15年目の再会
外伝37話
リューンハイトに帰還したフリーデたちを前にして、魔王の副官である俺は訓戒を始める。
「お説教の前に、まず地理の補習だ」
「はい、閣下……」
フリーデとヨシュア、シリン、ユヒテの四人。
それにシュマル王子。
全員が恐縮しきった表情で、ややうつむき加減に整列している。
俺は溜息をついて、説明を始めた。
「クウォールでは男系男子しか王になれない。女系男子、あるいは女性が君主になれるミラルディアやロルムンドとは違う。これはヨシュアを含め、全員に教えたな?」
「はい、閣下……」
うなだれる少年少女たち。
「男系男子にしか継承を認めない場合、どうしても後継者不足に陥りやすい。女系の継承を認める国と違って、クウォール王室は家系の断絶という問題を常に抱えている」
どちらがいいという話ではないが、とにかく大変なんだ。
「現にクウォールでは、王室の若い男系男子はシュマル王子ただ一人だ。彼に何かあれば、その時点で王朝が終わりかねない。大変なことになるぞ」
他にも男系男子の王族はいたが、全員出家させられて独身のままだ。それにもう、みんな高齢になっている。
「その後継者問題を解決するひとつの方法が後宮だ。多くの妻を娶り、なるべく多くの世継ぎを残す。ヨシュア、これは決して不道徳でも野蛮でもないんだ」
俺はそう諭したが、ヨシュアは不満そうだ。
「でも閣下、それなら継承のやり方を変えればいいじゃないですか」
「ロルムンド人の君が口を挟む問題ではないな。もちろんミラルディア人の我々もだ」
極めて繊細な問題なので、当事者の前で過激なことを言わないように。
ヴァイト閣下も今、とてもドキドキしているんだよ。
「もちろん俺もミラルディア人だから、後宮という文化にはなじみがない。自分の娘を後宮にやるつもりも……いや、当人が望めば別にいいんだが。フリーデ、行きたいか?」
「絶対やだ」
フリーデが後宮の妃になる光景は全く想像できなかったが、本人が行きたいと言えば止めるつもりはない。
でも当人に行く気が全くなくて助かった。
俺はそこでシュマル王子に向き直る。
「そういう訳で、貴国の重要な文化である後宮も、ミラルディア人やロルムンド人にとっては驚愕をもって受け止められるのです。おわかりですかな?」
「は、はい、ヴァイト殿……反省しています」
初対面なのにこんなことになってしまって、若干申し訳ない。
でもシュマル王子、立派に育ったなあ。
シュマル王子は惚れ惚れするような美形で、物腰にも品がある。
顔立ちが整っているのは当たり前で、美女を大勢集めて何世代も交配を繰り返せば必然的にそうなるだろう。
彼の母親であるファスリーン妃も相当な美女だし、父親のパジャム二世自身もイケメンだった。
だからそこはどうでもいいのだが、顔立ちに二人の面影があるのは嬉しい。
しかし何よりも似ているのは、その言動だった。
「シュマル殿下。初対面の女性にいきなり『後宮に入ってくれ』と言うのは、ミラルディアでは謹んでいただきたい」
「いけませんか?」
「いけませんな」
ダメに決まってるだろ、この野郎。
シュマル王子は首を傾げている。
「しかし後宮に入って頂かなくては、その方のことがわかりません。まず後宮に入って頂くためにも、必要だと思うのです」
君のそういうとこ、君のお父さんそっくりだよ。
いや、クウォール王室の常識からいえばそうなんだけどさ。
俺はヨシュアが人狼に変身しそうになっているのを、視線で制する。
「王家の後宮に入ることは、クウォールでは最高の名誉とされているからな。後宮にいる間は親族全員を養ってもらえるし、出た後も貴族や豪商からは引く手あまただ」
「はい。実際に後宮に入るかどうかはともかく、最大の賛辞でもあると思います」
だからそれ、ミラルディアでは通じないから。
「君の国の常識が通じるのは、君の国だけだ。ミラルディアにいらした以上、ミラルディアの常識を尊重していただきたい」
「はい、そのようにします」
神妙な顔でシュマル王子がうなずいたので、俺もうなずく。
「ヨシュアとシリンも、これぐらいのことで暴力に訴えたりしないように。魔族と違って人間、特に身分の高い人間は殴り合いで物事を解決したりはしない」
決闘はするけどな。
しかしシュマル王子がシリンやヨシュアから敵意を向けられているのは、ちょっと気の毒だな。
彼は別に悪くない。
とはいえ、シリンやヨシュアが非常識かといえば、そうとも言い切れないところだ。なんせ魔族だしな。
まあいいか。
俺はシリンたちを帰らせることにした。
彼らが退室した後、俺はシュマル王子と二人だけになる。
「殿下、立派になられましたな」
「は、はい。母には常々、『ミラルディアの黒狼卿のように強く誠実な男になりなさい』と言われておりました。こうしてお会いできて光栄です」
「こちらこそ光栄です。この十五年間、殿下の無事な成長をミラルディアの地で祈っておりましたよ」
