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タコ殴り艦隊

85話



 半月ほどがあっという間に過ぎ、ようやく全ての準備が整った。

「整列!」

 俺は居並ぶ魔王軍の将兵とベルーザ水兵たちに、こう告げる。

「これより魔王軍・ベルーザ海軍の共同作戦を開始する。作戦手順は訓練通り、今さら特に言うこともない。困難でもなければ決死の任務でもない。訓練通りにやってくれ」

 相手の実力が不明なので、実際にはそう簡単な作戦ではない。

 しかし皆が緊張しまくっているので、俺としては雰囲気を和らげるしかなさそうだ。



「相手はただのデカい蛸だ。我らタコ殴り艦隊の敵ではない。それにいざとなれば、切り札が三枚ぐらいある」

 嘘です。一枚しかありません。

 ただし特大の切り札なので、絶対負けないと思う。

「万が一、切り札が全て空振りに終わったとしても、軍船五隻に全人員を移乗させて海域を離脱できる。細かいことは気にせず、タコ狩りに集中してくれ」

 島蛸の周囲では風も潮も止まってしまうらしいが、ガレー船は無風でも動けるから便利だ。



「これは魔王軍にとっても、初めての人間との共同作戦になる。我々の勇猛さを見てもらおうじゃないか」

「おおおお!」

 人馬兵たちが矢筒を叩き、吠えるように叫ぶ。

「わんわんわんわん!」

 対抗意識を燃やしたらしく、犬人たちが吠えはじめた。

 よし、出航しようか!



「パーカー、頼む」

 今回、五隻のガレー船の漕ぎ手は魔王軍が担当することになっている。人間の漕ぎ手は戦闘中にパニックに陥る可能性もあるが、大事な動力源がそれでは困る。

 だからパーカーが、骸骨の漕ぎ手を召喚するのだ。

 いつもは陽気な骸骨魔術師が、今は陰惨な声で亡者たちを冥府から喚ぶ。

「暗きゲヴェナの門より来たれ、我が友よ」

 空間がぐにゃりと歪み、あちこちから大量の骸骨が湧き出てきた。服装を見た感じ、ベルーザで死んだ船乗りたちのようだ。

「今一度、海原に漕ぎ出す機会を与えよう。さあ、我らの船に乗れ」

 パーカーの声に従い、骸骨の水夫たちがカシャカシャと骨を鳴らしながらガレー船に乗り込んでいく。



 ベルーザ兵たちが後ずさりしながら、この不気味な光景を凝視していた。

「す、すげえ……」

「これが魔王軍の魔法使いか……」

 パーカーの実力だけは、魔王軍でも指折りだからな。

 一仕事終えたパーカーは額を拭う仕草をしてみせて、いつも通り軽薄な口調で言う。

「いやあ、結構骨だったよ」

「うん、そうか。ありがとう」

「骨だけにね!」

 俺は彼のくだらないジョークを無視した。

「吸血鬼隊、各船の骸骨を指揮してくれ」



 俺はメレーネ先輩から、吸血鬼の死霊術師を十人ほど借りてきた。彼らはゴモヴィロア門下だから、俺にとっては弟弟子だ。

 彼らには各船に二人ずつ乗船してもらい、船長からの指示を骸骨に伝えてもらう。骸骨たちは一糸乱れぬ統制で動けるから、完璧な操船が可能になるだろう。

「で、それはいいんですが」

「なあに?」

「どうしてメレーネ先輩まで、ここにいるんですか?」



 するとベルーザ風のドレスをまとったメレーネ先輩が、にっこり笑った。

「いいじゃない、ベルネハイネンの統治なら太守の吸血鬼たちがいるし。それにヴァイトが何か面白そうなことをするって聞いたから、見に来ちゃった」

「『見にきちゃった』じゃないですよ」

 どうもみんな、俺を面白芸人かなにかと勘違いしてないか?

