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忍び寄る軍勢

55話



 シャルディールとの密約が成立して、俺は久しぶりに魔王様への報告に訪れていた。

「多忙であったようだな、ヴァイトよ」

「はっ、雑用を片づけておりました」

 俺がそう正直に答えると、魔王様は苦笑した。

「偽勇者を倒し、それを暴露して北部ミラルディア軍の士気を崩壊させ、敵の魔術師を味方に引き込み、交易都市シャルディールとの密約を成立させるのが雑用か」

「ええ、まあ……」

 魔王様の目標の難しさに比べたら、こんなもの雑用以外の何でもない。こういうのは俺が片づければいいのだ。



 魔王様はおかしくて仕方ないといった様子で、報告書を机に置いた。

「これらが雑用であれば、魔王軍には雑用係しかおらぬことになってしまうな。さらなる大仕事を求めるのであれば、余が退位しておぬしに魔王の座を譲ってもよいぞ?」

「ま、待ってください。陛下が退位されるのであれば、私も魔王軍を辞して田舎に帰りますよ」

「つくづく欲のない男だ」

 魔王様が楽しげに笑い、俺もつい笑ってしまう。

 気楽なんですよ、副官。



「偽勇者の件、ご苦労であったな。偽聖女のほうはどうだ?」

「今は私の側近ということにしてあります。人柄も穏やかで、野心もない好人物です」

 ラシィの幻術は一流だ。あれは戦術レベルで使える。それにあいつは臆病者だが、根は善人だ。

 魔王は深くうなずいた。

「おぬしは敵を調略するのが巧い。その腕にかけては、余を遙かに凌いでおるな」

「もったいないお言葉です」

 単に敵を殺しきれなくて、ズルズルと腐れ縁でくっついてしまうだけなんだが……。

 せっかく誉めてもらえたのだから黙っておこう。



「シャルディールの太守についても、おぬしの手腕が発揮されておるな」

「いえ、それも失敗ばかりでして……」

 俺はアラムの性格を見誤っていたことや、彼を不用意に怖がらせてしまったことなどを正直に話した。

「私はもともと、人を説得するのが巧いほうではないのです。元人間だったというだけですから。アラム殿が必死に策士を演じていたことにも、なかなか気づけませんでした」

「ふむ、なるほどな」

 魔王様はうなずく。



「だがな、ヴァイトよ。魔族にはそもそも、普段と違う自分を演じるという発想自体が存在せぬ。アラムという若者の気持ちを酌んでやれる者がおらぬのだ」

 確かにそうだ。

 魔族の中では、キャラを作る必要はない。強さで関係が決まるからだ。同格であっても、どちらが上かはなんとなく決まっている。

 相手が強者なら言われた通りにしているだけでいいし、相手が弱者なら気楽にして、必要なら守ってやればいい。それだけだ。



 魔王様は俺に穏やかに話しかける。

「人間の社会は複雑だ。単純明快な生き方によって生存競争を勝ち残った魔族には、理解できぬ点も多い。それゆえ、余やおぬしのような者が必要なのだ。苦労は多かろうがな」

 苦笑する魔王様につられて、俺も思わず笑ってしまう。

「いえ、私の苦労など魔王様の重圧に比べれば軽いものです。お任せください」

 いかん、また安請け合いしてしまった。



 魔王様は俺の言葉にうなずいて、こう言った。

「おぬしの味方をすれば、太守アラムはミラルディア同盟を敵に回すことになる。そうなった場合に彼を守れるかどうかが、魔王軍の真価が問われるときだ」

「ははっ」

 確かにそれは気がかりではある。

 なんせこっちの世界の人間、やたらと同族を殺したがるからなあ……。いや、それはたぶん俺の平和な前世のせいだ。お気楽すぎて、そこらへんの判断が緩いんだろう。



「ふふ……」

 魔王様が妙に嬉しげに笑っているので、俺は首を傾げる。

「いかがなされましたか?」

「いや、なんでもない。うむ、そうか……うむうむ」

 なんでそんなに笑ってるんですか、魔王様?



