めんどくさい兄弟子
74話
俺がそんな疑問を抱く暇もなく、パーカーはグルンと頭だけ回転させて振り向いた。
「おや? まさか僕がどっかで遊んでたとでも思ってるんじゃないだろうね?」
俺の心が読めるのか、こいつは。
「はっはっは、僕はこれでも魔王軍第三師団の忠実な副官! もちろん粉骨砕身、魔王軍のために働いてきたとも! 骨は砕けてないけどね!」
よし、チャンスだ。
「副官の呼称はほぼ廃止されたぞ。今のあんたは、ただのパーカーだ」
「えっ?」
一瞬だが、ヤツを黙らせることに成功した。
俺はすかさず手を叩いて、人狼隊を解散させる。
「ほら、お前たち持ち場に戻れ! こいつの相手は俺がしておくから!」
俺の言葉で、人狼たちもようやく我に返ったようだ。
首を傾げながら、ぞろぞろと持ち場に戻っていく。
やれやれ、パーカーにしゃべらせてると話が先に進まないからな……。
俺は次の話題を口にしかけているヤツをつかむと、そのままズルズル引きずって執務室まで連行した。
「僕は先生の命を受けて、南端のベルーザまで行ってきたんだ。あそこの海には人魚族がいるからね」
俺の執務室で俺の緑茶を勝手に煎れながら、パーカーは説明してくれた。
「うまくいったのか?」
「いや、それがもう全然」
パーカーはカタカタと笑う。
「あの人たち、びっくりするぐらい平和主義者でねえ。戦わなくてもいいから来てくれって頼んでも、『陸には上がれないから』って断ってくるんだよ」
そりゃそうだろ。人魚なんだから。
「半分だけでもいいよって言ったんだけどね」
「半分か」
「うん、上半分だけ」
「……本当に言ったのか、それ」
するとパーカーはカタカタと骨を鳴らして、楽しげに笑った。
「危うく溺死体にされるところだったよ」
「もう骨しか残ってないだろ、あんたは」
師匠。やっぱりこいつ交渉に向いてません。
パーカーは湯気の立つ緑茶を前にして、気楽な口調でこう言った。
「まあ人魚族のことは、君に任せるよ。手堅く足場を固める君のことだ、近いうちにベルーザを攻略するんだろう?」
「軍事侵攻の前に、ちょっと挨拶に行こうとは思ってるな」
説得が通じるのなら、それに越したことはない。
「しかし人魚族の説得まで俺に任せるんじゃ、あんたいったい何をしてたんだって話になるな」
「耳が痛いね。おや、耳はどこにいったかな?」
わざとらしいその仕草やめろ。あと、そのネタはもう十回以上聞いた。
「ちなみにこのネタ、『痛覚もないんだ』って方向に派生させることもできるんだが、どっちがいいかな」
「知らん、もう帰れ」
俺は目の前のパーカーを放置して今後のことを考え始めたが、パーカーはまだ話を続ける気でいるようだ。
「ところで君が魔王様の仇を討って、勇者を倒したんだって?」
「それは正確じゃない。魔王様とほぼ相討ちになっていた勇者に、俺がとどめを刺しただけだ」
「ふむ……」
あ、またこいつなんか言うぞ。
さすがに魔王様の死について不謹慎なことを言ったら、兄弟子でも本気でぶっ飛ばしてやるからな。
しかしパーカーは帽子を脱ぎ、胸に当てて俺に一礼した。
「ありがとう、ヴァイト。君はゴモヴィロア門下の誇りだ」
「え?」
「僕も魔王様のことは大好きだった。一緒にいると落ち着くんだ。単に強いだけでなく、あれほどの指導者はそうはいない」
こいつが真面目なことを言うのを久しぶりに聞いた気がする。
パーカーは困ったように髑髏を掻いて、ぽつりと呟いた。
「……参ったな。僕はもう、涙が出ないんだ」
「パーカー……」
兄弟子パーカーは帽子をくしゃくしゃと握ると、無言でうつむいてしまった。
しばらく黙った後、パーカーは顔を上げる。
「君が、僕の弟でよかったよ」
どうやら今のが、彼の精一杯のジョークらしい。
俺は立ち上がり、彼の細い肩に手を置いた。
「弟弟子なのは認めるけどな」
ちょっとしんみりした後、パーカーは帽子を被り直す。
「やあ、魔王軍きってのムードメーカーの僕がこんな有様じゃ、魔王軍全体が暗くなってしまうね。涙を流していても、踊ってみんなを楽しませるのが道化というものさ」
「あんたのは、ただひたすらにウザいだけだ。ていうか、涙は流せないんだろ?」
「ははは、それでいいのさ」
なにがいいんだよ。
パーカーは立ち上がると、いつもの口調に戻ってしゃべりだす。
「君がベルーザに行くなら同行するよ。僕でも道案内ぐらいはできるだろうからね」
「いや、でもあんた目立ちすぎるし」
「ああ、服装なら大丈夫。ちゃんとシックなのも用意しているから」
「そうじゃなくて、その顔だよ、顔!」
こんな骸骨男を連れて、人間と交渉に行けるか。
そう言おうとした瞬間に、髑髏の顔が消える。と同時に、凄いイケメンが登場した。
パーカーが変身したのだと気づくのに、二秒ほどかかった。
憂いを帯びた儚げな美青年は、パーカーの軽薄な声でしゃべりまくる。
「どうだい? 僕も少し幻術を勉強してね。触感や温度は無理だけど、見た目だけなら偽装できるようになったんだ」
「なんでそんな顔なんだ」
「いや、生前の顔がこれだよ? 死んでだいぶ経ってるから本当はもうジジイなんだけど、老けた顔がうまく作れなくてね」
本当にそんなにイケメンだったのか?
このノリで?
「どうかな? うちの門下でこれだけの幻術使い、そうはいないんじゃないかな? 死霊術師やめて幻術師になろうかな?」
ああそうか、こいつラシィのこと知らないんだな。
「うちの新弟子に、本職の幻術師がいるぞ。リューンハイトを囲む城壁を、触感まで再現できる凄いヤツが」
「え……なにそれ、本当かい?」
驚いてる驚いてる。
いや、表情もちゃんと再現してるのか。意外に芸が細かいな。
パーカーは腕組みすると、また骸骨フェイスに戻る。
「ま、まあ……あれだ、一応これなら僕も同行していいだろう?」
この兄弟子に頼まれると、俺も何となく断りづらい。
「どうせ暇なんだろ。いいよ、一緒に行こう」
「ははは、それでこそ我が弟だ」
「しつこいなあんたは! いいか、絶対に余計なことをしゃべるなよ! 交渉の邪魔したら、そのまま魚礁にしてやるからな!」
「わかってるとも。兄を信じてくれたまえ」
「黙れ」
普段はこんな軽薄お調子者だが、実はパーカーには色々と借りがある。大賢者ゴモヴィロアの高弟だけのことはあって、死霊術師としての腕は本物だ。
ここぞというときには案外頼りになる。
だから余計にむかつくのだ。
クソ兄貴め。