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砂塵の覇者(中編)

外伝30話



 砂塵まじりの強い風が吹く中、俺はパーカーの頭を抱えてそろりそろりと歩いていく。

 四肢がなくて退屈なのか、パーカーが霊話で語りかけてきた。

『君の歩き方、本当に不思議だね。どんな技術なんだい?』

『人狼族の長老衆にしか伝えられない、秘伝の歩法だ。……これは人狼を狩るための技だよ』



 人狼の長老たちはベテランの戦士ではあるが、ガーニー兄弟のような突然変異型の強力な人狼と真正面から戦っても勝てない。

 とはいえ、勝てなければ示しがつかないのが魔族だ。

 それに人狼の中にも、人狼の掟を破る者はいる。



 そういったときに役立つのが、対人狼用の暗殺術だという。

 長老たちは同族を罰するときにだけ、この技を用いるのだそうだ。

『長老たちは呼吸法で魔力を操り、心音や体臭すら消してしまう。彼らの襲撃を察知するのは困難だ』

『なるほど、それが長老たちの切り札って訳だ。やはり魔族は力なんだねえ』

 パーカーは元々は人間なので、魔族のそんな風習をどこか楽しんでいるようだった。



 彼はこう続ける。

『君は地中に危険が潜んでいると考えているんだよね? そしてそれは、歩く者の足音や重さに反応すると考えている』

『ああ。地中に捕食者がいるのかもしれないし、人の体重ぐらいで沈み込む流砂かもしれない』

 もっとも、流砂なら砂漠の竜人たちが気づくはずだ。

 だから捕食者の可能性が一番高い。



 ただし俺には地中を探る方法はないから、パーカーにやってもらう。

『このへんの地中に霊体を持つ存在はいるか?』

『人や魔族らしいのはいないね。ただ……なんだろこれ、ひどく大きくて希薄な霊体を感知したよ。君の歩みで四十歩ほど先、深さは……だいぶあるね、これ』



 俺の頭に直接響くパーカーの声が、どこか困惑している。

『ただ、生きてはいるんだけど、まるで生きてる力強さがないというか……。それに精神の動きもほとんど感じられない』

 だいたいわかった。

 俺は予想が的中したことにほくそ笑み、振り返ってパーカーが教えてくれたポイントを示す。

 竜人と人狼たちが無言でうなずいた。

 それから俺はそのまま、そっと引き返す。



 引き返す途中、パーカーがつぶやく。

『ねえこれ、僕だけ行っても良かったんじゃない? 僕は猫人より軽いから、猫人で大丈夫なら僕も大丈夫だと思うんだ』

 あ、そうか。服を脱いだら骨だけだもんな。忘れていた。

 でもやっぱり、こいつと隠密行動がどうしても結びつけられなくて……。

 次から気をつけよう。



 反省しながら戻ったところで、俺は皆を集めてブリーフィングを開始した。

「危険の正体がわかった。地中に潜伏している捕食者だ。かなり大きいが、生命活動は鈍いようだな。待ち伏せ型の捕食者だろう」

 省エネを徹底して基礎代謝を減らし、獲物が通るまで何ヶ月でも何年でも待つタイプだ。

 このタイプは走り回って獲物を捕まえることは諦めているから、砂から飛び出しても長時間大暴れということはないだろう。

 たぶん。



 そこで俺は作戦をたてる。

「敵は一発勝負で砂から飛び出してくるか、砂ごと獲物を呑み込むつもりだろう。どちらにせよ、真上に獲物が来るまで動かない」

 するとシリンが好奇心を抑えきれない様子で目を輝かせる。

「副官殿、自分が真上を走ってきます。大人の竜人より身軽ですし、体術には自信があります」

 若いヤツはすぐに無茶をしようとするな……。



 俺は思わず苦笑いし、彼の頭を撫でる。

「その意気は買うが、そんな危険を冒す必要は全くない。ヤツの真上で軽く衝撃を起こしてやればいい。スクージ隊、魔撃銃の出力を最弱に調整しろ。俺の合図で指定の地点に撃ち込め」

