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ヴァイトの自戒

53話



 それからも俺は、仕事の暇なときを見つけてはシャルディールに足を運んだ。

 なるべく穏やかに接しているつもりだが、どうもあまり歓迎されていない印象だ。

 俺が思うに、ここのところ俺の悪い評判が広まりすぎてしまったのではないだろうか。どうもやりづらい。

 何を言っても、変な意味に誤解されている気がする。

 そんな危惧を抱きながら、俺はまたシャルディールに挨拶に行く。



「たびたびの訪問、お許し願いたい」

 ちらりとアラムの表情をうかがうが、彼は今日も顔色が悪かった。

「その、先日の件には、まだ結論が……」

「なに、気長に構えているから心配は無用だ。今日は銀食器を土産に持ってきた。アラム殿は美食家と聞いているのでな」

 繊細なデザインのスプーンとフォークのセットを受け取り、ますます苦しそうな顔のアラム。今日はいつもに増して顔色が悪いな。

 この様子だと、彼がこの銀食器で食べる食事は味がしないかもしれない。



 とにかく地道に足を運んで、我々に慣れてもらおう。

 ミラルディア同盟との仲がうまくいっていないのなら、いずれアラムの選択肢に魔王軍が入ってくるはずだ。

 そう思っていたのだが、今日はアラムの様子がなんだかおかしい。思いつめた表情をしている。

「私は……私はシャルディールの民を危険に曝すつもりはない……」

 不意にアラムがぼそぼそ言い始めたので、俺は不思議に思った。

「どうされた、アラム殿?」

「一見すると選択肢を私に委ねているようだが、これは私を陥れる罠だ……」

「罠だと?」



「そ、そうだ。このように魔王軍の幹部が何度も訪問していては、いずれミラルディアに噂が広まる。シャルディールは魔王軍と懇意にしていると」

 なるほど。そういう考え方もあるな。

 しかしちょっと心配しすぎじゃないだろうか。

「落ち着かれよ、アラム殿。小人数で内密かつ非公式に訪問しているのだ、気づかれることはあるまい」

「ダメだ! こ、これ以上、私はミラルディアとの関係を悪化させる訳にはいかないのだ! もう魔王軍との交渉はできない!」

 気弱なナードだと思っていたが、なかなか勇敢な男だ。若干キレ気味ではあるが。

「我がシャルディールは、ミラルディア同盟の一員である! 我々は同胞を裏切らない!」



 なるべく穏やかに交渉を進めていたつもりだが、明確に拒絶されてしまった。

 俺は思っていたよりも彼を威圧していたらしい。

 こうなるともう、俺の選択肢は脅迫しかない。いつも通り、軽く脅してからサッと譲歩するプランだ。



 俺はゆっくりと人狼に変身を開始した。俺の異様な姿を見て、アラムの顔が真っ白になっている。

「アラム殿、それは魔王軍の提案を拒否するということだな?」

「そ、そうだ!」

 アラムは拳を握って、ぶるぶると震えていた。

「このアラム・スーク・シャザフ、太守として覚悟はできている! よ、四千人殺しがなんだ!」

 だからそれ四百人だし、俺があのとき倒したのは三人かそこらだって。

「覚悟、か」

 俺が一歩踏み出すと、アラムはビクッと肩をすくめた。

「こ、ここ、殺すなら私を殺せ! 市民には指一本触れさせないぞ!」

 こう言っては悪いが、彼の戦士としての技量は素人に毛が生えた程度だ。身のこなしを見た感じ、間違いなくアイリアよりも弱い。

 それが人狼の俺に啖呵を切ったのだから、彼の覚悟がどれほどのものかよくわかる。



 命がけで民衆を守ろうとした指導者は、アイリアに続いて二人目だな。

 というかこいつ、策士気取りのナード野郎じゃなかったのか。意外に熱血漢でびっくりしたぞ。

 考えてみれば、策士なら協定を破って私兵を集めるなんて危険はなかなか冒さないよな。あんまり陰謀に向いていないタイプなのかもしれない。

 一応確認しておくか。

「貴殿はシャルディールの民のために、命を懸けているということか?」

「そ、そうだ!」

 ガタガタ震えてはいるが、彼の眼光は決して輝きを失わない。

「あなたたち魔族は確かに強い。だが強さだけで、人間を従わせることはできないぞ! 私を殺したぐらいでシャルディールが手に入るなどと思わないことだ!」



 彼の言っていることは正しい。

 魔族は最強の戦士が集団を統率するから、リーダーが倒れたときの後継者は次席の戦士だ。統率力は確実に落ちる。

