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魔王の副官

外伝40話



 俺は砂に半分埋もれた古代遺跡に転送された瞬間、激しい戦闘が発生したことを知った。

 遺跡のあちこちで建物が崩れていて、そこらじゅうに肉食獣ベースの複合怪物、前世でいうところのキマイラだのキメラだのの死骸が転がっている。

 俺がずっと前に戦った猫人の変異体、ヌエに酷似しているな。

 ただし既存の生物を変異させたものではなく、炭素や水などから無理やり作ったもののようだ。



 ヌエっぽい怪物はここから見えるだけでも十匹以上倒れていて、魔法生物特有の死後崩壊が始まっていた。

 調査隊のメンバーは廃墟のあちこちに隠れているようで、匂いや魔力のさざめきが伝わってくる。魔撃銃が使用されているらしく、爆発音や閃光も確認できた。

 すぐ近くだ。

 俺は愛用の魔撃銃を携え、十字路だらけの遺跡を走り出す。



 この遺跡、碁盤の目のように大路が格子状になっている。石畳には魔術紋が刻まれ、かすかに明滅していた。

 これは初代転移者アソンが伝えたという、都市を魔術装置にする技術だ。

 これは『逢魔ヶ辻』の何とかというらしい。縦横の魔力の流れが衝突してどうのこうのとか、こないだリュッコが言ってた気がする。

 だがそうなると、年代的にいろいろおかしい。

 アソンがこの地を訪れたときには、ここはもう無人の砂漠だったはずだ。



 戦闘が続いているのは、隣の通りだった。

 包帯に血をにじませたジェリクが、人間の姿のまま膝をついている。近くにはファーンもいたが、こちらも人間の姿だ。

 二人とも、人狼形態を保てないほど負傷しているようだった。

 だが二人とも魔撃銃をしっかりと抱いており、闘志は捨てていない。



 護衛されている魔術師たちも魔撃銃を携えており、遺跡のあちこちに隠れて応戦していた。ときおり光弾が飛び交う。

 カイトが大声で何か指揮をしているのが聞こえてくる。

 光弾の軌跡を追う限り、残る敵は一体のようだ。



 俺は光弾の先を追って、何が起きているのかをさらに確認する。

「このやろーっ!」

 魔撃銃の光弾が炸裂する光と、フリーデの叫び声。

 どうやらまだ無事なようだ。間に合ったな。

 だが俺が声のする方向に駆け寄ると、戦況は思った以上に一方的だった。



 フリーデはシリンに肩を貸して、片手で魔撃拳銃をぶっ放している。シリンも双刀を握っていて、まだ戦う意志を捨てていない。

 だが二人が対峙している相手は、光弾の炸裂にも動じていない様子だ。

 あれが今回のボスという訳か。背の高い、前世基準で言えばモンゴロイド系の男だ。

 衣装は着物、平安朝の狩衣だな。

 なるほど、だいたいわかった。



 敵が魔力を束ねて、フリーデに何か術を使おうとしている。

 俺は愛銃の『襲牙』を構えた。

 フルオートで光弾を掃射してやると、相手はとっさに何かの術で防御した。

「むっ!?」

 なるほど、防御手段は持っているのか。

 そして、それを使う必要がある。

 つまりこの量の光弾をまともにくらったら、無傷ではいられない。……ということかな?



