「ゴモヴィロアの回顧録・168ページ」
68話(ゴモヴィロアの回顧録・168ページ)
魔王とは、いったい何なのだろう。
歴代の魔王と呼ばれた者たちは、その強さにおいて明らかに異質な存在だ。
ある者は己の強さだけを求め、ある者は略奪と破壊に酔いしれ、ある者は人間を滅ぼそうとし、ある者は人間との共存を目指した。
その多様な生涯をみると、力を得た者が目指す先は一定ではないらしい。
一方、勇者も謎に満ちている。
過去に魔王が人間の領域への侵攻を開始すると、いつの間にか勇者が現れる。
勇者が平時は一般人の中に潜在しているだけなのか、それとも魔王の出現に呼応する形で出現するのか、それもわからない。
今回の勇者についても謎の部分が多い。
人間たちの英雄にしては、その装備や行動は奇妙だった。簡素な武具、そして一直線に魔王様へと挑んできた行動。
目的は人類の守護などではなく、単純に仇討ちだったと聞く。
魔王と勇者は互いを打ち消そうとする。熱湯と冷水のようだ。
両者はぶつかり合うことで一方は消滅し、もう一方もやがて歴史の闇に消えていく。熱湯と冷水が混ざり、ただの水になってしまうように。
これもまた、平衡状態を保とうとする世界の法則なのだろうか。
あるいは魔王と勇者は、土の山と穴のような関係なのかもしれない。
平らな地面に穴を掘れば、傍らには土の山ができる。山が魔王で、穴が勇者だ。
そして穴に土を投じれば、また元の平らな地面、すなわち平衡状態に戻る。
いずれにせよ、勇者の襲撃によって我々は大打撃を受けた。
フリーデンリヒターも、ティベリト翁も、立て続けに逝ってしまった。
もはや小生以外、魔王の座を継ぐ者がいない。
いや、正確にはいる。
しかし彼は、魔王となることを決して承諾はしないだろう。
彼を子供の頃からずっと見てきた小生にはわかる。魔族の長として見た場合、悪く言えば甘く、良く言えば穏和なのだ。
あの性格では、苦労が絶えないだろう。
彼の師としては、教え子に無理強いをする訳にもいかない。
小生は実績については少々怪しいものの、確かに古株である。これは問題ないだろう。
幸い、魔王軍内部にも反対勢力はいない。
ただ問題は、魔王に相応しい実力を備えているかどうかだ。
小生は生物としては、人間の小娘に過ぎない。しかも半死人だ。
魔術の力でかろうじて命をつないでいる。
しかしこれでは、これからの激務には耐えられないだろう。
となると、必然的に死霊術の「最後の扉」を叩くしかなくなる。
フリーデンリヒターは「最後の扉」について、危険すぎるという理由で禁止していた。
彼は魔術師ではないが、人の心について熟知している。人の心が「最後の扉」に耐えることは難しい。彼は常々そう言っていた。
当時から疑問だったが、彼はなぜあれほど人の心を理解していたのだろうか?
魔王だからといって、全知全能である訳ではない。歴代魔王の行いを見れば一目瞭然だ。
となれば、何か理由があるはずだ。
過去に小生は何度か問いかけたが、彼は曖昧な笑みを浮かべただけった。
そしていつも「いつか話す」とだけ。
友よ、約束は果たされなかったぞ。
同様に気になるのが、我が愛弟子ヴァイトである。
ヴァイトからはフリーデンリヒターと同じ雰囲気を感じる。魔族でありながら、人の心を深く知り抜いている者。
そして同時に、不思議な価値観を持つ者でもある。
どこか達観したような、俯瞰的に世界を見ているような、そんな印象を受けるのだ。
他の者たちはこの共通点について、さほど不思議には感じていないようだ。
しかし小生は気になって仕方がない。
真理の探究者として、既に仮説はいくつか立てている。
ひとつ。人間の心理を読み取る能力があるという仮説。
ヴァイトは人間の汗の匂いから、相手の心理を読み取ることができる。これを繰り返せば、次第に人間の心理に詳しくなっていったとしても不思議ではない。
しかしフリーデンリヒターに、このような能力はなかった。
またヴァイト以外の人狼たちは、いずれもヴァイトのような価値観を有してはいない。
ひとつ。前世で人間であったという仮説。
転生が存在する可能性は、死霊術の世界ではかなり昔から有力視されていた。効果が確認された訳ではないが、理論としての転生術も既に存在している。
前世の記憶を持ったまま転生することは、理論的にも確率的にも非常に厳しい。しかし未発見の要素があれば、まだ可能性はある。
ただ問題は、彼らの価値観は人間たちのそれとも違うことだ。
ひとつ。異世界からの
まったく。何を書いているのだ、小生は。
これでは大賢者の名が泣く。
盟友を続けて失ったことで、小生の脆弱な精神が変調をきたしているのだろう。
しっかりしなくては。
追憶に浸る前に、まずは小生の脆弱な肉体と精神を鍛え直す……いや、作り直す必要がある。
もはや迷っている場合ではない。
フリーデンリヒターよ。おぬしは生前何度も止めたが、小生は「最後の扉」を開く。
今の小生は、流れ矢のひとつも当たれば簡単に死ぬ身だ。
これではそう遠くない日に、また次の魔王を選び直さなければならなくなるだろう。
それでは困るのだ。
友よ、小生を愚か者と笑ってくれ。
いや、笑いに戻ってくるがいい。なんでもいいから戻ってこい。
なぜ小生だけ残
いかんな。歳を取ると、こうも気弱になってしまうものか。
やはり迷っている場合ではない。
危険を伴うが、「最後の扉」を開けることにしよう。
もちろん不安はある。
より正確に言えば、確実に訪れるであろう心理的変化に対する恐怖だ。
そのため、最も信頼できる者に助力を頼む。
彼の顔を思い浮かべると、なんだか全てうまくいく気がしてくるから困ったものだ。




