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フリーデの夢

※当分は週1回しか更新できないので、1話分を長めにしています。

外伝28話



 フリーデがリューンハイトに戻ってきて、彼女は無事にミラルディア大学の魔術科に進むことになった。

 だが、ここにきてフリーデに心境の変化があったようだ。



「ミーチャは皇女様で、政治とか軍事とか勉強してるんだよね……」

 ロルムンドでできた友達のことを考えて、進路について迷っているらしい。

 俺とアイリアは紅茶を飲みながら、思案顔の我が子を見守る。



 俺の個人的なわがままをいえば、娘を政治や軍事の世界に置きたくはない。責任が重く、危険も伴う進路だ。

 とはいえ、フリーデはリューンハイト太守アインドルフ家の跡取り娘でもある。

 どう転んでも、多少はそちらの世界と関わっていかねばならない。



 一応、フリーデの本心も聞いておくか。

「フリーデは将来、何になりたいのかな?」

「うーん……何になったらいいんだろ……」

 フリーデは頭を抱えつつ、クッキーに手を伸ばす。

「政治家とか外交官って大変なお仕事だし、軍隊も大変だし、難しいことがいっぱいで……。でも魔術師だって難しいことがいっぱいだよね?」

「そうだな」



 フリーデにも、社会の複雑さが少しだけ見えてきたらしい。

 騎士や将軍は勇壮でカッコイイだけの仕事ではないし、政治家や外交官も贅沢ができるだけの仕事ではない。

 もちろん魔術師だって、みんながイメージしているような派手な仕事ではない。研究者はいつだって地道で忍耐を強いられるものだ。



 とうとうフリーデはテーブルに突っ伏す。

「うあー……どれもできる気がしないよ」

「今できる訳がないだろう。できるようになるために、これから勉強するんだ」

「お父さんも勉強した?」

「かなりな」

 前世の分もあるし。



 するとアイリアが苦笑しながら、フリーデの頭を撫でた。

「フリーデなら真面目に勉強すれば、どの道にも進めますよ。ただ、どんな仕事にも責任があります。最後まで責任を持って務めを果たすには、大事なものがあるのですよ」

「なに、大事なものって?」

 アイリアは俺を見て、くすっと笑う。



「その仕事への愛です。好きな仕事、誇りを持てる仕事でなければ、最後の最後まで踏みとどまって戦うことはできないでしょう」

 そうだよなあ。

 俺は内心で苦笑しつつ、アイリアの言葉にうなずいてみせた。

「アイリアの言う通りだな。フリーデも『この仕事ならたぶん一生頑張れる』と思えるものを選ぶといい。見た目の華やかさや地位や収入で選ぶ必要はないよ」

「うーん……。やっぱりわからない……」

 そりゃそうだろうな。



 しばらくじたばた悶えていたフリーデだが、そのうちふと顔を上げた。

「私、強くなりたい。戦う強さじゃなくて、誰かを助けてあげられる強さが欲しいの」

「お、いい心がけだな」

「でもそういう強さって、魔術師にも政治家にもあるよね?」

 魔術師なら病気の人を治療できたりするけど、政治家でも病院を建てることはできるからな。



 結論が出なかったので、フリーデはまた突っ伏してしまう。

 そのまま動くのをやめたフリーデだが、ふと声を漏らした。

「あ、そうだ」

 何か思いついたらしい。



 その翌日。俺は朝からワの外交官であるフミノ女史と相談をしていた。

「風紋砂漠の調査隊を増やすのか……」

「はい。なにぶん非常に広いものですから、今の人員では百年かかっても終わりそうにありません。ここはミラルディアにもさらなる御協力を頂ければ、と」

 陸路の交易路が開拓できそうだし、交易路は軍事侵攻のルートにもなる。

 ワとの関係が将来どうなるかはわからないし、ワだけにやらせとく理由はないな。



「わかった。風紋砂漠に近いザリアとヴィエラ、シャルディールの各太守に協力を要請してみよう。次の評議会の議題にしてみる」

「ありがとうございます、ヴァイト殿。ところで……」

 頭を下げたフミノが、ちらりとドアの方を見る。



 俺は苦笑した。

「朝からずっと、あのへんをうろうろしてるんだ」

 フミノもつられて笑う。

「かわいい間者さんですね」

「何か思うところがあるらしい。邪魔なら追い払おう」

「いえ、お聞かせできないような話は今のところございませんから」

 そのうちある、ということですよね?



