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中庭の惨劇

62話



 霧の中に浮かび上がった人影はひとつ。軽装だ。

「衛兵隊は後退しろ。俺の指示があるまで、絶対に手を出すな!」

 俺は城壁にある監視塔から、城に残る竜人族の兵士たちに命令した。城門を開かせる。

 ティベリト師団長を斬り殺す相手に、城門の防御など何の意味もない。壊されるだけ損だ。

 しかし、このままヤツを素通りさせるのも癪だな。



 勇者らしい人物は恐れる様子もなく、グルンシュタット城の城門をくぐる。

 近づいてくると、次第にこいつの強さがわかってきた。魔術師ではなさそうなのに、持っている魔力が桁違いだ。それに魔王様と同じように、内側から湧き出ている。

 間違いない。本物の勇者だ。



 勇者の放つ力で、周囲の霧が退いていく。彼の周囲だけ、魔法の霧が晴れてしまう。圧倒的な存在感だ。

「ヴァイト様……」

 俺の周囲に集まってきた衛兵たちが、不安そうな顔をしている。彼らは精鋭の近衛ではなく、一般の兵士だ。

 だが歴戦の兵士たちだけあって、勇者の威圧感をしっかりと感じているようだ。

 俺は彼らに厳命する。

「間違いなく本物の勇者だ。俺たちが全員で挑んでも確実に返り討ちにされる。手を出すな」

「は、ははっ」



 中庭に入ってきた勇者は、迷うことなく城内を目指す。

 勇者はミラルディア北部市民の普段着を着て、その上にミラルディア市民兵用の簡易胸甲だけ装備していた。鎧にはバッヘンの市章が見えるが、勇者がバッヘン出身なのか、バッヘンで鎧を拾っただけなのかはわからない。