 しかし人間の指導者は、それとは少し違う。指導者を倒しても倒しても、同等かそれ以上に優秀な後継者が現れたりする。

 この差もまた、人間と魔族の決定的な差だ。

 だから俺たち魔族は、人間に勝てない。



 しかし最初の印象と違って、アラムは予想以上に情熱家だった。こんなにストレートに本音をぶつけてくるとは驚きだ。

 よし、脅迫は中止だ。こっちも本音で語ろうじゃないか。利ではなく理を説いてみよう。

「心配するな。俺や魔王様は、そんな流血は望んでいない」

 第二師団はちょっと違うので、「魔王軍は」と言えないのが残念だ。

「リューンハイト攻略のときも、殺したのは衛兵七名だけだ。市民には傷ひとつつけていないぞ。我々がトゥバーン兵を四百人殺したのは認めるが、それもリューンハイトに攻め込んできたからだ」

「そ、それは本当か?」



「本当だ。そもそも俺たちが噂通りの凶悪な種族なら、アイリア殿が魔王軍と同盟を結ぶはずがないだろう?」

 この言葉はかなり効いたようだ。アラムは沈黙する。

 俺は日頃からの鬱憤を晴らすように、アラムに言い放った。

「人間を支配するのは目的ではないし、人間に滅べとも言っていない。むしろ人間たちが我々を滅ぼそうとするから、やむをえず立ち上がったのだ」

「そ、それはそうかもしれないが……」

「魔王様は人との共存を模索しておられる。我々はミラルディアと違って、シャルディールには何の恨みもない。きっとうまくいくと思うのだ」



 だがアラムは難しい表情をして、唇を噛む。

「し、しかし、そのために魔王軍と手を組めば、シャルディールの民が危うい……。私には、民を守る責任がある」

 魔族との共存なんて認めたら、世の中が変わってしまうからな。現状を維持したいミラルディア上層部の為政者としては、そうそう容認できないだろう。

 とはいえ、俺たちだって滅びたくはない。どこかに居場所を作らなければいけないのだ。

 そのためなら暴力にだって訴える。

「それは俺も同じだ。魔族は人間によって住処を失いつつあり、追いつめられている。もはや後には退けんのだ。同盟を組んでくれるのなら、魔王軍もシャルディールを守る手助けをしよう。そして時代を変えようではないか」



 アラムは鬱血するほど唇を強く噛んでいる。眉間には苦渋の皺が刻まれていた。

「確かに変革は大事だ。川を下る舟と同じで、同じ場所に留まり続けるのは限界がある。だが同時に、速すぎる流れに乗れば舟はひっくり返ってしまう。私は先代からそう教わった。そして、その流れに乗るための謀略も」

 なるほど、こいつが策士っぽく振る舞っていたのは、もしかして先代の言いつけか。

 自分に合わないキャラを演じるのって疲れるよな……。

「魔族との共存という流れに乗ったとき、ミラルディアという船は間違いなく転覆する。そしてシャルディールという小舟も、ひっくり返ってしまうのではないか?」



 俺は首を横に振る。

「そんなことはない。リューンハイトに来るがいい。魔族が人間と仲良く暮らしているぞ。慎重に事を進めれば、我々は共に歩めるのだ」

 しかしアラムは無言のまま、じっと立ち尽くしていた。

「少し……考える時間をくれないか。今度は引き延ばしじゃない……本当に考える時間が欲しいんだ。皆とも相談したい」

 彼からは嘘をついている匂いがしない。表情も真剣そのものだ。

 アラムを信じよう。

「わかった、ゆっくり考えてくれ。貴殿が妙な真似をしない限り、もうこちらからはシャルディールには干渉しない」

 南部戦線でどう動くかは俺に一任されているから、こんな約束もできる。アラムの場合、過度に干渉しないほうがいいだろう。



 アラムはじっと俺を見つめていたが、やがて口を開いた。

「あなたは……何者だ?」

「魔王軍に山ほどいる、ただの副官だ」

 俺はそう答えると、彼に背を向けた。

「また会おう、アラム殿」



 かっこつけて退出した後の帰路、俺はだいぶ反省していた。

 どうも最近、俺は増長していたらしい。発言にも配慮がなかったし、すぐ脅迫するのも人として問題だ。人狼の力に驕って、慢心していたのかもしれない。

 あと、裏切ったり憎んだりの謀略ばかり見てきたせいで、心がすさんでいたのもあると思う。

 小手先のテクニックに頼っていないで、ときには本音でぶつかるのも大事だな。



 ともあれ、アラムが誠実そうな人物でよかった。まだ油断はできないが、あの感触なら交渉は続けられそうだ。

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