 フミノが帰った後、俺は急いで風紋砂漠調査について検討に入る。

 予算と人員、それに関係各所との調整が必要だ。評議会の職員たちを呼んで、それぞれ見積もりやら根回しやらをお願いする。

 細かい数字が上がってきたら、資料にまとめて評議会の議題として提出しよう。

 この手の仕事は面倒ではあるが、前世と同じノリでいいから気楽でもある。



 そこにガーニー兄が飛び込んできた。

「おいヴァイト……じゃねえ、長老! うちの若いもんが人間とやらかした!」

「殺してないだろうな?」

「酒場で言い争いになってよ、腕をへし折っちまったらしい」

 すぐこれだ。



「喧嘩の相手はどこの誰だ?」

「ベルーザ陸戦隊の駐屯兵だ。カードの賭け金がどうとかで」

 あ、じゃあいいや。

 急に気楽になった俺は、ほっと溜息をつく。

「陸戦隊ならグリズ隊長に話を通しておく。折れた腕は魔王軍の病院で治療してやろう」

 相手が一般市民なら、俺が菓子折でも提げて謝りに行かないといけないところだった。



 おっと、そうだ。

「やらかしたヤツは後で俺のとこに連れて来てくれ。強者の責任というヤツを教えてやる」

「お……おう」

 ゴクリと唾を呑み、何度も振り返りながら部屋を出ていくガーニー兄。

 人狼は強いからこそ、人間たちと暮らすときには慎重になる必要がある。



 そんな訳で昼前に、俺はトラブルを起こした若い人狼と組み手をしていた。

「せやぁっ!」

 ワから伝来した小具足術で人狼を投げ飛ばすと、若い人狼は素早く受け身を取って立ち上がる。

「ちょ、長老! 人狼は強いんだから、しょうがないじゃないですか!」

 わかってないな、こいつは。



 俺は彼の腕をつかむと、足払いと共に魔法をかけた。彼の体を軽くして、大きく浮かせる。

 それから今度は彼の体を重くして……厳密には下向きの力を発生させているのだが、とにかく叩きつける。

「ぐぼはぁっ!?」

 人狼とはいえ、受け身でどうにかなるダメージじゃないはずだ。



 俺は人間の姿のまま、彼の反撃を待つ。

「強い者が弱い者を傷つけるのが『しょうがない』のなら、俺が君を傷つけても『しょうがない』で済ませてくれるな?」

「ひ……」

 若い人狼は完全に戦意を喪失している。



「じょ、冗談じゃないですよ長老!? 長老が本気出したら、俺なんか一瞬で殺されちまいますよ!」

「しょうがないだろう、君が俺より弱いんだから」

 よいしょっと。

 尻餅をついたままの彼を持ち上げ、今度はボディスラムで地面に叩きつける。



「うげえっ!」

「しっかりしろ、準備体操にもなってないぞ」

 俺はまだ変身していないし、軽めの基本技しか使っていない。

 腕の関節を極めたまま、脳天から地面に叩きつける技とかもあるのだが、今の彼に使うと本当に危ないのでやめておく。



「強者は何をしてもいいのが魔族の掟だからな。君を敷物の毛皮みたいにしても、誰も文句は言うまい」

「待って! やめて長老!? あだだだだ!」

 彼の手首を極めたままグイグイ押し込むと、逃れようとゴロゴロ転げ回る。

 うーん、人狼の割に痛がりすぎじゃないか?



