裏切りと出戻りと賞金首
48話
それより問題は、聖女ミルディーヌ様だ。
「違います……私、そんな名前じゃありません……」
地味な顔の聖女様は、うつむき加減にぼそぼそ呟いた。
「本名はラシィです。元老院所属の魔術官です……」
ミルディーヌは芸名か。
「家が貧乏だったので、元老院からの奨学金で魔術を学んだんです。返済免除のために、元老院で働いてました。それだけなのに……」
わかったから、ぐすぐす泣くな。
こいつもこいつなりに苦労してたようだ。
「お前に選択肢がなかったのはわかるけどな、偽勇者なのがバレたらどうなるかわかるだろう?」
「は、はい……」
ミルディーヌ、いやラシィはこっくりうなずいた。
「だからバレないうちに、適当なところで勇者ランハルトは戦死する予定でした」
「いいのかそれで」
「勇者人気が高まりすぎて、私たちが元老院より偉くなったら、元老院の偉い人たちが困りますし」
死ぬとこまで予定に入ってるのか、怖いな。
「あ、もちろん本当に戦死する訳じゃないですよ。魔王に挑んで死んだってことにして、それで引退です。後は士気を盛り上げるような式典とか演説とかがたくさん」
なるほどな。英雄は殺されなくてはならない、ということか。
俺が複雑な気分でうなずいていると、ラシィはおずおずと俺を見上げた。
「あの……」
「なんだ?」
「あの人たちは、強かったですか?」
彼女が言っているのは、俺が殺してしまった三人のことだろう。
偽勇者だってわかっていれば、殺さずにうまいこと利用できたんだが。とはいえ、あの状況じゃ俺も危なかった。
魔法の武器頼りとはいえ、連中にそれを使いこなすだけの腕は確かにあったんだからな。そこらの雑兵が振り回しても、俺には当たらない。
敵とはいえ、惜しい戦士たちだったのは確かだ。
だから俺は、それを正直に伝える。
「一歩間違えたら、死んでたのは俺の方だ。もちろんそれは魔法の武具の威力だが、武具抜きでもあいつらは一流の戦士だったよ。俺の部下に欲しかったぐらいだ」
「そうですか……よかった」
ほっと溜息をついて、ラシィは胸を撫でおろす。
「最初から三人とも、ああなる覚悟はできていたんです。でもそのときは本物の勇者として死にたいって、いつも言っていました」
やめてくれ、俺の罪悪感が爆発しそうだ。
「ところであいつらも、本名はランハルトじゃないんだろう? どいつがランハルトだか忘れたけど」
「はい。ランハルト役は交代制で、全員が影武者でした。不慮の戦死への対策です」
本当に作られた勇者だったんだな。
それだけ元老院も焦っているということか。
ラシィはしみじみと呟く。
「三人とも優しくて、いい人たちでした。短い間でしたけど、一緒に過ごせて楽しかったです」
いい人って言われても、俺には敵だからな。だいたいその楽しかった期間に、俺たちの仲間がだいぶ殺されたんだが……。
俺は口には出さなかったが、表情に出てしまったらしい。
ラシィがハッと顔色を変えて、慌てて俺に頭を下げた。
「す、すみません。私たち、敵ですよね」
「いや、いいんだ。俺たちにとっては憎むべき敵だが、お前には大事な仲間だったんだろう。俺だって魔族としては小物だが、お前にとっては仲間の敵だ」
するとラシィは不思議そうな顔をして、首を傾げた。
「小物、ですか?」
「小物だろ。魔王軍に山ほどいる副官の一人だぞ、俺」
ラシィは不思議そうな顔のまま、懐をごそごそ探って紙切れを取り出してきた。
「あの、これ。元老院発行の手配書です」
「ん?」
【人狼王ヴァイト】 銀貨七万枚
・リューンハイトを支配する魔王軍最高幹部
・トゥバーン壊滅の張本人
・強力な魔術師(死霊魔法・強化魔法・破壊魔法など多岐にわたる)
・黒毛の青年から黒い人狼に変身する
・矢無効
・城門を破壊する攻撃力
・人間を即死させる遠吠えに注意
・噛まれた者は人狼になる
・交戦して生還した者なし
「なんだこれは……」
ツッコミどころ満載だ。
だいたい「交戦して生還した者なし」なのに、「噛まれた者は人狼になる」のは微妙におかしくないか? 交戦せずに噛むのか俺は。