 人狼隊の最年少四兄弟……といってももうみんな立派な大人だが、とにかくスクージ兄弟がうなずく。

「わかりました、隊長」



「後の人狼たちは出力最大で待機。砂鱗族の戦士たちは普段使っている武器を用意してくれ」

 すると砂色の鱗を持つ戦士たちは小さくうなずく。

「では我らは槍を。槍は投げられますし、スリングをつけて石弾を投げることもできます」

「わかった。魔撃銃を撃ち尽くした後に撤退戦か追撃戦を行う。そのときに頼む」

「承知いたした」



 最後に俺は猫人たちを見る。

「荷物をまとめて後方に避難しろ。実習生は猫人の護衛だ」

 とたんにフリーデとシリンとヨシュアが不満そうな顔をする。

 さすがに指揮官に抗議するほど子供ではないが、やっぱり戦いたかったのだろう。

 悪いな。



 だから俺はこう言ってやった。

「後方での地味な任務こそ、未来の副官の仕事だぞ。これが務まるようになって初めて、最前線で命を張って戦えるようになる」

 するとパーカーが頭を胴体をくっつけながら、余計なことを言う。

「君は十数年前に先生の副官を任された直後から、ずっと最前線で進攻を担当してたよね? 裏方で魔族との交渉をしてたのは僕で」

「最前線での人間との交渉も、地道な裏方仕事だぞ」

 あの頃はひたすら恫喝と懐柔の繰り返しだったな……。



 さて、思い出に浸る前にさっさとやってしまおう。

 俺は人狼隊十六人に命じる。

「人狼隊、横列隊形! スクージ隊は最大射程から指定地点に威嚇射撃を継続! 全隊、着弾と同時に警戒前進しろ!」

「威嚇射撃をしてから、ですね?」

 ハマームが尋ねてきたので、俺はうなずく。



「そうだ。砂中に魔物がいると想定し、相手の反応を見る。と同時に、相手に気づかれないように接近したい。相手はおそらく、こちらの歩く振動で位置を察知するはずだ。光弾の爆発で振動が生じれば、敵はこちらの接近に気づきにくいだろう」