 若い人狼がハアハアいいながら地面に突っ伏したので、俺は彼の横に腰を下ろして言い聞かせる。

「な? 強いからって無茶苦茶されたら困るだろう?」

「はい……し、死ぬかと思いました……」

「君より強いヤツはいくらでもいるし、俺より強いヤツもいくらでもいる」

「いや、さすがに長老より強いヤツはいないっしょ!?」



 ガバッと彼が起きあがってきたので、俺は笑いながら彼の狼頭をぐりぐり撫でる。

「俺なんか、戦神と戦ったら一撃も当てられずに殺されるぞ。俺もその程度なんだよ」

「嘘っすよね?」

「いいや?」

 瀕死の戦神にとどめを刺すだけでも命がけだったからな……。

 今はもう少し強くなっているとはいえ、戦神が万全の状態なら勝ち目なんかない。



 俺は若い人狼の傷を治療してやりながら、彼を諭す。

「強くなっても好き勝手できる訳じゃない。むしろ強くなればなるほど、責任は重くなるんだ。いいことなんかないぞ」

「じゃあ何で長老は、そんなメチャクチャ強いんですか……」

 必要に迫られたというか、成り行きだったというか。



「とにかく、これで少しは懲りただろう。人間相手に暴力を振るうのはよせ。リューンハイトの法律を破ったら、俺は魔王の副官として君を裁かねばならんからな」

「は、はい」

 それにしても、さっきからずっとフリーデが組み手の様子を見守っているんだが、何なんだろう?



 午後、俺は執務室で次の評議会の準備をしていた。

「フリーデが会ったカランコフという人物はおそらく、ボリシェヴィキ公だ。北限の沿岸部に逃亡して、帝国の支配の及ばない地で生活しているらしい」

 俺の言葉に、ボリシェヴィキ公を知るパーカーがうなずいた。

「なるほど。あのへんには極星教徒の猟師や漁民がいるからね。彼らに保護された……いや、彼らを統率している、かな?」

「どっちだろうな」



 パーカーは海虎の骨を自分の骨格に組み込んで異様な姿になりながら、カタカタと笑う。

「結局、彼はこのまま終わるのかな?」

「パーカーなら没落貴族の気持ちはわかるんじゃないか?」

「辛辣なこと言うね、君は。……だけどまあ、彼も僕と似たような性格だからね」

 どこらへんが?



 パーカーは知育玩具みたいに骨をくっつけたりバラしたりしつつ、ふとつぶやいた。

「家督は次男が相続したし、三男はウォーロイの家臣としてミラルディアに定住してる。血統が途絶えることはもうないだろう。長男の彼としては、これ以上ない結末なんじゃないかな?」

「そういうものか」

「なんせ僕はお兄ちゃんだからね。お兄ちゃん同士、わかるのさ」

 どうだか。



 俺は小さく溜息をついて、窓の外を見た。

「そういうことだから、『猟師のカランコフ』のことは心配しなくていいぞ」

 フリーデの匂いが急速に遠ざかっていく。



 俺は溜息をつきながら、ロルムンド極星教徒に関する報告書にサインをした。

「これは対ロルムンド外交の重要な資料だな。魔王軍にも回しておいてくれ」

「わかったよ」

 それにしてもフリーデのやつ、何をしてるんだ?



 夕方、俺は書類の束を抱えてアイリアの執務室におじゃまする。

「ちょっといいかな、魔王陛下?」

「ええ、今ようやく市政の書類が片づいたところですが……。今日はまた、一段と分厚いですね」

 アイリアは少し疲れている様子だ。



 俺は書類をてきぱきと広げながら、敬愛する魔王陛下に報告をする。

「ロルムンドに派遣した交流使節団からの報告書をまとめてきた。使節団員からの反応も非常に良いし、今後も継続して良さそうだ。それから……」

 分厚い書類の束を手渡し、次の束を取り出す。



「ワの国から、風紋砂漠の調査への協力要請があった。これはかなり危険だから、魔王軍が担当した方がいいかもしれないな。実施の是非も含めて、評議会と魔王軍に提案してみる」

「わかりました」



「あと、人狼の民間人がベルーザ陸戦隊の兵士に重傷を負わせたそうだ。賭博絡みの喧嘩だそうだが、長老の立場で厳重注意しておいた。民間人を死傷させたらシャレにならないからな」

