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魔王

8話



 ぶっ倒れたままの獣鬼を放っておいて、俺たちは魔王の前に出頭する。

 実を言うと、俺が魔王に会うのはこれで二度目だ。

 威圧感のある鋼鉄の扉の前で、俺は深呼吸する。

 相手は魔族最強にして、万を超える魔族を従える魔王だ。俺を殺す程度のことなら、息ひとつ乱さずにできるだろう。

「第三師団長ゴモヴィロア、副師団長ヴァイト、報告に参りました」

 師匠が落ち着いた声で告げると、巨大な扉がゆっくりと開く。



 魔王の間は、質素だが荘厳だった。磨き抜かれた黒曜石の柱に、犬人族お得意の銀細工があしらわれている。黒を基調とする空間に、さりげなく銀をあしらった空間。

 俺なんかはもう少し銀色があればと思うが、そう思わせるために、敢えて控えめにしているのだ。銀が飽和してしまうと、見る者の心に残らない。

 そしてこれは、実用的な意味も兼ね備えていた。

 ここを守護する竜人の近衛兵たちは黒い鱗を持ち、短槍で武装している。黒い鱗と銀の穂先は、周囲の景色に見事に紛れていた。



 怯む俺に、奥から深みのある声が轟く。

「入るがよい」

 俺はビクッと震えたが、何か失態をしでかした訳でもないし、隣には師匠もいる。

 何かまずい受け答えをしても、何とかしてくれるだろう。

 それに死んだところで、また転生しないとも限らない。

 俺は気を楽にして、なるべく堂々と歩き出した。



 大広間のような空間に、俺の足音が響く。妙だ。見た目と音の反響が一致しない。

 どうも黒光りする黒曜石と銀の装飾が、騙し絵のようになっているらしい。

 わざと足音を消さずに歩いたおかげで、またひとつ収穫があった。竜人族は実用主義者だと聞いていたが、それにしても本当に実用主義だ。



 竜人族はいわゆるリザードマンだ。とはいえ、トカゲ人間よばわりされるのを嫌うので、あくまでも竜の外見を持つ人類として扱わなくてはいけない。

 彼らが魔王の近衛兵をしている理由は、ただひとつ。

 魔王もまた竜人族の出身だからだ。

 魔王という種族はないのだ。



 そして玉座に腰掛けているのが、魔王フリーデンリヒターだ。

 さすがに魔王だけあって、そこらの竜人とは訳が違う。体格は獣鬼並み。竜人の身長は二メートル弱だから、抜きんでた巨漢だ。

 鱗の色も地味な褐色や緑ではなく、燃え立つような赤だ。炎をまとっているように見える。

 頭に生えた角は竜人でも数十年を生きた長老格にしか生えてこない、威厳の証だ。



 何よりも俺を畏怖させるのは、彼の魔力だ。

 魔術師の俺には、魔王の周囲に流れる魔力が見える。圧倒的な密度の魔力が、魔王が息を吐く度に溢れだす。

 そこらの魔族とは格が違う。一人の竜人が持つ魔力の水準を、遥かに超えている。

 俺が人狼隊全員を率いて襲い掛かり、師匠が全力でサポートしてくれたとしても、勝ち目は全くないだろう。それぐらいの差がある。

 だから俺は魔族として、彼に敬意を表すしかないのだ。



 俺は萎縮しそうになる自分を励ましながら、声を張り上げた。

「第三師団副官、『魔狼』ヴァイト参上いたしました」

 魔狼というのは、俺が魔王から授かった称号だ。魔王軍の将は全員、何らかの称号を持っている。持っていないのは雑兵だ。

 魔王は金色に光る眼で、じろりと俺を見下ろす。思わず俺は背筋を伸ばした。

「交易都市リューンハイトを攻略いたしました。当市は現在、我が軍の支配下にあります」

「大儀であった」

 控えめな声だが、柱が震えるほどの威圧感があった。



 これで報告は終わりだ。もう帰れると思ったのだが、そうではなかった。

 魔王は続けて、俺に問いかけてくる。

「どのような戦術を用いたか、簡潔に説明せよ」

「は、ははっ!?」

 俺は思わず一礼して、予想外の質問にどう答えるか考えを巡らせる。

 とりあえず、最初に結論だ。

「太守への奇襲作戦を行いました。旅人に紛れて人狼隊を潜入させ、犬人隊を陽動に用いました」

 魔王は俺を見下ろしたまま、しばらく沈黙している。説明が足りなかったか?



