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人狼と海賊のお茶会

77話



 それからしばらく山中を旅して、俺たちは最後の峠を越えた。

「お、海だ」

 峠を越えた瞬間に、視界に青い水平線が飛び込んでくる。転生してから初めて見る海だ。

 マオたち交易商には見慣れた景色だが、人狼隊やラシィは生まれて初めて見る景色だ。皆一様に景色を見下ろし、無防備な顔で海を見つめている。

「これが海か……思ってたのとなんか違うな」

「でけえな、向こう岸が見えないぞ……」

「これ幻術とかじゃないですよね?」

 一人だけ感想がズレてるヤツがいるが、まあいいだろう。



「行くぞ。間近で眺めたほうが、もっと面白いからな」

 俺がそう言って部下たちを促すと、マオが首を傾げた。

「ヴァイト様も、海を見るのは初めてでは?」

 しまった。またやってしまった。

「あ、あー……魔術の修行中に、色々見聞きしたからな」

「なるほど」

 大賢者の弟子で良かった。

 と思ったら、今度は別方向からツッコミがくる。

「おや、先生はそんなことまで君に教えてくれたのかい? いいなあ、僕は海のことをよく知らなかっ」

 俺はパーカーの頭をつかんで口を閉めると、一同を改めて促した。

「あまりのんびりもしていられないな。行くとしようか」

「え、ええ……」



 海賊都市ベルーザは、三日月型の入り江をそのまま利用した街だ。

 城壁はあるが、山側は切り立った崖に守られている。人狼なら崖から降下すれば簡単に侵入できそうだ。

 南側の斜面に作られた街はなかなかにしゃれていて、まぶしい陽光に輝いているようだ。港もにぎわっている。

 それにしても、やけに船が多いな……。

 もしかして、あれがアイリアの言っていたヤツか。



 俺たちは馬を進めながら、ベルーザへと到着する。

 細々とした手続きはマオに任せて、さっそく俺は太守への面会を求めた。

「俺は魔王ゴモヴィロア様の副官で、ヴァイトという。ベルーザの太守殿にお会いしたい」

 辺りの空気が凍り付くまでに二秒とかからなかった。

「ヴァイト様の名前を出すの、そろそろやめた方がいいと思いますよ」

 みんな逃げてしまった後の広場を見回しながら、マオが溜息をついた。



 それからすぐに、完全武装の衛兵たちが山ほど押し寄せてきた。

 マオが彼らに取りなしてくれたので、俺と部下たちは包囲されるようにして太守の館へと案内される。

 せっかくの美しい景色が、むさ苦しい連中で台無しだ。地中海っぽくて気に入ったのに。

 取り囲む衛兵たちの囁き声も、俺の聴覚には全部聞こえている。

「こ、こいつが四千人殺しのヴァイトか……」

「いや、城壁砕きのヴァイトだろ」

「俺は勇者殺しって聞いたぞ……もう何人も勇者を葬ってるらしい」

「い、いいか、死んでも太守様をお守りするんだ」

「ああ、転生の門で会おうぜ相棒」

 南部じゃ極力おとなしくしてるというのに、なんだこの風評被害は。



 太守の館はベルーザの坂の上、街の一番高い場所にあった。

 俺とマオ、ラシィ、パーカー、それに人狼たちは、海に面したテラスに案内される。

 潮騒と穏やかな陽光が降り注ぐテラスで出迎えてくれたのは、精悍な面構えのいかついおっさんだ。

「俺が太守のガーシュだ。それで、魔王軍が何の用だ?」

 海賊都市の太守だけあって、海賊の親玉にしか見えない。絶対こいつ、何人か殺してる顔だ。

 ヤツの背後にも筋骨隆々の荒くれ男たちが二十人ぐらいいて、見るからに威圧感がある。マフィアの会合みたいだ。

 もちろん人狼隊の八人に命じれば、軽く全滅させられるが……。



 俺は若干の苦手意識を感じつつ、さっそく交渉を開始する。運ばれてきた紅茶を一口飲んで、ちょっと深呼吸だ。

 アラムのときに失言しまくったので、今回は低姿勢かつ自然体で挑んでみよう。

「ガーシュ殿、単刀直入に申し上げる。魔王軍と同盟を結んではいただけないか?」

「ふむ」

 ガーシュは腕組みすると、あごひげを撫でた。



「魔王軍と同盟を組めば、今度はミラルディアが敵になる。ベルーザにとって、どっちが得なんだろうな?」

 魔王軍を敵に回すよりは、ずっと気楽だと思うぞ。

 だがそれをストレートに表現すれば、恫喝と受け止められかねない。

 そしてたぶん、この男は恫喝されても態度を軟化させないだろう。人狼相手にこれだけ堂々としている以上、肝は据わっているはずだ。