 腰にはやはり市民兵用の、やや軽めの剣。他には荷袋すら持っていなかった。

 どうやら飛び道具は持っていないようだし、いっそ矢でも射かけてみようか。

 そう思ったときだった。



「師団長の仇だ!」

「魔王様をお守りするぞ!」

 城内のあちこちから、ばらばらと人影が飛び出してきた。数十人ほどだ。

 よく見ると第二師団の生き残りの一部だ。まだ逃げてないのがいたのか。

 竜人族の新兵らしいのもいる。

「よせ、やめろ!」

 俺は叫んだが、彼らは勇者に向かって突撃していく。



 次の瞬間、勇者が抜刀した。

 安物の剣を横一文字に薙ぎ払う。

 しかし俺は剣よりも、勇者の手から目を離せなかった。

 手から剣に魔力が伝わり、見えない刀身が発生している。それもとてつもなく長い。



「伏せろ!」

 俺は慌てて叫んだが、その声で伏せたのは竜人族だけだった。

 その背中スレスレを、見えない魔力の剣がかすめていく。

 伏せなかった連中がどうなったかは、すぐにわかった。

 全員まっぷたつだ。



 中庭に集まった兵士たちは、今の一撃でほぼ全滅してしまった。城壁にまで深々と太刀傷が刻まれている。

「逃げろ! 城内に逃げるんだ!」

 俺の声で生き残った兵士たちが撤退を始めたが、勇者はそれを見逃してくれなかった。

 軽く一歩踏み込んだだけで、勇者が十メートル以上跳躍する。竜人兵の前に着地した勇者が彼に背を向けたときにはもう、竜人族の新兵は血煙をあげて絶命していた。

 誰も逃げ切れなかった。



 殺戮を終えた勇者は、手にした剣を見る。凄まじい威力に安物の刀身は耐えきれず、根本から折れていた。

 彼は竜人の死体を蹴ると、死体が持っていた剣を拾う。竜人用の剣は握りも重心も人間用とは少し違うが、剣なら何でもいいらしい。魔力をまとわせるだけの芯だからだろう。

 それから勇者は上を見上げて、俺をじっと睨んだ。俺の周囲の竜人兵たちがたじろぎ、後ずさりする。

 俺も怖かったが、副官の意地だ。負けてたまるかと睨み返す。

 だが近寄れば確実に死ぬ。



 やがて勇者は俺に背を向けると、城内に向かって走り出した。

 予想はしていたが、こんなもの俺たちにどうにかできる相手じゃない。

「俺は城内に戻る。お前たちは中庭に生存者がいないか確認してきてくれ。その後は逃げろ」

 生存者はたぶんいないだろうが、何か任務を与えておかないと彼らも無謀な行動を取りかねない。

 俺は衛兵たちと別れると、城の通路を走る。謁見の間へと急いだ。

 だがそのとき、俺は向こうからやってくる人影に気づく。



 勇者だ!

 まずいことに、謁見の間の前で勇者と鉢合わせしてしまった。

 こいつ、城内で一度も迷わずにここまで来たな。猟犬のようだ。

 俺は恐怖を押し隠し、勇者のヤツを睨む。どうせ死ぬにしても、第一師団の副官として見苦しくないようにしなければ。

 だが勇者は、俺を見ると立ち止まった。攻撃してこない。



「魔王はそこだな?」

 冷たい声だ。人間のくせに、まるで人間味がない。怒りと憎悪、それに殺意。彼から感じられる人間的な感情はそれだけだった。

 俺はその非人間的な雰囲気に凍り付いたが、勇者は俺の反応を待っているようだ。

 仕方ない。堂々と受け答えしてやろう。

「そうだ。来るがいい、人間よ」

 怖いけど、勇者だなんて呼んでやらんからな。真の勇者とは、魔王様のような英雄のことをいうのだ。

 俺は扉を開けて、勇者を通してやる。



 彼が俺の横を通るとき、不意に凄まじい殺気を感じた。勇者の周囲に漂う魔力が、攻撃のために練られていくのを感じる。

 俺はとっさに半歩退き、軽く身構えた。

 しかし勇者はまだ突っ立ったままだ。俺を試したのか?

 くそ、驚かせやがって。文句言ってやる。

「人間よ、俺に相手してほしいのか?」

 すると勇者は無言のまま俺に背を向け、また歩き出した。

 今のは油断してたら斬られていたな……。



 謁見の間には、近衛兵たちが完全武装で整列している。

 その奥の玉座には、戦装束の魔王様。恐ろしいほどの威圧感だ。

 しかし勇者は近衛兵たちを完全に無視して、魔王様の前に進み出る。俺たち下っ端の相手は、もう飽きたらしい。



 勇者は憎悪の眼差しを魔王様に叩きつける。

「アーシェスだ」

 それが彼の名前らしい。勇者とは名乗らなかった。

 魔王様はうなずき、落ち着いた口調で返す。

「フリーデンリヒターだ」

 魔王様も、魔王とは名乗らなかった。



 勇者は剣を正眼に構え、吐き捨てるように言う。

「メルティアの仇を討ちに来た」

 彼が口にしたのは、俺の知らない名前だった。街の名前でもない。おそらく女性の名前だろう。

 魔王様は無言だ。静かなまなざしで勇者を見つめ、そして立ち上がる。

 勇者も魔王様も、それ以上は何もしゃべらなかった。お互いに今さら話し合う気はないらしい。



 魔王様は傍らに立てかけてあった槍を手にする。取り回しを重視した短槍だ。

 だが一般的な槍と形が少し違う。柄の石突き付近がまっすぐではなく、板状になっている。そのせいでどことなく銃……猟銃や古い歩兵銃に似ていた。

 魔王様が左前に槍を構え、穏やかに告げる。

「おぬしの言い分は、これで聞こう」

 その瞬間、勇者が魔王様に飛びかかってきた。

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― 新着の感想 ―
メルティアが誰かは知らない。 多分恋人なんだろう。 ヴァイト以外の魔族、なかんずく前にヴァイトに絡んだような連中は人間への慈悲など無かろうし、非戦闘員への虐殺も躊躇いなくやるだろう。 また人間側も基本…
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