「フリーデ、無事か?」

 もうもうと立ちこめる砂塵の中、俺は警戒を解かずにゆっくり歩いていく。

 フリーデは擦り傷だらけで砂まみれだったが、俺を振り返ってパッと表情を輝かせた。

「お父さん!」

 おう、お父さんが来たぞ。

 しかしこんなことばっかりやってると、若い世代が経験を積めない気がする。

 いいんだろうか。



 俺は苦笑し、思わずつぶやく。

「なかなか隠居させてもらえんな」

「あ、隊長だ!」

「副官殿がいらしたぞ!」

「もう大丈夫だ! しっかりしろ!」

「た、助かった……」

 遺跡の廃墟のあちこちから、調査隊の面々が顔を覗かせる。

 危ないから頭下げてろって。



 俺が娘たちから事情を聞こうとしたところに、敵が空気を読まずに口を挟んでくる。

「何奴だ」

「今取り込み中だ。お前が名乗れ」

「我こそはアソン。ワの国父なるぞ。ひれ伏せ、我が赦しを乞うがよい。さすれば……」

 素直に名乗ったのは褒めてやるが、そういう嘘は感心しないな。



 俺はフッと笑い、油断なく襲牙を構える。

「嘘をつくな。お前はアソンじゃない。彼は元の世界に帰った。お前は偽者だ」

「……」

 おい、そこで黙るなよ。

 調査隊のみんなが、あっちこっちから俺を見てるじゃないか。



 俺はさっさともう一回攻撃して、こいつの力量を見極めたい。

 早くしないと師匠が来て全部片づけてしまう。

 そしたら師匠のお説教タイムだ。

 あれ長いんだよな……。



 だが俺はこいつと違って、場の空気を多少は読む男だ。

 続けます。

「魔法で生み出された知能の多くは、造反防止のために自我の一部が欠落している。少し会話すれば一発でバレてしまう。だからお前はアソンの人格や容姿を模倣することで人間、それも支配者になりすまそうとしている」