 だが予想に反して、魔王は小さくうなずいた。

「人狼の特性を生かした戦術か。して、その利点は?」

 この質問は簡単だ。

「自軍の被害を最小限に抑えること、それと占領後の統治を容易にするためです」

「前者の必要性を述べよ」

 なかなかしつこいな。だがこれも簡単だ。

「人狼隊は精鋭ですが、補充が容易ではありません。今後の戦況を見据えて、ここでの消耗は避けるべきと判断しました」

「では、後者と戦術の関連性を説明せよ」

 やっぱりこれも質問されたか。なんだか受験生の頃を思い出すな……。



 魔族は強者への服従が常識だから、戦いでどんな負け方をしようが禍根は残さない。嫌ならもう一度戦って勝てばいいだけのことだ。

 しかし人間は違う。仲間を殺されれば、表向きは服従しながらも腹の底で牙を研ぐ。そういうものだ。

「可能な限り敵側の損害も抑え、人間たちの恐怖や遺恨を残さぬよう配慮いたしました。太守の地位もそのままにして、統治に協力させております」

 魔王は俺を見据えたまま、唸るような声で言った。

「その方法は、力による支配に勝るものか?」

 明らかに場の空気が変わった。



 まずい。この質問はまずい。



 力による支配は、魔族の常識だ。もちろん魔王もそうだろう。

 だが俺が今やっていることは、その常識に反している。

 非常識な方法を取っている以上、その方法が常識的な方法より優れていると証明しなければならない。

 だがそれは、魔王への批判にもなりかねない。



 魔王の声が重く響く。

「答えよ」

「は……ははっ!」

 俺は覚悟を決めた。説明しなければ、どのみち立場が危ういのだ。

「無用な争いを避け、人間たちをも味方に取り込むことこそが、最も確実な勝利をもたらすと確信しております」

 とうとう言ってしまった。



 案の定、竜人兵たちの様子が一変している。

 表面上は無機物のように突っ立っているだけだが、彼らの放つ匂いが変わった。戦闘を意識している。

 どうしようかな。殺されるぐらいなら逃げるか、それとも一矢報いて次の転生に期待するか。

 だが魔王は激高する訳でもなく、淡々とうなずいただけだった。

「よかろう、大義であった」

 それでおしまいだった。

 大広間に満ちていた殺気が、嘘のように消えていく。



 どうやら死なずに済んだらしいので、俺はほっと胸を撫で下ろした。

 そこに再び、魔王が口を開く。

「その統治方法には、潤沢な資金が必要であろう。当面の統治費用として、銀貨一万枚を与える」

「ははっ、ありがたき幸せ!」

「不足があれば、追加の支援を求めるがよい」

 確かに軍資金が不足して困っていたところだが、さっきの俺の説明だけでよくわかったな。

 さすがは魔王、聡明さもずば抜けているということか。確かに師匠が主と仰ぐだけのことはあるな。



 するとさっきまで黙っていた師匠が、確かめるように質問した。

「しかし魔王様、よろしいのですか? これだけの戦費を一交易都市に投じて」

「構わぬ」

 魔王はまるで動じずに、淡々と返した。

「第二師団は占領に銀貨を使わぬゆえ、戦利品として献上してきた。よって必要とする部隊に支給する」

「承知いたしました。私からもお礼申し上げます」

 師匠が深々と一礼し、それで報告は終わりとなった。

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