちゃん騒ぎだ。

 俺はこの光景を先王様に捧げつつ、ガーシュに愚痴をこぼし始めた。

「親父も俺も仕事が忙しくてたまにしか会えないのに、親父ときたらいつも仕事の話ばかりだったな」

「なかなか面白い親父さんだな。俺の周りにはいないタイプだ。もっと聞かせてくれ」

「ああ、いいとも。あんたも後で、そのペトーレとかいう頑固爺さんの話をしてくれないか」

「おう、たっぷり聞かせてやるぞ」

 今夜は長くなりそうだ。

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