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次世代の担い手たち

外伝36話



 そしてフリーデは魔王軍の士官見習いとして、初めて本格的な任務を遂行することになった。

 魔王軍から率いていく部下は人虎隊の古参二名。

 それと竜人の幼なじみシリンと、ロルムンド人狼の少年ヨシュア。あとユヒト大司祭の孫で、輝陽教見習い神官のユヒテ。

 幼なじみ勢は勝手についていくそうだ。

 公務の邪魔さえしなければ特に止める理由もないし、シュマル王子と仲良くさせるのにちょうどいいので正式に許可する。



「大丈夫かな」

 俺は執務室の南側の窓を見つめながら、机上の魔法装置を手にする。

 魔王軍が開発した長距離無線機だ。魔力で作動し、魔力波で通信する。木製なことを除けば見た目はスマホに似ているが、メールもネットもできない。

 今回はこれをフリーデたちにも持たせてあるので、タイムラグなしで通信ができる。

 いずれはこれも民生用に開発され、流通するようになるだろう。



「大丈夫かな……」

 また同じことをつぶやくと、室内にいたアイリアが笑った。

「心配しすぎですよ。みんなも一緒ですから、あの子ならやり遂げるでしょう」

「そうだと思ってるし、そうでないと困るんだが……しかし」

 大丈夫かな?

