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静謐の王

71話



 俺は師匠と共に部屋を出て、螺旋階段を昇り始める。

「本当にこれで良かったんですか、師匠」

 俺は前のままの師匠でも良かったと思っている。むしろ、弱くても指導力のある者が魔王になる、そんな魔王軍になればいい。

 すると師匠は俺の顔を見上げて、ちょっと困ったように笑ってみせた。

「おぬしの考えておることはわかる。じゃが今はまだ乱世。強者でなければ魔王は務まらぬ」



 師匠はふわりと浮かぶと、俺の肩にちょこんと乗った。この感覚は久しぶりだ。ちょっとひんやりしている。

「じゃから、これから変えていくのじゃよ。強さではなく、指導者としての資質で魔王が選ばれる。そんな世の中にの」

「そうですね」

 そうなればきっと、人間ともうまくやっていけるはずだ。



 師匠は自分の指先を見つめながら、ふと呟く。

「わしはもう、人間どころか魔族ですらない。ただの現象、意志を持つ虚無じゃ。魔王様から頂いた称号の通りになったのう」

「そういや師匠の称号ってあんまり聞いたことないんですけど、なんでしたっけ?」

 すると師匠はにっこり笑う。

「わしの称号は『静謐』。静謐のゴモヴィロアじゃよ、魔狼よ」

 熱力学的に考えると、確かに静謐だ。

 たぶん魔王様は、師匠の人見知りする性格や百年単位で引きこもっていた経歴から命名したのだろうが……。



 こうして師匠は強大な力を手に入れた。魔王と呼ぶに相応しい力だ。

 しかし師匠は自らの力には否定的だ。

「これはフリーデンリヒター様のような、誇り高い力ではない。死の底へと沈み込んだ魂が他者を滅ぼすだけの忌まわしい力じゃ。なるべく使わずに済ませたいのう」

 確かに危険すぎる力ではある。



 しかし俺としては、そんなに悲観的な気分ではない。師匠が孤独なら何かの間違いも起きるかもしれないが、俺やメレーネ先輩たちがいる。

 それにしても初代魔王が竜の戦士で、二代目魔王は虚無の渦か。

 往年のRPGのラスボスの変遷を見ているような気分だ。



 その後、師匠は無事に戴冠式を迎えた。

「やはり落ち着かぬのう」

 もじもじしているドレス姿の師匠を、俺やメレーネ先輩やフィルニールが総出で励ます。

「今の師匠は実力も実績も文句なしに最強ですから、安心してみんなの前に出てください」

「がんばって、先生! なにか不手際があったら、ヴァイトのヤツがなんとかしてくれますから」

「そうそう、ヴァイトセンパイに任せとけばだいたいなんとかなるもん。それよりお師匠様、すっごくカワイイですね!」

「君たち」

 面倒事を全部俺に押し付けようとしている姉妹弟子をたしなめようとしたとき、師匠の出番がやってくる。



 俺とメレーネ先輩は付き添いとして、師匠の両側に立つ役だ。慌てて壇上に上がる。

 城の大広間には、魔族の各種族を代表して部隊長や長老格が集まってくれている。一部の将兵も一緒だ。

 ざっと見た感じ、数百人というところだろうか。

 前世の小学校のとき、全校集会で壇上に上がった記憶を思い出す。



 師匠なんかもうガチガチに緊張して、周囲に白い光がキラキラと輝いている。

 無意識のうちに周囲の空気から熱を奪って、ダイヤモンドダストが発生しているのだ。

「落ち着いてください、師匠」

「先王様の後を継ぐ重責に、今さらながら緊張しておるのじゃ……」

 緊張している師匠に、俺はなるべく気楽な口調で語りかける。

「先王様なら、どんな失敗をしても笑って許してくださいますよ」

「そ、そうじゃの」

 師匠は深呼吸をすると、壇の中央へと進み出る。



 師匠に冠を授ける役目は、竜人族を代表してバルツェ副官が引き受けてくれた。

 冠といっても、先王様が使っていた兜だ。さすがにこれは被れない。

 小さな師匠はそれをよっこらしょと戴き、ぎゅっと抱きしめる。

 なんか変な気もするが、魔王軍の将兵にとっては象徴的な場面だったに違いない。なんのかんの言いながら、俺もぐっと来てしまった。

 ああ、魔王様の志は受け継がれたんだなあ、と。



 二代目魔王として即位した師匠、いやゴモヴィロア様は、魔王軍の将兵に語りかける。

 緊張して、ダイヤモンドダストをきらめかせながら。

「我々は偉大なる魔王フリーデンリヒター様を失ったが、その志は我々の中に変わらず輝いている。聞けば『フリーデンリヒター』とは、失われた言葉で『平和の仲介者』の意であるという」

 ああ、先王様が教えてくれたんだな。

「フリーデンリヒター様は強大な力を持ちながらも力に溺れることなく、慈悲深き君主であられた。人間に対しても寛容の心をお持ちであったことは、皆もよく承知であろう」



 ゴモヴィロアは居並ぶ諸将と兵士に、こう告げる。

「このゴモヴィロアもまた、慈悲深き王たらんと欲する者である。かつては人間であったが、人間の手によって一度は命を奪われた者だ。しかしもはや人間を恨んではおらぬ。人間を滅ぼす必要などない。ただ、我々の存在を認めさせれば良いのだ」

 魔族たちはじっとゴモヴィロアを見つめている。真剣に聞き入っている様子だ。



「これは魔王一人の力で成し遂げられるものではない。ここにいる皆の力が必要だ。だが無理強いはせぬ。先王様が示した道を共に歩む者だけが魔王軍に残るがよい。そして魔族が穏やかに暮らせる国を、共に作ろう」

 ゴモヴィロアが演説をしめくくると、魔王軍の兵士たちは一斉に拳を突き上げて叫ぶ。

「ゴモヴィロア様万歳!」

「魔王軍に栄光あれ!」

「新魔王様、どこまでもお供します!」

「我らも共に、先王様の御遺志を!」



 新魔王を称える歓声と拍手は万雷のように鳴り響き、ゴモヴィロアはそれに手を振って応える。

 そしてちらりと背後を振り返り、俺のほうを見た。

 あ、照れてる。

 がんばってください、師匠。

 俺たちがついていますよ。

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