「そうですね。不和の芽は早めに摘みましょう」



 こんな感じで、アイリアの仕事を代行したことを報告しておく。

 外交などの重要案件は俺の一存では決められないので、報告書に要約して提出する。後はアイリアか評議会が決定してくれるだろう。

 うん、地味な副官らしい良い仕事だ。



 それにしても、さっきからフリーデの気配がするな。

 ここには俺とアイリアしかいないし、もういいか。

「そこのフリーデ」

「ひゃっ!?」

 声でバレバレだぞ。



「もう隠れなくていいから、出てきなさい」

「う、うん」

 ドアを開けてフリーデが入ってくる。ちょっと気まずそうだが、まじめな顔だ。

 悪戯の類ではなさそうだし、ちゃんと話を聞いてあげるとしよう。



「今日は一日中、お父さんの後をつけ回したりして、いったいどうしたんだ?」

 するとフリーデはもじもじしながら、こう答えた。

「お父さんの、副官の仕事ってどんなのかなあって思って……」

「興味があったのか?」

「うん」

 ほほう。



 フリーデは怒られないとわかったのか、ちょっと元気になる。

「ねえお父さん、副官の仕事って楽しい?」

「もちろんだとも」

 俺は笑顔になる。

「尊敬する人のために、お手伝いをする。お父さんみたいに平凡な者にとっては、とても働きがいのある仕事だよ」

「平凡……?」

 平凡です。



 フリーデはしばらく首を傾げていたが、やがてにっこり笑った。

「じゃあさ、私も副官になりたい」

「誰の?」

「誰だろ……」

「言っておくが、アイリアの副官はお父さんだからな」



 さらに首を傾げるフリーデ。

「じゃあ……ミーチャ皇女とか?」

「隣の国じゃないか」

「ユヒテはどう?」

「輝陽教司祭の副官って、つまりは聖職者だぞ? お前にできるか?」」

「無理か……」



 それよりも問題なのは、副官志望ということだ。

 地味な裏方仕事も価値あるものだが、やはり娘には表舞台で華々しく活躍してもらいたいのが親のエゴだ。できれば危険の伴わない職種で。

「せめて副官をつけてもらう立場になったらどうだ?」

「えーやだ、副官がいい。だってお父さん、すっごく楽しそうに仕事してるもん」

 そりゃ楽しいけど。



 するとアイリアが苦笑しながら、フリーデに語りかけた。

「誰かの役に立ちたい、と思っているのでしょう? それはとてもいいことですよ、フリーデ」

「うん!」

「でも、誰かの役に立つというのは、そう簡単なことではありませんよ? 魔王の副官にもなると、お父さんぐらいでないと務まりませんからね」

「そ、そうか……そうだよね」

 ふふふ、よくわからんが魔王の副官の座は誰にも渡さん。



 フリーデは俺に向き直る。

「お父さん、私も誰かの副官になって手助けをしたいな。やり方、教えてくれる?」

「やり方と言われてもな……」

 困ってしまうが、フリーデは今、明確に自分の意志で進路を選択しようとしているのだ。

 ここは真正面から受け止めてやるのが親というものだろう。



「じゃあ学校がない日は、お父さんの仕事を手伝うといい。ただし学業優先だからな」

「やった! ありがとう、お父さん! 勉強もちゃんとするよ!」

「よしよし」

 育児と仕事の両立か……俺に務まるのか不安だが、これも親の務めだ。何とかしよう。

 こうして我が娘フリーデは、立派な副官になるための修業を始めたのだった。



 その夜、アイリアが枕元で溜息をつく。

「ヴァイト。あなたのせいで、優秀な人材がみんな副官になりたがるという問題が起きているのを知っていますか?」

「嘘だろ?」

「ロッツォ太守なのにミュレ殿はリューニエ殿の副官になりたがっていますし、他にも何件か……」

 それは本当に俺のせいなのか?


※次回「副官になるために」更新は来週のどこかです(水曜か木曜ぐらいだと思います)。

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[一言] 副官が副官を指揮し、その副官に命じられた副官が……ああ、もう!メチャクチャだよ!
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