「なるほど」



 相手が何か反則じみた知覚を有していれば別だが、反則じみた知覚を備えるには反則じみたコストが必要になる。

 魔物といっても多くは進化論の延長線上にいる生き物なので、そうそう突拍子もないことは起きないはずだ。

 さて、他の人員にも指示を出しておこう。



「砂鱗戦士団は交戦開始後に各自の判断で前進、人狼隊が攻撃を受けた場合は救助と援護を優先してくれ」

「承知しました」

 それと、この緊張感のない骨にも仕事を頼んでおくか。

「パーカーは敵の霊体を捕捉し続けろ。動きがあればすぐに報告を頼む」

「うん、もうやってるよ」

 くそ、本当に忌々しい兄弟子だ。



 よーし、それじゃあ久々の魔物狩りといってみるか。南静海で島蛸と戦ったのを思い出すな。

「スクージ隊、射撃開始!」

 俺の号令と共に、スクージたち四人の人狼が順番に威嚇射撃を開始する。五十メートルほど離れた地点に弱い爆発が発生した。



 と、最初の着弾が起きた瞬間に砂地がめこりとへこむ。滝のように砂が下に流れ落ちて行くのが見えた。蟻地獄の巣穴のような光景が出現する。

「周辺に威嚇射撃を続行! 着弾は適当に散らして敵を混乱させろ! 人狼隊、警戒前進!」

 人狼たちがじわじわと前進を開始する。

 スクージ隊の射撃はほとんど殺傷力のないものだが、地面には十分な衝撃を与えている。砂が派手に舞い上がり、風に流れる。



 俺と人狼隊はその衝撃に紛れる形で、すり鉢状になっている地点の端へと接近した。

 あまり近づくと足下が崩れかねないが、すり鉢の底に射撃するためにはギリギリまで接近する必要がある。

「ハマーム隊、命綱をつけて標的に接近しろ。俺も行く」

「だから副官は……いえ、いいです」

 腰にロープを巻きながら、ハマームが溜息をついた。



 俺たちはロープを頼りに砂の斜面へと接近する。

「あれか」

 すり鉢の底に大きな口が見えた。距離感がわかりづらいがたぶん直径三メートルほどの円形で、ヤツメウナギの口に似ている。

 ワームの類なんだろうが、あれだけ口が大きいと電車サイズなのは間違いない。



 筒状の口腔内は鋭い牙が隙間なく生えていて、しかも牙には返しがついていた。あれに捕まったら抜け出せないだろう。

「凄い歯ですね、副官」

「ああ、しかもよくできてる」

「何がですか?」



 ロープに掴まりながらハマームが首を傾げたので、俺は砂の斜面に足を取られながら説明する。

「あいつは今、口の中しか露出していない。そして口の中は牙だらけで、身を守る装甲にもなっている。あれじゃ矢も通らないだろう」

「確かに……魔撃銃が効けばいいんですが」

 効くかどうかは怪しいものだ。



 だがこんな巨大な捕食者を、このままにもしておけない。

「ハマーム隊、敵の口の中に攻撃開始。よく狙え」

「了解」

 ハマームたちが魔撃銃を片手で構え、ロープで降下しながら穴の底を狙って撃つ。一見すると、前世の特殊部隊のラペリング強襲にちょっと似ている。

 ふふふ、かっこいい……。魔王軍もとうとうここまで来たか。



 着弾と同時に、巨大な口の中から間欠泉のように砂がドバッと噴き出した。断続的に、大量の砂が猛烈な勢いで吐き出される。

 苦しんでいるのか、単なる条件反射なのか、判断しにくい。

 とりあえず反応しているからダメージは与えているのだろうと判断し、攻撃を続行する。

「副官、砂のせいで光弾が散らされています」

「あっちは噴き出す砂が無限にあるし、厄介だな。まあいい、交代で射撃を続けよう。撃ち尽くしたら他の者と交代してくれ」



 俺はその場に残り、愛用の「襲牙」を構える。

 弾が無尽蔵なのはお前だけじゃないからな、知らない化け物め。

 俺は大量の魔力を光弾に変換しながら、魔術師の特権であるフルオート射撃でバカバカ撃ちまくってやった。

 砂は俺にもざばざば降り注いでくるが、直撃ではない。命綱があれば平気だ。

 ただし全身ザラザラになる。

 風呂も川もない砂漠の真ん中で、これはキツいな……。



 だがどうやら多少は効いているようなので、調子に乗って撃ちまくってやる。

 他の人狼たちも交代で射撃を行っていた。

 最新の試作型魔撃銃はマガジン方式になっていて、動力源の蓄魔鋼を交換できるようになっている。

 構造が複雑なのでどうやって量産化するかが今後の課題だが、性能は申し分なさそうだ。



 ヤツは振動で獲物の位置を感知するが、俺たちは射撃しかしていないので居場所はバレていない。

 今はあいつ自身が派手に砂をまき散らして辺り一面に振動を起こしているから、俺たちの位置はもうわからないだろう。

 問題は、魔撃銃の弾が尽きる前にあいつを倒せるかどうかだ。



 案の定、徐々に弾が足りなくなってきた。

「あっ!? すみません隊長、一個落としました……まだ使ってないヤツなのに」

 高価な蓄魔鋼製マガジンが、砂に流されて魔物の口に消えていく。

 申し訳なさそうな顔をしている隊員に、俺は笑いかけた。

「お前が無事なら問題ない。上に上がって交代しろ」

「はっ!」



 そして威嚇射撃で先にだいぶ撃ってたスクージたちが、真っ先に弾切れになった。

「ヴァイト兄ちゃ……長老! もう交換する蓄魔鋼がない!」

 彼らは魔術師ではないので、魔力の急速チャージはできない。

 しょうがない。



「お前たちも交代して命綱を持つ係に回れ! その間に後方から蓄魔鋼を運ばせる!」

 俺は懐から魔力通信機を取り出す。エレオラの通信用イヤリングを簡略化し、生産性と堅牢性を高めたものだ。

 その代わり少し大きくなり、スマホサイズになった。

 俺はそれをつかみ、後方待機中のフリーデたち見習いに叫ぶ。



「フリーデ、魔撃銃の弾倉を全部持ってきてくれ! 大至急だ!」

『わ、わかったお父さん!』

 かなり緊張した声だ。俺の口調が普段と違うから驚いたのかもしれない。

 ただ今の俺は「お父さん」じゃなくて「魔王の副官」なんだが、まあいいとしよう。



 そんなことを考えている暇もなく、フリーデの叫び声が恐ろしい勢いで近づいてきた。

「お父さーん! おと……副官どのー!」

 ようやく気づいたか。

 細かいことは後にして、斜面の上からのぞき込んでくるフリーデに向かって叫ぶ。



「それ以上近づくな! スクージ隊に全部渡して後方に下がれ!」

「は、はい! 副官殿!」

 びしっと敬礼するフリーデ。

 その瞬間、噴き出す砂が偶然フリーデを直撃した。

「うわっぷ!?」

 よろめいた拍子に足を滑らせるフリーデ。

 そしてそのまま、フリーデは斜面の縁に倒れた。



「あっ!?」

 誰かが叫んだ。いや、俺の声だったかも知れない。

 急流に呑まれるように、フリーデの体が斜面を滑り落ちていく。

 とっさに体を起こすフリーデだが、足下はパウダー状の細かい砂の粒子だ。降り注ぐ砂で、斜面には流れが生じている。



 フリーデは命綱をつけていない。

 それどころか両肩から重そうな布バッグをいくつも掛けていて、それが普段の身軽さを封じる重りになっていた。

 あの中身は蓄魔鋼、つまり鉄合金だ。



「おと……」

 フリーデが叫ぶより早く、俺は人狼に変身していた。


※長くなったので予定を変更し、前中後編に三分割しました。

※次回更新は5月8日(月)の予定です。

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