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第二師団崩壊

59話



 俺が深夜に送った人馬兵の伝令は、なかなか戻ってこなかった。

 翌日の午後になって、ようやく人馬兵が戻ってくる。

「ずいぶん遅かったが、何があったんだ?」

 すると若い人馬兵は、憔悴しきった様子でこう答えた。

「大変です……ティベリト師団長が……」

「どうした?」

「戦死、されました……」



 嘘だろ?

 城壁より高い巨人で、歴戦の戦士だぞ?

「何かの間違いじゃないんだな?」

「ゴモヴィロア様からの報告ですから、間違いないと思います……」

 師匠が直接見てきたのか。

「待て、第三師団長殿は無事か!?」

「は、はい。今朝がたお戻りになりました。消耗しきっておられて、今はメレーネ副官が看病しておられます」

 どうやら想像を絶する何かがあったらしい。



 戻ってきた師匠の話によると、第二師団が駐留している北部の農業都市バッヘンに、ミラルディア軍が攻め込んできたという。

 もちろんティベリト師団長が迎え撃ったのだが、そこに一人の市民兵が現れたそうだ。

 そして激戦の末、ティベリト師団長を斬り殺したというのだ。



 そこから先は、もう地獄のようだったという。

 魔族は強いリーダーに従って戦うが、リーダーを倒されるとパニックになってしまう。この感覚は魔族でないとわからない。それだけリーダーに頼り切っているのだ。

 魔王様が前線に赴かないのも、俺が前線をうろついて怒られるのも、これが理由だ。



 第二師団は師団長を失って、戦場の中でパニックに陥った。

 ミラルディア兵にとっては、ボーナスゲーム状態だっただろう。恐ろしい巨人が倒れたかと思えば、敵が全員棒立ちになってしまったんだから。

 みるみるうちに、第二師団の将兵は討ち取られていった。



 だがそこに駆けつけた師匠が、戦場全体を霧の魔法で覆い隠した。グルンシュタット城の周囲に漂っているのと同じやつだ。

 師匠は第二師団に撤退を命じて、かろうじて全滅だけは避けられた。

 そのとき師匠は、霧の魔法が全く通じない兵士を一人見つけたという。その兵士の周囲だけ、霧が晴れてしまうのだ。

 師匠の放った魔法が退けられるとなると、もう勇者以外ありえない。



「魔王様には、誰か連絡に行ったのか?」

「第二師団はグルンシュタット城を目指して退却中とのことです。念のため、ベルネハイネンからも伝令を送りました」

「わかった、ありがとう。しばらく休んでいてくれ」

 俺はすぐに主立ったメンバーを呼び集める。各隊の隊長格とアイリアだ。

 えらいことになった。



 第二師団長が戦死し、第三師団長が昏睡状態の今、魔王軍の指揮は副師団長たちの手に委ねられている。

「ヴァイト殿、すぐにグルンシュタットに帰還しましょう」

 バルツェ副官は落ち着いた口調だったが、言外に強い焦りをにじませていた。

「蒼鱗騎士団だけでも帰還をお許しください。我々が魔王陛下をお守りしてみせます」



 しかし俺はそれを許可できなかった。

 相手が勇者なら、どんな精鋭部隊をぶつけても無駄だ。

 蒼鱗騎士団五百騎が全滅するまで戦っても、ちょっと疲れさせるぐらいにしかならないだろう。

 相手は人間版の魔王様だ。そいつがティベリト師団長を倒したという時点で、もう絶対に勝ち目がないのはわかる。

 ティベリト師団長は単身でも、蒼鱗騎士団全軍と互角に渡り合える強さだ。



「バルツェ殿、それは許可できません。私の指揮下にある各部隊は、リューンハイトの防衛に専念してもらいます」

「しかし……」

「勇者相手に、これ以上戦力を消耗させる訳にはいきません。それにここは魔族の未来がかかった街です。ここの守りをおろそかにしては、魔王様のお叱りを受けます」

 俺は敢えて冷酷に徹して、バルツェ副官を制した。



「アイリア殿、一時的に魔王軍所属部隊の指揮権を委ねる。人間の貴殿なら、冷静に対処できるはずだ。骸骨兵の統率はラシィがやってくれる」

「わ、わかりました。あの、ヴァイト殿は?」

 これを言うと反対意見が続出するだろうが、俺は覚悟を決めて宣言した。

「皆を代表して、俺が魔王様をお守りに行く。俺は魔術師だ、直接戦わなくとも魔王様をお助けできるだろう」



 すると一同は沈黙した。クルツェ技官もバルツェ副官も、人馬隊長のセイシェスも、ファーンお姉ちゃんも、みんな無言で俺を見ている。

 やっぱりズルかったか?

 やがてクルツェ技官が口を開いた。

「他に……方法はなさそうです。他の誰が戻っても、おそらく何の役にも立たないでしょう」

 クルツェ技官が苦渋の表情で言うと、弟のバルツェ副官も賛成する。



「残念ですが、兄上の仰る通りです。一方、ヴァイト殿は治療魔法も使えます。魔王様のおそばにいてくださるのなら、こんなに心強いことはありません」

「それにヴァイトは、途方もなく強い……師団長たちがいない今、ヴァイトが最強の戦士だ……」

 セイシェスの呟きに、皆がうなずいた。



 みんなの中では、俺は魔王様や師団長に次ぐ強さという位置づけになっているらしい。

 たぶん俺の魔法を過大評価してるんだろうが、今はその誤解を解かずにおこう。すまないな。

 最後にファーンお姉ちゃんが、静かに告げた。

「人狼隊と犬人隊は私が預かっておくから、心配しないで。絶対に死んじゃダメだよ、ヴァイトくん」

「ああ、なんとかしてみせる」



 俺は皆に仕事の引き継ぎを頼むと、すぐに旅支度に取りかかった。既に時刻は昼過ぎ、あれから新しい情報は何も届いていない。

 グルンシュタット城までは徒歩で二~三日かかるが、人狼に変身して休まず走れば明日中には着くだろう。人間や馬が通れないような場所でも、いちいち迂回せずに進めるからだ。



 俺は執務机の引き出しから、古びた皮表紙の魔術書を取り出す。修行時代に使っていた教科書だ。

 俺はお目当てのページをめくると、そこに書かれている呪文と動作をもう一度確認した。

 こいつを使わずに済めばいいんだが……。

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