謀略の値札
43話
それからまたしばらく、俺はリューンハイトの魔改造に取り組んだ。
犬人隊に数日がかりで作らせた大量の土嚢で、工事現場を取り囲む。急な敵襲でも、少しの間だけ作業員を守るためだ。数十秒でいいから時間を稼げれば、人狼隊が作業員たちを救助できるだろう。
あとこれは誰にも言っていないが、土嚢で囲んだ陣地が敵に占領されたときは、中に火薬樽を投げ込む予定である。たぶんよく効くと思う。
問題は、クルツェ技官が火薬に全く触らせてくれないことだな。
「ヴァイト殿は絶対に『竜の息吹』に近づいてはいけません!」
なんであんなに険しい口調なんだ。
みんなには内緒だが、火薬の扱いなら慣れている。
前世では爆竹を空き缶に入れてみたり、花火で雑草を燃やしてみたり、色々と研鑽してきたのだ。
いずれ鉄砲隊も作ってみせるぞ。
俺は大型クロスボウの矢に爆弾を取り付ける構想を練りながら、ひとまず工事の進捗を見守ることにした。
やることはたくさんあるが、一番気がかりなのは勇者対策だ。
魔王様と同じぐらい強かったら、正直どうやって勝てばいいのかわからない。次元が違いすぎる。
少なくとも、人狼隊全員ぶつけても勝てないのは確実だ。
しかも困ったことに、勇者がどんな人物で、どういう方針で何をしているのかがわからない。
軍隊と違って個人の行動は予測がしづらい。明日いきなりリューンハイトの城門前に現れたとしても、そう不思議ではないのだ。
なんせここは「魔都リューンハイト」だからな。勇者が攻め込んでくるには、十分すぎる理由がある。
そのときは一千体の骸骨兵で迎え撃つ予定だが、なんせ単騎では捕捉もしづらい。
いざというときには、人狼隊全員で戦いを挑む可能性も考慮しておこう。隠れ里を出たときから、みんな覚悟はできている。
とはいえ、戦いたくないなあ……。
「ヴァイト様、ただいま戻りました!」
犬人の古参兵たちがリューンハイトに戻ってきたのは、それから数日後だった。
「おお、元気そうで何よりだ。新兵の募集はどうだった?」
「はい、五……」
五人じゃないだろうな? 五十人か?
「五百人集まりました!」
「多すぎる!」
そんなに養えるか。人口三千人の小さな街だぞ。先日も人馬隊五百人が駐留を開始したばかりだ。
「でも城門前に集まってますし」
「いきなり連れてきたのか」
「魔王軍が無理なら、リューンハイトへの移住でもいいそうです!」
厚かましい連中だ。
俺は慌てて犬人隊の下士官クラスと相談して、五百人のうち百人を新兵として採用した。工兵隊とクロスボウ隊に振り分け、工兵隊二百人とクロスボウ隊百人で再編成する。
選考は犬人隊に一任したので、そう間違いはないだろう。彼らは仲間を選び取る嗅覚は確かだ。
残りの四百人は、ひとまず城壁拡張の作業員として雇用する。新しい城壁が完成したら、新市街を作って住まわせることにしよう。
とにかく今は人手が必要だ。
こうしてリューンハイトの人口は四千人を超え、アイリアはしばらくこれらの処理に忙殺されることになる。
「魔族の移住も大歓迎ですが、少しは加減してください」
「ちゃんと納税させるから、大目に見てくれ」
リューンハイトの外で景気のいいかけ声と工事音が響いている中、ようやく俺の待ち望んだ情報が入ってきた。
「勇者の一行は、北部のシュベルムに滞在していましたよ」
リューンハイトの交易商人のひとり、マオがそう報告してくれた。人当たりの良さそうな男だ。
「一行? 勇者は複数いるのか?」
「いえ、勇者は一人です。名はランハルト。彼を補佐する仲間が三人いるようです。いずれも相当な手練れだとか」
厄介だな。人間は徒党を組むといきなり強くなる。
しかしシュベルムといえば、魔王軍の侵攻で破壊され尽くしたはずだ。今はミラルディア同盟軍によって奪還されているが、拠点にできるものだろうか。
「難民たちが戻ってきて、街の再建をしているのを見ました。勇者一行は周辺の魔王軍残党を駆逐して、治安を回復したようです」
この野郎、さらっと第二師団を残党扱いしやがったな。事実だが。
マオは俺の視線に気づいて、ニヤリと笑う。
「失礼しました。現在は破壊された城壁と城門の応急修理が終わり、近日中にシュベルム駐留軍五千が帰還するそうです」
まずいぞ。
シュベルムは第二師団が立てこもる最後の都市・バッヘンの隣だ。シュベルムに五千もの軍勢が戻ってきたら、もう勝ち目はない。
「ミラルディア同盟軍の動向はわかるか?」