「あ……ありがとうございます。あまたの武勲を持つ人狼族の猛将と聞いておりましたので、もっと恐ろしい方かと思っておりましたが、とても優しそうな方で安心しました」
安心したという割にはガチガチに緊張してませんか。
外交の場では君の方が偉いんだから、もっと堂々としてもいいんだよ。
もっとも今の俺はミラルディア大学の教官、彼は留学生という立場なので、俺は先生として彼に接する。
「亡きパジャム二世陛下は、文化と平和を愛され、家族愛に満ちた御方でした。殿下にもパジャム二世陛下の面影があります」
極力遠回しに表現したが、「君ってお父さんそっくりで異性関係のトラブル起こしそうだね」という意味合いも込めている。
現在、クウォールの政情は安定していて、諸侯が会議を開いて国の運営を行っている。
ただやはりこれも問題があり、諸侯の権益争いの場になることも多い。みんな自分の一族や領地が大事だからな。
本来なら王がビシッと会議を取りまとめ、利害を調整する必要があるのだが、王はいない。
だからシュマル王太子は、いずれ諸侯の間に立って奮闘しなければならないだろう。
我が子を留学させて、最先端の知識と他国との人脈を手に入れさせたいというファスリーン妃の悲願。
俺も親の立場になったから気持ちはよくわかる。
なんとかしてあげないとな。
「シュマル殿下、フリーデたちは粗野で浅学非才ではありますが、殿下と切磋琢磨する良い学友になるでしょう。いえ、そうしなければなりません」
「しなければならない、ですか?」
「ええ」
本音を言えば、俺にどうにかしてあげられる自信がなくなったのだが、そこは狡猾な大人として伏せておく。
「王として一国を治めるつもりなら、自分と意見を共にする者、自分に従う者だけを統率する訳にはいかないのです。異なる価値観や志を受け止めた上で硬軟両面で策を使い分け、全ての者を服従させねばなりません」
言うだけなら簡単なので言う。
実践できる者はごくわずか、王者の資質を持ち、訓練を積んだ者だけだ。
「殿下、まずはフリーデたちとうまくつきあっていきなさい。クウォール諸侯の手強さは、あんなものではありませんぞ」
シュマル王子は緊張しながらうなずく。
「は、はい。閣下のお言葉、我が心臓に刻みます」
いい子だな。よし、後は任せた。
それにしても俺、歳を取れば取るほど、こんなごまかしばっかり上手になっていくな……。
こんな有様じゃ、さっさと引退した方がミラルディアのためだろう。
あ、そうそう。
「それとフリーデに後宮に誘って頂けたこと、我がアインドルフ家の名誉といたします」
「あ、いえ……その、申し訳ありませんでした」
恐縮しまくっているシャマル王子。
悪気がないのはわかっているから、怒る気にはなれない。
「それにしても殿下、うちの娘の何が良かったんです?」
「えっ!?」
シャマル王子は意外そうな顔をする。
それから彼は真顔で、しかし少し照れながら答えた。
「フリーデ殿は快活にして聡明、そしてとても可憐ですから」
親として否定はしないし、そう言ってもらえると嬉しいのは嬉しい。
でもそれなら、同じぐらい魅力的な少女はいくらでもいるだろう。
そう思って次の言葉を待っていると、王子はにっこり笑った。
「それにフリーデ殿は優秀な魔術師で、魔撃銃なる兵器の使い手とも聞き及んでおります。さらに人狼の腕力を持ち、格闘術も達人だとか」
「ええ、まあ……」
「美しいだけでなく、とても強い。いかなる苦難にも共に立ち向かえるでしょう」
うん、それも親として否定はしないけど。
うちの娘をゴリラ女みたいに言わないでくれないかな?
すると彼は俺の表情を読んだのか、少し気まずそうな顔をする。
「すみません。母は自身に戦う力のないことを悔いており、妃にするなら強い女性にしろと常々申しております」
「ファスリーン殿が?」
「はい。自身に戦士や軍師の才があれば、父をむざむざ死なせなかったのにと……」
どのみちあのとき懐妊中だっただろう、ファスリーン。
夫を殺されたことがトラウマになっているらしいが、息子の教育が少し変になってないか?
とはいえ、俺はパジャム二世暗殺を阻止できなかった負い目がある。
だから俺はにっこり笑い返し、こう言うことしかできなかった。
「強さとは武勇だけではありません。ファスリーン殿はとても強い御方ですよ」
芸術や家事しか身につけていなかった美姫が、夫を亡くした後に我が子を王子として育て上げたのだ。
俺も親だから、ファスリーンがどれだけ強く立派だったかはよくわかる。
「ま、難しい話は講義のときにしましょう。改めてようこそ、ミラルディアへ。これから二年間、共に学びましょう」
「はい!」
こうして俺たちは、最高に重要で最高に厄介な留学生を迎えることになった。
フリーデ、仲良くしてあげてくれよ。
※次回更新は来週のどこかです。




