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倒れた者たちと、これから倒れる者たち

60話



 グルンシュタット城の周囲には、人間を寄せ付けない霧が立ちこめている。俺はその中を用心深く歩きながら、ゆっくりと城に近づいていった。

 幸い、城はまだ安全なようだ。衛兵たちが俺の顔を見て、すぐに城門を開けてくれた。



 しかし城内に一歩足を踏み入れた瞬間、俺は第二師団が壊滅したことを改めて理解した。

 中庭で体を休めている第二師団の巨人や鬼たちは、ほとんど傷を負っていない。

 一見すると被害が少ないように見えるが、たぶんそうではない。

 おそらく、傷を負って動けなくなった者は生還できなかったのだ。

 彼らの沈痛な表情と、ずいぶん減ってしまった数が、それを物語っている。



 ついでなので、少し様子を聞いておこう。

 第二師団で俺が一番声をかけやすいのは、雑兵扱いされている妖鬼族だ。小柄な体格で、若干の魔力とそこそこの知性を持っているが、力は弱い。

 いわゆるゴブリンだ。

「ティベリト師団長が戦死されたと聞いて駆けつけたのだが、詳しく教えてくれ」

 俺がそう言うと、彼らは顔を見合わせた後に、こう返した。



「親分、死んだ……。人間が一人で殺した。その後、人間たくさん来て、仲間たくさん殺された」

「師団長を殺したのは、どんなヤツだ?」

「ふつうの人間。剣と盾で、服も普通で、男だった」

 わからん。

 偽勇者のように目立つことはしていないってことは、なんとなくわかった。



「第二師団は、ここにいるのが全員か?」

 妖鬼の兵士は首を横に振った。

「わからない。聖母様が霧を出した。みんなはぐれた。聖母様の兜のおかげで帰れた」

 彼をよく見ると、うちの師匠が作った兜を被っている。第二師団では「英霊の兜」と呼ばれていると聞いた。

「ズーク、ギョベル、グブーフ……それからたくさん。死んだ仲間の声が聞こえた。そっちに走ったら、赤い竜人たちがいた。助けてくれた」

 第一師団の紅鱗騎士団だな。予定通りに撤退支援をしてくれたらしい。

 中庭の様子を見ると、彼らは種族ごとにグループを作って座り込んでいるが、必ず誰かが「英霊の兜」を被っている。

 どうやら師匠の作った兜が、霧の中で安全な方向へと誘導してくれたらしい。



 しかし中庭にいるのが全員だとしたら、第二師団はもう無理だな。

 一番数の多い妖鬼隊でさえ、数百人程度しかいない。確かこいつら、開戦当初は二千だか三千だかいたと聞いているんだが。

 退却を最大の恥とする巨人や大型の鬼たちは、もっと悲惨だ。巨人族なんか数人しか残っていないから、部隊としての運用はもう無理だろう。

 そういえば獣鬼隊が見あたらないな。



「おい、獣鬼隊はどこだ? ほら、ドッグって隊長がいるだろ。自称天才の」

 すると妖鬼兵は悲しげにうなだれて、首を横に振った。

「ドッグ様、いない」

「なんだって?」

「『弱虫を守るのはキョウシャのギムだ』って言った。人間たちと戦ってた。霧が出て見えなくなった。静かになった」

 妖鬼兵も、その後で彼らがどうなったかはわかっているらしい。

 全員が一様にうなだれて、中にはめそめそ泣いている兵士もいた。

 そうか、あいつにもそんな一面があったのか……。



 これ以上、彼らに質問するのは酷だ。

「そうか、よくわかった。ここは第一師団が守っている。ゆっくり休んでくれ」

「ありがとう、ヴァイト様」

 意気消沈している彼らに、これ以上の作戦行動は無理だろう。

 第二師団は全員が負傷兵だと考えて、今後の対策を検討したほうがよさそうだ。



 俺が急いで城内に入ると、赤い鱗の竜人が駆け寄ってきた。第一師団の紅一点、シューレ副官だ。

「ヴァイト殿、来てくださったのですか」

「ご無事で何よりです、シューレ殿」

 よかった、後でバルツェ副官に教えてあげよう。だいぶ気にしていたからな。

 俺は彼女と並んで歩きながら、詳しい様子を聞く。



 ティベリト師団長が勇者らしい人間に倒された後、バッヘンの城門にミラルディア軍がなだれ込んできたらしい。

 バッヘンの城壁は修復されていたが、攻城戦のノウハウを全く持たない第二師団の処置だから欠陥だらけだった。

 だいたい籠城しようにも、すでに勇者がバッヘンに入り込んでいる。

 第二師団は霧の中、戦友の霊に導かれながら各個に脱出をはかったものの、運悪く勇者や敵部隊に遭遇した部隊は全滅したようだ。



「霧はバッヘンとその周囲を覆っていましたが、脱出した第二師団を追撃してきた敵部隊がありました。我が隊がそれを撃滅し、第二師団をグルンシュタットまで護衛してきたのです」