「……」

 だから黙るなって。



 偽アソンの体の組成は、さっき見たヌエの死骸とほぼ同じだ。魔法生物特有の、不自然に均一な魔力分布になっている。

 こいつが何らかのエラーで発生したものか、それとも遺跡全体の意思で生まれたのかは不明だ。

 興味深いが、これ以上は慎重な検証が必要だな。

「どうしてお前がこんなことをしているのかはわからないが、止める方法は簡単だ。遺跡を破壊すれば、お前の物理的構造体は魔力の供給を断たれて崩壊する」

 説明は以上です。

 だからみんな、頭引っ込めて隠れててくれ。



 だが気になることもある。

「この遺跡、年代も様式も古王朝のものじゃないな。これらは全て、アソンが伝えたものだ。彼と何があった?」

「賢しらに言いおるわ。答えるとでも思ったか」

 何かの取引があったのか、それともこいつがアソンの記憶と人格を勝手にコピーしたのか、謎は残る。

 位置的にも、ここにアソンの秘宝が安置されていた可能性は高い。

 いろいろ調べたいが、偽アソンは協力的ではなさそうだ。



「答える気がないのなら、もうお前に用はない」

 俺は警戒しつつ、フリーデたちの前に進み出る。

「フリーデ、下がっていなさい。こいつはお父さんが片づけておく」

「でもお父さん、そいつは特殊な魔法を……」

 フリーデが慌てて叫ぶと同時に、偽アソンが何か印を結んだ。

「受けよ下郎め、魔鏡呪!」

 俺たちを光弾の嵐が襲う。

 さっきの『襲牙』のフルオート射撃を真似しているようだ。



「確かに特殊ではあるな」

 俺は片手を挙げて、魔力の渦を生み出す。

 敵の光弾の威力はかなり高い。オリジナルと互角だ。コピーの精度は高いな。

 だが俺だって、魔力を吸い取り続けて十数年。魔力掃除機を自称するベテラン清掃人だ。

 これぐらいの魔力なら日常的に扱っている。



 指先に生まれた魔力の渦が、大量の光弾をぐるんぐるん吸い取っていく。

 本当にただのコピーで、オリジナリティは皆無のようだ。

 ちょっとがっかりしたぞ。

「だが別に強力ではなさそうだ。人格同様、魔術もただの猿真似だな」

「妄言を……」



 こいつの返答や表情、やはりどうもアソンの人格をコピーしきれていない印象だ。

 伝え聞くアソンの人柄とはずいぶん違うし、何より会話に知性や機転が乏しい。

 冗談のひとつも言えよ。



 まだまだ学術的な興味は尽きないが、俺は魔王の副官として事態の収拾を優先することにした。

 娘や大事な仲間たちを守らないとな。

「フリーデ、この程度なら心配しなくても大丈夫だ。シリンを頼む」

「わかった」

 ちょっと残念そうだが、フリーデは素直に返事をする。



 俺は振り返り、フリーデたちに笑いかけた。

「二人とも、よく無事で戦い抜いたな。もう一人前だ」

「えへへ」

 頭を掻き、砂まみれの顔で照れたように笑うフリーデ。

「ありがとうございます、おじ上」

 シリンも傷だらけの顔で、力強くうなずいた。



 するとそこに、カイトの声が響く。

「ヴァイトさん、そいつ単体の魔力容量は七百カイトほどです!」

 ボロボロのマントをまとったカイトが、若手の魔術師に肩を借りながら俺に叫んでいた。

「都市全体では数千カイトの魔力がありますが、戦神を作り出すほどの力はありません! みんなで何度も測定と計算をしました!」

 カイトも砂埃にまみれていたが、タフないい笑顔だった。



 さすがは俺の副官、我が軍の魔術総監だ。ドラウライトの秘宝のときも、カイトには助けられたな。

 彼は一般人と同程度の魔力しかなく、攻撃用の魔法も使えない。

 だがミラルディアが誇る最強の魔術師の一人だ。

 人間というヤツは、これだから怖い。



 俺は警戒のためすぐに偽アソンに視線を戻したが、軽く手を挙げてカイトに感謝を伝えた。後で飯でもおごらないとな。後は俺に任せろ。

 敵に数千カイトの魔力備蓄があっても、術者の容量がその程度なら一撃の重さはたかが知れている。

 何とかなるだろう。

 いや、何とかしよう。



 俺は石畳を踏みしめ、人狼に変身する。

 魔力の爆発と共に圧倒的な力がみなぎり、全身の筋肉が闘志で沸き立つ。

 何度変身しても、この瞬間はいい。



 アソンを名乗る不遜な存在は、遺跡から魔力を急速チャージしているところだ。巨大な力場が発生している。

 大技を使う気らしいな。

 妨害しないとまずいぞ。



「ウオオオオオォ!」

 人狼の魔性の雄叫びが、遺跡全体を震わせる。

 魔狼の奥義、ソウルシェイカー。

 場の魔力を支配し、そして奪い去る。

 よし、偽アソンが遺跡から取り出した魔力を吸い取れそうだ。だんだんこっちに流れてきた。

 あいつの方が金持ちだが、俺はあいつが引き出した現金をATMの横からどんどん奪える。



「ぬぅっ!?」

 ヤツは身構えたが、魔力の微細な変化には気づかなかったようだ。

「そのような獣の遠吠え、通じるとでも思ったか。我が聖域内で不遜であろう。我こそはワの王、悠久の時の支配者なるぞ」

「この程度で王気取りとは笑わせる」

 魔力はあっちの方が上だが、魔術師としては俺の方が上だ。

 勝機は十分にある。後は戦い方次第だな。



 偽アソンは悠々と着物の裾を翻す。

「ゆくゆくはこの聖域を大陸全土に広げ、蛮族を滅ぼした暁には、再び繁……む?」

 あ、魔力吸ってるのがバレたかな?

「さては汝、気脈の流れを操りおるか。獣の分際で小癪な」

 バレた。



 偽アソンは魔力を奪い返す手段を持っていないらしく、遺跡から新たな魔力を吸い上げている。また何か大技をやらかすつもりのようだ。

 俺は魔力の渦を広範囲に展開しつつ、格闘戦の準備を整える。

 偽アソンは単体でも七百カイトの魔力容量を持つ。戦意を捨てていない以上、野放しにはできない。

「神話の時代は終わった。時代遅れの遺物が、今さらしゃしゃり出てくるな」



 ようやく人間と魔族が一緒に暮らせる時代になったんだ。

 魔族だから、異教徒だからというだけで殺し合っていた時代が、やっと終わった。

 せっかくうまくいってるんだから、転生者だの勇者だの余計なものはもう出てこなくていい。



 俺の言葉に偽アソンは不快そうに眉をしかめる。

「抜かしおるわ。なれど汝は、なかなかの達者と見受ける。よもや勇者……いや、いずこかの魔王なりや?」

「違う。俺は魔王じゃない」



 偽アソンは重ねて問う。

「しからば、汝は何者なりや?」

 俺は身構えると同時に石畳を蹴った。



「ただの副官だ」

※次回「エピローグ」の更新は6月30日(金)の予定です。

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