 俺は少し考え、言葉を選ぶ。

「リューンハイト以外にも、ベルネハイネンとトゥバーンが魔王軍の支配下にある。そしてシャルディールとも友好関係を結んでいる」

「ああ、知ってる。アラムの坊やと仲良くなったそうだな。そいつは感謝してるぜ」

 この海賊船長、なかなか情報通だな。

「実はな、アラムからもこっそり話は来てるんだ。魔王軍は信用できるってな」

 おお、偉いぞアラム。独自に外交を進めていたのか。

「だがな、アイリアにしろアラムにしろ、太守としてはまだ経験が浅い。だから俺は魔王軍とのつきあい方を自分の判断で決める」



 太守としては、ごく当然の考え方だな。

 それなら魔王軍の良さを売り込んでやろう。

「ではまずガーシュ殿に、先にお伝えしておこう。今後、ミラルディア南部の諸都市が魔王軍に味方するようになれば、最南端のベルーザは北部と分断されることになる」

 ここまでならただの脅迫だが、もちろん続きがあるのだ。

「そうなった場合、魔王軍はベルーザとミラルディア北部との交易路を遮断しないつもりだ。我々は民を苦しめるような争いを望んでいない」

「なに?」

 目を丸くしているガーシュ。

 敵が交易路を保護してくれるなんて話、聞いたことがないだろう。



 さすがにパーカーが横から口を挟んでくる。

「いいのかい、そんなこと約束しちゃって?」

「ああ、魔王様とアイリア殿からは許可をもらってる」

 ベルーザには海があるから、陸路を封じられても隣のロッツォ経由でどうにでもなる。ロッツォが魔王軍に寝返っても、ミラルディア領外の都市と交易することは可能だろう。

 海上封鎖ができていない以上、流通を止めることは不可能だ。

 だからここは、度量の広いところを見せてやろう。

 それに通行税を取ったり物流を監視したり、色々と利用価値はある。

 いざとなったら人狼隊を山賊に偽装させてベルーザの隊商を襲撃し、ベルーザの経済に打撃を与えてもいい。

 たぶんやらないと思うが、選択肢が多く残せるのは良いことだ。



 しかし俺の申し出に、ガーシュはまだ驚いたままだった。

「意味がわからんぞ。貴様、ここに何をしに来た!?」

「何って、同盟を結びに来たのだが」

 こんなに驚かれると、むしろこっちが驚く。

 ガーシュは腕組みしたまま唸っていたが、やがてこう問いかけてきた。

「……ではなぜ、海上封鎖している?」

「してないぞ?」

 今度は俺が驚いた。



 後々のことを考えると隠してもしょうがないので、正直に言っておこう。

「我が魔王軍には残念ながら、海上戦力がない。海上封鎖などできるはずがないのだ」

 するとガーシュは不思議そうな顔をした。

「てことは、人魚族は魔王軍じゃないのか?」

 違います。

 この横にいる軽薄な骸骨が説得に失敗しました。

 ちらりとパーカーを見ると、ヤツはサッと目をそらした。



「おいパーカー、説明しろ」

「前に報告した通りだよ。人魚族は争い事が嫌いなんだ。だから彼らは魔王軍には加わらない」

 涼しげなイケメンに偽装したパーカーがそう答えると、ガーシュはますます困惑した表情になる。

「人魚どもは俺たちとやり合う気はないのか? じゃあなぜ、船が行方不明になっている? 魔王軍はベルーザを孤立させるつもりじゃねえのか?」

 どうやら何か、トラブルが起きているようだ。

 使える、これは交渉に使えるぞ。



「ヴァイト。君、今すごく悪い表情をしているよ。自覚はあるかい?」

「いいから黙っててくれ」

 俺はパーカーを制止すると、ガーシュに向き直る。

「何かお困りのようだな。我々にできることがあれば協力するぞ」

「……胡散臭いな」

 せっかくの提案なのに、ガーシュからは猜疑心に満ちた視線を向けられた。

 やだなあ、マッチポンプなんてしてないって。

 今回はな。



 ガーシュは俺たちの顔を何度も見回して、それから大きく溜息をついた。

「どうやら俺たちに選択権はないらしい。しょうがねえ、魔王軍との同盟を検討してやる。ただし、人魚との件が片づいてからだ」

「いいだろう」

 俺が言うのもなんだが、魔王軍に借りを作ると怖いぞ。

 しかしぜひその調子で、深みにはまっていただきたい。

 ではさっそく、彼らのお悩み解決を手伝うとしようか。

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