「ヴァイトよ」

「はっ」

「支配地域の拡大に伴って、今後はさらに戦力が必要となろう。我が懐刀、蒼鱗騎士団の五百騎を配下に加えるがよい」

 蒼鱗騎士団といえば、バルツェ副官が率いる魔王軍第一師団の精鋭だ。

「い、いけません魔王様。彼らは陛下を護る盾ですよ!?」

 しかし魔王様は首を横に振る。

「彼らが護らねばならぬのは余ではない。魔族の未来だ。そしてそれはここにではなく、リューンハイトにある」



 魔王様は立ち上がると、俺の肩に手を置いて言った。

「事前にバルツェに打診したところ、同じ第一師団の仲間だからとバルツェも快く引き受けてくれた」

「しかし、それでは陛下の護りが……」

 蒼鱗騎士団と双璧をなす紅鱗騎士団は、北部に派遣されている。

 第一師団の歩兵戦力の多くはまだグルンシュタット城にあるが、歩兵だけでは心許ない。

「心配するな、ヴァイト。余の護りは余自身がする。それができぬ者は魔王とは呼べぬ」



 魔王様はそう言って、笑ってみせた。

「出来の良い腹心を持ったおかげで、余もすっかり暇でな。たまにはこうして魔王らしいことをせぬと、少々不安なのだ」

「……ありがたき幸せ」

 俺は深々と一礼し、魔王様の厚意を謹んで受け取った。



「勇者殺しのヴァイト殿と共に戦えると、部下たちも勇んでおります」

 バルツェ副官が笑いながら、俺と共に行軍していく。

「私が倒したのは偽勇者ですから、自慢にはなりませんよ」

「ですが、彼らが第二師団の脅威となっていたのも事実です。お見事でした」

 彼らが乗っているのは、騎竜と呼ばれる二足歩行の魔物だ。騎馬ほど重いものは積めないが、二本足なので小回りがきく。



 そして最大の強みは、その性質。

 騎竜は肉食動物なので、騎馬の天敵だ。そのため騎馬は本能的に騎竜との戦いを嫌がる。

 いわば騎兵のアンチユニットみたいなものだ。

 ただし竜人以外には懐かない。

 おかげで俺だけ徒歩だ。普通の馬と一緒に行軍できないので、馬にも乗れない。

 俺も副官なのに……。



「さっきから落ち込んだりニヤニヤしたり、どうかされましたか?」

「い、いえ。勇猛で知られる蒼鱗騎士団と共に戦えることが嬉しい反面、責任の重さを痛感しているところです」

 するとバルツェ副官はにっこり笑う。

「それは私たちも同じです。ヴァイト殿のお役に立てるよう、気を引き締めて精勤いたします」

 うーん、頼もしい。

 しかし俺の部隊、ますます混沌としてきたな……。



 俺が蒼鱗騎士団と共にリューンハイトに戻ってくると、犬人隊が竜舎を作っているところだった。

「あ、ヴァイト様だ」

「おかえりなさい、ヴァイト様」

「うわっ、ほんとに竜だ!」

 いや、お前らが今作ってるのは、その騎竜を休ませる建物だろ。なんで驚いてるんだよ。

「ヴァイト様、ボクたちもこれに乗れますか?」

「無理だ、無理。竜人しか乗れないんだとさ」

「えー……残念」

 いいから仕事してくれよ。



 リューンハイトに帰還して、まだ旅の疲れも癒えていない頃。

 俺が執務室で竜人兵と騎竜の食料をどうするか考えていると、アイリアが駆け込んできた。

「大変です! シャルディールに北からミラルディア同盟軍が向かっています!」

「なんだって!? 誰の報告だ!?」

「リューンハイト交易商からの早馬です! 編成は常備軍の騎兵と歩兵が約二千!」

「攻城兵器は?」

「誰も見ていないそうです」

 攻城兵器がないのなら、本気でシャルディールを攻めるとは思えない。おそらくは政治的なパフォーマンスの類だろう。

 だが嫌な予感はする。

 俺は立ち上がった。

「人狼隊と人馬隊、それに蒼鱗騎士団を召集しろ。もしかすると、アラム殿の危機かもしれない」

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