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「ガーシュ親分のぼやき」

82話(ガーシュ親分のぼやき)



 あいつらどこ行った? そうか、港か。監視は怠るなよ。しっかり見張っとけ。

 たぶん気づかれてるだろうけどな。不用意に近づくんじゃねえぞ。遠くから見張るだけでいい。妙な動きはするな。

 たぶん俺たちも監視されてるはずだ。どうにも落ち着かねえ気分がしやがる。

 どこにいるのか、まるでわからねえがな。



 それにしても、ありゃヤベえな。

 あん? わかんねえのかよ。

 そうか、てめえらにはあの副官が冴えねえ兄ちゃんにしか見えねえのか。このボンクラどもめ。



 威張り腐ってる野郎ってのは、たいてい大したことがねえ。いちいち「俺はこんなに強いぞ、偉いぞ」って言わなきゃいけねえんだ。鮫が吠えるか?

 元老院のクソ野郎どもがそうだ。ありゃ吠えるばっかりで大したことねえ。キャンキャンうるせえ子犬と一緒だ。

 交渉に出てくるのがそういうヤツなら、魔王軍も大したことがねえだろうと思ってた。



 だがあの冴えねえ兄ちゃん、威張る訳でも自慢する訳でもねえ。

 噂じゃあいつ、トゥバーンとの戦いで四百人をぶっ殺した化け物らしいな。

 いや、四千人ってのはさすがにねえだろう。それじゃトゥバーンの兵士以外も殺したことになる。だが、ありゃむやみに人を殺す男じゃねえ。



 ああ、腕のほうは確かだろうな。アラムの坊やから話は聞いてる。隠し部屋に気づいて、中にいる兵士の数と装備まで言い当てたらしい。

 勇者殺しだって噂も聞いてるが、俺は信じるぜ。

 お前らも絶対に手出しはするなよ。あいつの部下にもだ。



 そんな凄腕で、手柄も山ほど立ててるのに、あいつそんな話を一度でもしたか? してねえだろ?

 要するに、あいつの中じゃそんなもんは当たり前、別に自慢するようなことでもねえんだよ。

 ああ、そうだ。これでわかっただろう。

 あいつは正真正銘の化け物、ばかでかい人喰い鮫だ。

 人喰い鮫は目立たねえ色で、スーッと静かにやってきて、そのまんま船乗りを喰っちまいやがる。

 喰った後も知らん顔だ。何人食い殺したかなんて、いちいち数えてねえ。ありゃそういう男だ。

 あいつを怒らせたらベルーザは滅ぶぞ。俺の船を賭けてもいいぜ。



 もうこれだけでも十分にやべえんだが、あいつが本当にやべえのは交渉術だ。

 見ただろ、鮮魚を食ってたの。ありゃたまげたな!

 わざわざ作らせて無理して食ってたのなら、大した役者だぜ。俺には喜んで食ってるようにしか見えなかったからな。

 あんなに嬉しそうに料理を食ってくれる客はそうはいねえって、シェフも喜んでたよ。魔族のくせに、もてなす側を喜ばせるコツを心得てやがる。

 どっちにせよ、生まれて初めて食う鮮魚に、まるで物怖じしねえ。他の連中はびびってたから、あんなことができるのはあいつだけだろう。



 問題はその後だ。あいつ、俺たちが知らない調味料まで隠し持ってやがった。

 いや、これが旨いんだよ。鮮魚におあつらえむきでな。後でおめえらも試してみろ。ありゃベルーザ料理に新しい風を吹き込むぞ。

 おかげで一儲けできそうだ。

 ああ、間違いない。ありゃ俺たちに交易のネタを披露するつもりだったんだ。すっとぼけてやがったがな。

 力で脅すだけじゃねえ、ちゃんと餌もぶら下げてきやがる。

 しかもさりげなく、自然体でだ。

 この自然体ってヤツが、なかなか難しいんだよ。俺にはまだできねえから、どうしても無理して作った感じになっちまう。しょうがねえから、ずっと強面で通してるがな。

 あいつは文化人としても商売屋としても、なかなかのもんだぜ。



 これでわかっただろう。

 どうやら今のベルーザは、外交でも軍事でも文化でも負けちまってるようだ。

 ベルーザの全兵力をうまく使えば、もしかしたら一度ぐらいは魔王軍を追い返せるかもしれねえ。

 だがお前ら、勇者を噛み殺した人狼、四百人殺しのヴァイトと戦う勇気はあるか?

 俺にはねえよ。

 そういうのは勇気じゃねえ。船乗りの勇気ってのは、臆病なぐらいの用心深さだ。

 だから魔王軍との戦争は無しだ。あんなの敵に回すぐらいなら、北部の全都市に喧嘩売ったほうがよっぽど安全だぜ。



 ま、なんとか航路の安全確保ぐらいは飲ませたがな。これ以上欲張ると冗談抜きでブッ殺されそうだ。マジで怖かったぜ。

 いや、あのときは俺も本気でガタガタ震えてたんだぞ。怖かったのはお前たちと同じだよ。もう太守の責任感だけで交渉してたんだからな。

 あいつにしてみりゃ、おかしかっただろうよ。

 強面が自慢の太守様が、生まれたての子羊みたいに震えてんだからよ。



 でもあいつ、びびりまくって震えてる俺を馬鹿にすることもなく、ごく自然に接してやがった。よく笑わなかったもんだ。

 あれが強者の威厳ってヤツかもしれねえな。

 ……いや。もしかするとあいつにとっちゃ、強いだの弱いだのなんて、もう関係ねえのかもしれねえ。

 よくわからんが、もっと違うものを見てる気もするな。

 何かって?

 そんなもん俺にわかる訳ねえだろ。

 ガタガタ震えてたんだからよ。



 ところであいつら、今は何してるんだ?

 水遊び? あのラシィとかいう姉ちゃんを水着にして?

 なんだそりゃ? 女を侍らせて遊んでんのか?

 それで、ヴァイトは何してるんだ?

 本を? 難しい顔で?

 水着の姉ちゃんには目もくれずに、桟橋で本読んでるのか。

 ……いや、俺にもわかんねえよ。

 でも何か、考えがあるんだろ。

 いいからもう邪魔すんな。遠くから見張っとけ。

 ああそうだ、ビールでも冷やしといてやれ。

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