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人馬族流レスリング

41話



 俺が兵力不足で悩んでいるのを知った師匠は、メレーネ先輩とフィルニールに声をかけてくれたらしい。

「センパイったら、もうしょうがないなあ。じゃあ、ボクの部隊を少し貸すね」

「何をニヤニヤしてるのよ。トゥバーンの守りは大丈夫なの?」

「骸骨兵がいるし……ボク動かせないけど……」

「いいわ、フィルには私から吸血鬼の死霊術師を派遣してあげる。骸骨兵の指揮と管理は任せて。そのかわり、うちにも人馬兵ちょうだい」

「うわあ、ちゃっかりしてる!」

 というようなやりとりがあったらしく、フィルニール率いる人馬隊は五百人ずつに再編成された。

 騎兵だ、ついに騎兵が来るぞ!



「セイシェスだ……」

 人馬族の戦士五百人を率いて北門前に到着したのは、屈強な人馬族の青年だった。

 彫りの深い顔立ちには、さらに眉間に深いしわが刻まれている。

 なんで怒ってるんだ?

「怒っては……いない……これでも、笑っているつもりだ……」

 ぼそぼそとしゃべるセイシェスは、思いっきり不機嫌そうな顔をしている。



 本当に笑っているのか全く確信を持てなかったので、俺は彼にお願いしてみた。

「真顔になってみてくれ」

 セイシェスはうなずき、不機嫌そうな顔をする。

 わからん。

「じゃあ今度は、怒った顔を」

 セイシェスはうなずき、不機嫌そうな顔をする。

 一緒じゃないか。

「違う……違うのだ……」

 扱いづらいヤツが来たな……。



 フィルニールの話によれば、こいつは人馬族では皆から尊敬される戦士だという。だいぶ差はあるが、フィルニールの次ぐらいに強いらしい。

「俺の……疑問か?」

 おい、今だいぶ間を省略しただろ。

 ただ俺の考えていることを鋭く察したところをみると、ただのむっつり野郎ではないようだ。

 とはいえ、これじゃどう接していいのかわからない。



 するとセイシェスは半裸になり、俺を手招きした。

「戦士の……挨拶だ。戦えば、わかる……」

 またか。人馬族も魔族だから、最後は腕力が物を言う。

「地面に、組み伏せたら……勝ちだ……他に決まりはない……」

「面白そうだな。相手してやろう」

 ここで後込みしたら、人馬族も人狼も俺を侮るだろう。逃げられない勝負だ。

「おい、隊長が人馬族と勝負するってさ!」

「みんな呼んでこいよ!」

 おいよせ、やめろ。



 結局人狼たちも大勢集まってきて、俺は両部隊が見守る中でセイシェスとレスリングをすることになった。

 セイシェスを改めて見ると、いい面構えをしているな。歴戦の戦士の風格がある。

 これは組み討ちには相当な自信がありそうだ。下手に組み合うと長引くかもしれない。

 だが俺は魔王様直属の副官。

 明らかに格下のセイシェスに、無様な戦いは許されない。

 一瞬で勝負をつけてやる。



「来い……」

「なら行くぞ」

 俺は変身すると、常に準備状態にしてある魔法のひとつを発動させた。

 脳や感覚器官の反応速度を飛躍的に向上させる加速術だ。これで相手のわずかな動きにも反応できる。

「そこだ!」

 一瞬の隙をついて、俺はセイシェスの背後に回り込む。



 人馬族は下半身が馬だから、振り向くのが苦手だ。死角も大きい。

 だから背後に回り込まれるのを最も嫌う。

「……侮るな」

 セイシェスの後ろ足が稲妻のような早さで、俺を狙って蹴り上げてくる。野生の馬のような反射的な蹴りではない。

 鍛え抜かれた達人の蹴りだ。



 だが俺は、このときを待っていた。

 魔法で強化された俺の動体視力が、蹄の軌道を読みきる。蹴りの狙いが正確無比だから、読むのは逆に難しくない。

 その真下をくぐって、俺はスライディングを仕掛けた。狙いは彼の前足だ。

 確かな感触があった。



「信じられん……」

 セイシェスはひっくり返ったまま、しばらく呆然としていた。人狼たちが大歓声で俺を讃えている。

 俺は横倒しになった彼の馬体に手を置いて、念のために訊ねた。

「押さえたぞ。これでいいか?」

「うむ……ヴァイトの勝ちだ……」

 真面目な顔でうなずいて、セイシェスは身軽に立ち上がった。転倒時に彼が綺麗に受け身を取ったせいで、足も体も怪我はしていないようだ。

 人馬隊からも、俺とセイシェスを讃えて拍手が沸き起こった。



「俺の蹴りを……予想していたのか……?」

「フィルニールから部隊を任されるほどの戦士が、弱点への備えをしていないはずがないからな。武器は持ってないから、絶対に蹴ってくると思った」

「うむ……」

「だが馬体で蹴ると、前足の蹄だけでバランスを取る必要がある。そこを狙ったんだ」

「なるほど……」



 セイシェスは何度もうなずいている。

「俺を一人前の戦士と認めた上で、俺の攻撃を誘って見切るとは。さすがは魔王軍にその人ありと讃えられる猛将だけのことはある」

「お前、急に流暢になったな」

 俺が指摘すると、セイシェスは照れくさそうに頭を掻いた。

「すまん、戦いのことになると……早口になる……」

 そう言って、彼は手を差し出してきた。

「俺たちは……ヴァイトに従う……よろしく頼む」

「ああ、こちらこそ」

 俺は彼の手をしっかりと握り返した。



 そのとき、城門からクルツェ技官が慌てて出てきた。

「ヴァイト殿、一大事です! すぐにお戻りください!」

「どうしたんだ?」

 するとクルツェは息を整えながら、人間たちには聞かれないようにこう答えた。

「勇者です。北部戦線に人間の勇者が現れました」

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