「お見事です。シューレ殿がいなければ、第二師団は全滅していたかもしれません」

 俺が彼女の健闘を称えると、彼女は悔しげな口調で首を振った。

「いえ……私は第二師団と共に逃げるしかありませんでした。勇者の率いる軍勢は恐ろしい士気で、踏みとどまって戦うことなどできなかったのです。今後、彼らがここに押し寄せてくるようであれば、苦戦は免れないでしょう」



 彼女の心配はわかるが、この城の位置を突き止めることはできないだろう。

 グルンシュタット城は深い森の中にある。この城が人間たちのものだった頃と違い、もう道も残っていない。

 おまけに深い霧だ。この霧は視界を遮るだけでなく、人間の体を蝕む。バッヘンでは十分な効果が得られなかったようだが、人間がこの霧の中を半日も歩けば確実にぶっ倒れるだろう。

 問題は勇者だ。

 本物の勇者なら、いかに師匠の魔法とはいえ効くかどうかわからない。



「私は魔術師なので、この霧の中で普通の人間が長時間活動できないことはわかります。脅威となるのは勇者単独でしょう」

 するとシューレ副官はじっと考え込み、そしてうなずいた。

「わかりました。騎士団を分隊単位で哨戒任務にあたらせます。交戦を避けるように、命令を徹底させましょう」

 第二師団の惨状をずっと見ていたせいか、シューレ副官は慎重だ。

 俺はほっとして、彼女に頭を下げた。

「わかりました。私もお手伝いいたします」



 シューレ副官と別れた後、俺は魔王様に謁見する。

 魔王様はいつも通り、執務室で何か考え込んでいる様子だった。

「ヴァイトよ、わざわざ来てくれたのか」

「魔王様の一大事ですから」

「余の身など案じずに、リューンハイトの内政に専念しておればよいものを。まあよい、よく来てくれた」

 魔王様は苦笑しながら、俺にイスを勧めてくれた。



 魔王軍最初期のメンバーであるティベリト師団長が戦死して、魔王様が落ち込んでいないか心配だったのだが、大丈夫そうだ。

「とうとうティベリトも逝ってしまったか……。あやつはかつて、竜人族の領域を荒らす無法者であった」

 魔王様は机の一点をじっと見つめながら、思い出すように言う。



「しかし討伐のために余が赴いたとき、余を一目見るなり、戦わずして降伏した男でな。短慮なように見えて、物事の本質を見抜く目を持つ男でもあった」

 あ、ダメだ。

 魔王様、ひっそりとダメージを受けておられる。



「魔王軍旗揚げの頃の仲間たちは、これでもうゴモヴィロアだけになってしまったか。仲間たちの分まで生きねばならぬな」

「はい。どうか散っていった者たちのためにも、また残された者たちのためにも、魔王軍を導いてください」

 俺は魔王様を励まし、こう続ける。

「勇者といえども、すぐにはグルンシュタット城を見つけられないでしょう。その間に、どうか御準備を」



 魔王様はじっと俺の顔を見て、こう呟く。

「兵たちに守りを固めさせる……とは言わぬのが、おぬしらしいな」

「私たちが何人いようが無駄ですから」

 魔王と称される者は、地上に出現した太陽にも等しい。普通の人間が勝てるはずはない。

 同様に勇者もまた、普通の人間とは全く異質の存在だ。成長途中だったり、油断があったりすれば別だが、普通の魔族に倒せる相手ではない。



 もちろん、俺も勇者とまともに戦う気なんてない。多少は時間稼ぎができるだろうが、確実に殺される。

 それなら別の方法で時間稼ぎをして、魔王様に準備を整えてもらうほうがいいだろう。

 俺の仕事はたぶん、戦いが終わった後の治療役だ。

 両者が戦えば、勝った方も無事では済まないはずだからな。

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