 まあいいや、とにかく出航しよう。

 ぐずぐずしてると、あと何人増えるかわからない。



 俺は五隻のガレー船のうち、一番新しくて立派なのを旗艦にした。というか、ガーシュが「こいつを旗艦にしろ」とうるさかったのだ。

 旗艦は安全な場所にいるのが普通だから、新しいのをなるべく温存したかったのだろう。

 しかし、そううまくいくだろうか。

「艦隊旗艦『フリーデンリヒター』にようこそ、提督殿」

 完全に海賊船長の出で立ちになったガーシュが、ニヤリと笑ってみせた。

 ちなみに艦の名前は、交換条件として俺が要求したものだ。

「操船と白兵戦は、俺と部下たちに任せとけ。お前は陸の上の執務室にいる気分で、ゆっくり指揮を執ってくれりゃいい」

「ありがとう。タコ野郎をボコボコにするほうは俺たちに任せてくれ」

「おう、楽しみにしてるぜ」



 魔王軍とベルーザ軍の連合艦隊は、合計十一隻の船団だ。

 艦隊旗艦となる軍船『フリーデンリヒター』。こいつにはカタパルトを一基、取り付けてもらっている。

 以下、二番艦から五番艦までが軍船だ。人馬兵の空母や救助船として機能する。

 そして商船を改装した武装商船が六隻。搭載した大型クロスボウによって火力支援を行う。

 それとガレー船は漕ぎ手と戦闘員たちを乗せる都合上、最低限の荷物しか積めない。予備の物資は武装商船に任せることにしている。



 艦隊は進路を東に取り、隣の漁業都市ロッツォへと向かう航路に入った。

 そろそろ合流ポイントだな。

 そう思っていたら、タイミング良く見張りのベルーザ兵が叫ぶ。

「ヴァイト提督! 人魚ですぜ!」

「お、来た来た」

 波間にちらちらと、人魚の姿が見える。二十人ぐらいか。

 どうやら来てくれたらしい。

「ヴァイトさん、人数は少ないですけどお手伝いに来ました」

「私たちにも、何か手伝わせてください」

 そう挨拶してくれたのは、若手の人魚たちだ。

 愛想良く手を振ってくれる彼女たちに、船乗りたちは興味津々だ。

「すげえ、本当に人魚だ!」

「美人ばっかりだな……いいなあ」

「俺、本物の人魚って初めて見たぜ……」



 わいわい言っている手下たちを、ガーシュが前を向いたまま一喝する。

「てめえら! 航海中に鼻の下伸ばしてんじゃねえ! そんなに人魚の姉ちゃんたちが気に入ったのなら、てめえらの勇ましいとこを見せてやれ!」

「へ、へい!」

 意外に堅物なのかと思ったら、ガーシュも横目でちらちらと人魚を追っている。やはり美人には弱いらしい。

 素直じゃないな、おっさん。



 パーカーの説得のおかげで人魚が無事に合流してくれたので、さっそく彼女たちも指揮下に組み込む。

 彼女たちの役割は水中の警戒だ。

 もし「魔の海」に真下から急襲されたら、俺たちには打つ手がない。それさえ防げれば、今回の作戦はうまくいくはずだ。

 それと人員が落水した場合の救助もお願いしてある。マーメイドライフセーバーという訳だ。

 ……わざと落水するヤツが出たとしても、俺には責められないな。



 幸い、風も潮も順調のようだ。軍船は骸骨たちが整然と漕ぎ、武装商船は帆を張って風に乗っている。

 俺は様子を見ながら、艦隊に命令した。

「武装商船を適度に散開させて、周囲を警戒させてくれ。軍船はいざというときに救助船にもなる。先に沈められるとまずい」

 帆船の方はクロスボウ隊を含めても、乗員は四十~五十人程度と少ない。武装商船六隻が全部沈んだとしても、軍船が無事なら全員を回収できる。

 漕ぎ手の骸骨たちの一部を冥界に送り返し、空いた席に座らせればいいのだ。



 早朝の出港から数時間。時間は昼過ぎだ。俺たちは交代で簡単に食事を済ませ、波と潮風に心を洗われる。

 南静海は周囲を陸に囲まれた内海で、波は穏やかだ。瀬戸内海でフェリーに乗ったときのことを思い出す。戦いの前に気分を落ち着けるのには、ちょうどいいな。

 ……と言いたいところだが、船酔いする魔族がちょこちょこ出てくるので、俺は治療魔法で酔い止めの処置をしてやるのに忙しかった。

 俺は船医じゃないぞ。



 そうこうするうちに、見張りの兵士が叫ぶ。

「ヴァイト提督ぅ! 前方に霧がかかってますぜ!」

 望遠鏡で覗いてみると、確かに洋上にどんよりとした霧がかかっている。あれか。

 船乗りたちの目測では、霧の規模は不自然に小さいらしい。その周囲では普通に風が吹いていて、外周の霧は押し流されているようだ。

 あの中に入ると帆船は航行不能だ。だがまだかなり距離がある。今のうちに戦闘準備だ。

「総員戦闘準備!」

 旗艦に臨戦態勢を示すベルーザの信号旗が掲げられ、同時に魔王軍からも敵発見を告げる信号弾が発射される。

 軍船の中も一気に慌ただしくなった。



 フィルニールが槍を携え、人馬兵たちを鼓舞している。

「ボクたちが人馬族の歴史で初めて、大海原を駆けて戦うんだ! こんな名誉はもう二度とないよ! がんばろう!」

「おおおお!」

 相変わらず戦闘前が騒々しいが、士気はいつも通り高いようだ。

 おそらく人馬隊が最も損害を受けるはずだが、一人でも多く生還してほしい。

 俺は彼らの無事を祈りながら、艦隊に突入を命じた。

「やるぞ! 全軍船突入せよ! 武装商船は霧の風上に展開して合図を待て! 作戦開始!」

「おお、ベルーザの誇りを見せてやる!」

「やってやるぞ! 祖霊よ、魔王軍に勝利を!」

「わんわーん!」

 人間も魔族も声をそろえて叫び、五隻の軍船は霧の中へと突入していった。

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