「それは依頼の範囲外ですので……」
マオは申し訳なさそうに言って、こう続けた。
「少しだけ調べてきました。北部のミラルディア同盟軍の主戦力は、そのシュベルム駐留軍五千と市民義勇兵一万です」
「おお、ありがたい」
「市民義勇兵は戦況が落ち着いてきたので、それぞれの街に戻って休息している様子でした。大規模な攻勢があるとすれば、再呼集があるでしょう」
よし、すぐにシュベルムに誰か張り付かせよう。
「うちの隊の者が数名、商談ついでにシュベルムに滞在しています。市外で落ち合えば、いつでも市内の様子をお伝えできますよ」
「……なんか、できすぎてないか?」
するとマオは笑った。
「誠実な協力には、誠実な見返りがあると信じております」
「本当に誠実な協力ならな」
魔族同様、人間にも色々いる。どうやらこいつは、ちょっと用心した方がいいタイプのようだ。
だが、役立つ情報がまとめて入ってきたのはありがたい。
腹芸は疲れるから単刀直入にいこう。
「貴殿の求める誠実な見返りとは何だ? 単なる金品ではなさそうだが」
マオは嬉しそうな顔をする。
「お察しの通りです。人馬族を数名、我が輸送隊に迎え入れたい」
「理由は?」
「彼らの健脚と武勇、それに魔族との交渉力は、交易商人にとっては貴重なものです。魔王軍所属である必要はありません」
確かに人馬族は、人の知恵と馬の機動力を持っている。訓練された戦士でなくても、狼程度なら蹴散らせるしな。それに彼らがいれば、魔族の支配地域を安全に通行できる。
数人、それも兵士でなくてもいいのなら、何とでもなるだろう。
でも俺は、こういう美味しい話には用心することにしているんだ。
「本当にそれだけだろうな?」
「もちろんです。優秀な人材を求めているのは、魔王軍も交易商も同じですから」
この手の狡猾そうなヤツに人脈や特権を与えるのは、どうも気が進まないんだが……。どうも裏がありそうな気がする。
ああ、わかったぞ。
「人馬族を雇用することで魔王軍との人脈を喧伝し、商売に利用するつもりか?」
マオは明らかにぎくりとした様子で、ぎこちない笑みを浮かべる。
「おっと、ばれてしまいましたか……」
「悪党だな」
「悪党ですとも」
なんてヤツだ。
「ダメだ。そういう目的なら協力はできんぞ。腐敗の温床になる」
とたんに残念そうな顔をするマオ。油断も隙もあったもんじゃない。
少し間を置いてから、俺は彼に言ってやる。
「そういうのは、もう少し魔王軍に貢献してからだ」
「もう少し、ですか?」
「ああ、もう少しだ」
たっぷりこき使ってやるから覚悟しろ。
マオは溜息をついて、俺に頭を下げた。
「ではもう少し、お役に立つことにしましょう。今後はヴァイト様の個人的な密偵として、無償で情報をお届けいたします」
こいつ、交渉の引き出しを山ほど持ってるな。
まだ何かあるだろ。
視線で訴えかけると、マオはまた交渉の引き出しを開けてきた。
「それと、城壁の建築資材を密かに調達できるよう、手を回しておきます。大量の建材が動けば、すぐに敵に露見しますので」
「具体的にはどうするつもりだ?」
俺の問いに、マオは地図を広げて指で示した。
「北部から来た商人を装い、北部の都市復興に使うという名目で、南部の都市から良質な石材を買い集めます」
「おいおい、北部から重い石材を買いに来る商人がいるのか?」
するとマオはニヤニヤ笑う。
「北部では今、復興のために大量の石材が実際に必要になっていますからね。遠くから買い付けに来ていても怪しまれませんよ」
こいつ、同じ人間の苦境をだしに使う気か。
「悪党だな」
「悪党ですとも」
にっこり笑うマオ。
前世ではこういうヤツは山ほど見てきたが、魔族にはなかなかいないタイプだな。こういうのは大抵、ぶちのめされて終わりだ。
しかし役に立ちそうなのも事実だ。
魔王軍に役立つ限りは使ってみるか。
「いいだろう。今後もよろしく頼む。だが調子に乗ると、その首をもらうことになるぞ」
「肝に銘じておきます」
マオは恭しく一礼した。
彼が退出した後、俺は隣室のドアに向かって声をかける。
「モンザ」
「はぁい、隊長」
人狼隊屈指の諜報員・モンザが、音もなくドアを開けて姿を現した。
「お前の隊で、あいつを見張れ」
彼女は楽しそうな様子で、薄く笑った。
「裏切ったら殺しちゃう?」
「ボコボコにしてもいいが、生かして連れてこい」
「ん、わかった」
さて、どう転ぶかな?