俺が複雑な気分で手配書を眺めていると、ラシィが慌てて弁解した。
「あっ、そ、それはヴァイトさんが魔王軍の最高幹部だって、私たちが思ってたことの根拠です。悪気はないんです」
「いやまあ、それはいいんだが。それにしても、これを書いたヤツにぜひ会ってみたいな」
これだけ噂と憶測が山盛りなんだ。
『爽やかなイケメン』と一行追加してもらうぐらいは、大目に見てもらえるのではないだろうか。
ラシィは俺の言葉を違う意味で受け取ったらしく、だいぶ怯えている。
「ご、ごめ、ごめんなさい……私、昔っから空気を読むの苦手で……」
確かにそんな気はする。おおかた、それでこんなハズレくじを引かされたんだろう。
それにしても、俺が銀貨七万枚の賞金首か……。一日銀貨一枚か二枚あれば生きていける世界だから、ちょっとリッチに年間七百枚使ったとしても、百年分の生活費になるな。
俺が死んだことにして、誰かに賞金を受け取りに行かせたい気分だ。
よく見ると、我らが魔人公アイリア殿も賞金首になっている。
【裏切り太守アイリア・リュッテ・アインドルフ】 銀貨十万枚
・男装の美女
・二等領爵(剥奪)
・サシマエル流細剣術範士(剥奪)
・マイエハラ流二級宮廷茶師(剥奪)
・ミラルディア初級歩兵軍学士(剥奪)
・ミラルディア広域交易免許(剥奪)
あいつ、貴族様だけあって多才だな……そして資格剥奪のオンパレードだ。資格全部剥奪されてるから、これはもはやただの「男装の美女」なのではないだろうか。
よっぽど恨まれているらしいな。魔族の俺より賞金額も多いし。
もう知っているのかもしれないが、後で教えてやろう。
それはそれとして、ラシィをどうするかが問題だ。
「お前、元老院に帰りたいか?」
「帰りたいですけど、帰ったらどうせ処刑かリンチされます……」
まあそうだろうな。
しょうがない、最後まで面倒見てやるか。
「じゃあリューンハイトで暮らすか? お前の腕なら、魔王軍で雇ってやってもいいぞ」
「じゃ、じゃあ……それでお願いします」
元偽聖女のミルディーヌことラシィは、ぺこりと俺に頭を下げたのだった。
北部戦線が長期化の気配を見せ始めた頃、あちこちからリューンハイト市民が戻ってきた。移住先を求めて出ていった連中が移住に失敗し、ぽつぽつと出戻ってきたのだ。
「聞いてくださいよ、ヴァイトさん!」
市民の窓口となっている太守の館の一階で、俺は旅装束の市民からまくしたてられていた。
「あいつら、俺がリューンハイトの出身だからって、魔王軍の仲間扱いしたんですよ! 見てくださいよ、外の荷車!」
言われるがままにそっちを見ると、矢が二本ほど刺さっている。
「城壁から撃たれたんですよ! とっとと失せろって!」
「あー……そりゃ、災難だったな」
リューンハイトの交易商人たちも賄賂やコネで何とかしてるぐらいだし、一般市民はこんなこともあるだろう。
それにしても威嚇射撃は穏やかじゃないな。
「あんな連中、今すぐ攻め滅ぼしてやってくださいよ!」
「お前はどっちの味方なんだ」
こんな調子で、リューンハイトからの移民はあまり歓迎されなかったらしい。百人余りが出ていって、半数以上が戻ってきた。
まだ移住先を探しているヤツもいるだろうし、運悪く途中で野垂れ死にしたヤツもいるだろうから、無事に移住できた市民は少なそうだ。
戻ってきた市民は、各地の情報を持ち帰ってきてくれた。まあ、だいぶ偏見が混じっていたが。
魔王軍が彼らの住居や畑を返還すると、涙を流しながら手を握ってくる者もいた。
「ありがとう、ありがとう……ここがなかったら、あのまま永遠に荒野をさまようところだった……本当にありがとう」
「リューンハイトはリューンハイト市民を決して見捨てない。安心してくれ、もう大丈夫だ」
俺がそう答えると、彼は涙ながらに何度もうなずいた。
「ありがとう、ヴァイトさん! だからあいつらを早く攻め滅ぼしてください!」
そんな性格だから移民を拒まれるんだ、お前は。