 我ながら子離れできてないと思う。

 大事な大事な一人娘とはいえ、もう十五才だ。ミラルディアでは成人とみなされる。



 俺は通信機を机上に置き、それから溜まっている書類を一枚手に取った。内容をざっと読み、アイリアに告げる。

「量産型魔撃銃の選定、やはりジェリクの開発したものになりそうだな」

 兎人の弟弟子リュッコが、ロルムンドで現地改修を行いまくった魔撃銃。

 みんなの要望でいろいろなバリエーションが作られたが、人間や魔族の一般兵に持たせる量産型をどれにするかで長年検討を重ねてきた。



 結果は俺の予想通りだった。

「耐久性と信頼性が高いというのは、歩兵が持つ武器には何よりも重要だ」

 肝心なときに作動不良を起こしたら、兵が死んでしまう。

 ただ開発コード名が「俺の大将」なのは、いい加減何とかさせないといけないな。



 魔王軍の魔術関係の裁可は、俺がやることになっている。

 俺は書類に決裁のサインをして、生産性についても研究を進めるよう意見を添えた。

 今は熟練の職人が繊細な調整を繰り返しながら仕上げているので、戦争にでもなったら数が足りなくなる。職人の養成なり生産工程の工夫なり、何か必要だ。

 ついでに一行「名前を何とかするように」とも付け加える。

 さて、これで一件処理した。



 俺は窓の外を見て、ふとつぶやく。

「大丈夫かな……」

「ふふっ」

 アイリアが耐えきれなくなったように、くすくす笑った。

 だって心配なんだよ。



 それから数日経った。

 フリーデたちも、そろそろ漁業都市……じゃなくて海運都市ロッツォに到着したはずだ。

 木目調のスマホ、ではなく魔力通信機をいじりながら、連絡を待つ俺。

 あいつこの数日、ぜんぜん連絡してこないじゃないか。



「前世ではこういうのを、『親の心子知らず』と言いましたけど」

 俺は師匠に愚痴をこぼす。

「フリーデはもう少し、連絡をよこしてもいいと思うんですよ」

 すると我が師ゴモヴィロアは魔術書を閉じ、呆れた顔をした。



「おぬしが言うのか、それを。魔王軍士官として転戦しておった頃、一度も人狼の里に戻らなかったであろうに」

「仕事だからしょうがないじゃないですか。昔はこんな便利なもの、ありませんでしたし」

 しかし師匠はますます呆れ顔になる。



「魔王軍の将として、伝令を送るぐらいは造作もなかったじゃろう? 手紙のひとつもくれなんだと、ヴァネッサがこぼしておったぞ」

 ヴァネッサは俺の今世の母親、人狼の女傑だ。

 あの性格だから特に気にしてないだろうと思っていたが、考えてみれば俺は夫の忘れ形見、たった一人の息子なんだよな。

 思えば親不孝なことをした。



 どうも形勢が悪いので、俺はゴホンと咳払いをする。

「親になって、ようやくわかりました……」

「はは、そうであろう、そうであろう」

 独身未婚の師匠が、なぜか親みたいな顔をして何度もうなずいている。



「わしはおぬしら弟子たちを我が子のように思っておるでの。無鉄砲な弟子ばかりじゃが、おぬしが一番酷い」

「酷いって……」

「しかも未だに治っておらぬ」

 治ったってば。

 たぶん。



 師匠は俺の顔を見て、小さく溜息をつく。

「そんなに心配なら、ロッツォまで送ってやろうかの?」

「いえ、いいです」

 俺は魔王の副官として、未来の士官候補生に任務を与えたのだ。様子を見に行くなど、過保護にも程がある。

 だがそれはそれとして、やっぱり気にはなる。



 俺は気持ちを落ち着かせるために湯を沸かし、ワの国から輸入した緑茶を煎れる。

「今の俺なら、監視をつけることも、各都市の太守たちに報告させることも、自分で追跡することもできます」

 権力も魔術も人狼の力も使いたい放題だ。フリーデの様子をずっと見守ることぐらい、造作もない。



「しかし、それじゃダメだと思うんですよ」

 師匠が愛用の湯飲みを持って、俺の言葉に小さくうなずく。

「ふむ」

「俺はあの子を信じて、任務を託しました。ここで尾行でもしたら、俺はあの子を信じていないことになります」

 いつまでも子供扱いというのも、フリーデに失礼じゃないだろうか。

 それは我が子を親の保護下に置いておきたいというエゴでしかないと思う。



「それにフリーデも一人の自立した人間です。親に尾行なんかされたら気分が悪いでしょう」

「まあのう……」

 俺が尾行される立場だったら気分が悪い。

 師匠はクスッと笑う。

「さてはおぬし、前世で何かあったな?」

「ええまあ、ははは」

 その件については俺も悪かったんだけど、今さら思い出したくはない。



 俺は緑茶を飲みながら、ふっと笑う。

「だから俺は信じて待ちますよ。あの子が助けを求めてこない限り、俺は何もしません」

「うむ、それでよい。人を育てるには、やはり最後は信じてやらせてみるしかないでのう」

 にっこり笑う師匠だった。

 俺もにっこり笑う。



 と、そのとき机上の魔力通信機に「着信」の魔力紋が浮かび上がる。

 フリーデからだ。

「何かあったのか!?」

 俺は慌てて通信をオンにする。

 そのとたん。



『てめえーっ! 王子だかなんだか知らないが、何がハーレムだクソ野郎!』

 これ、ヨシュアの声だな。

 いきなりトラブルになってるじゃないか。

 続いてフリーデの必死そうな声。

『ヨシュア、王子様に何してるの!? こら、離せ!』

『うわあぁっ!?』

 何かが壊れる音がした。



 俺と師匠は顔を見合わせる。

「なんですかこれ」

「たぶん、勝手に通信が入っただけじゃのう……」

 おおかたポケットに入れてて誤作動したんだろう。



 音声だけだが、まだ激しいやりとりが聞こえている。

『ヨシュア、今回だけは僕も味方だ。殿下、フリーデに謝罪して下さい』

『シリンも落ち着いて。フリーデが困ってるでしょう?』

 シリンとユヒテの声も聞こえてくる。

 まあ、だいたい事情はつかめた。

 帰ったら訓戒と反省文だな。



 聞き慣れない声もあった。ひどくうろたえている少年の声で、クウォール訛りがある。

『も、申し訳ない。しかし私は今、何か悪いことを言いましたか?』

『自覚してねえのかよ、てめえは!』

『だから落ち着けーっ!』

『うわああぁーっ!?』

 お前が一番落ち着け。

 フリーデの投げ技がヨシュアを何度も襲っているようだ。



 師匠が通信機をつんつんつつきながら、首を傾げている。

「こやつらは何をしておるのじゃろうな」

「たぶん、文化とか価値観とかの相違を体験しているところではないかと……」

「そうか。ならば良い学びの機会じゃな」

 うんうんとうなずく師匠。

 俺は教育のことよりも外交のことが気になっていた。

 信じていいんだよな、フリーデ?


※次回更新は6月9日(金)の予定です。

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